FRB(米連邦準備制度)がゼロ金利を解除してから1年半が経過するが、今年7月のFOMC(米連邦公開市場委員会)でフェデラル・ファンド(FF)金利は5.25〜5.5%のレンジに引き上げられた。これに伴い、長期金利は1%から4%に、住宅ローン金利も3%から7%に大きく上昇している。短期間でこれだけ急激な引き締めをやれば、通常は景気後退が想定されるが、米景気は予想以上に堅調な推移を見せている。また、コアインフレも依然として4%後半と2%物価目標を大きく上回っており、物価の番人であるFRBには厳しい事態である。
GDPは今年4〜6月期に2.4%と4四半期連続のプラス成長を記録している。目を引くのが個人消費と設備投資の強さであり、利上げ局面で一度も前期比でマイナスになっていない。個人消費の強さに関して言えば、コロナ対策としてバイデン政権が採用した1.9兆ドルの「米国救済計画」が潤沢な失業給付金などを家計に提供して消費を支えたことは事実だし、労働力不足による賃金上昇が消費の強さの理由になっているのは確かだろう。
しかし、そういう所得効果のほかに、これまでの持続的な株高のおかげで、米国は資産効果がより強く働くような経済構造に変化してきているように見える。消費関数論の1つにジェームズ・トービンが提唱した流動資産仮説があるが、個人の消費は現在の所得だけでなく、流動資産にも依存している、というもので、多くの流動資産を保有している人がより多く消費するというのは実感に近い。長期にわたる株価の上昇で家計の流動資産が増大してトービンの流動資産仮説が強く働くようになり、家計の消費行動が利上げの影響を受けにくくなっていると推測される。
ちなみに米家計の金融資産は株価の持続的上昇で2000年は34兆ドルだったが、その後84兆ドル増加して現在は118兆ドルに膨らんでいる。一方、個人所得は9兆ドルから13兆ドル増えて22兆ドルとなっているが、金融資産の増加は個人所得の増加の実に6.5倍にも達する。この結果、金利が少々上がっても、消費行動を変更する家計の割合が昔に比べて減ってきていると推測される。
一方、設備投資はソフトウェア等の知的財産投資のシェアがオフィスビルや工場などの構築物投資や機械設備投資を上回っており、ITやAIなどハイテク技術進歩のスピードを考えると、この知的財産分野の投資は利上げとは関係なくシェアを拡大していくものと予想される。
FRBにとって想定外の事態
このように流動資産仮説に基づく家計の消費行動と知的財産投資のシェア拡大という企業投資行動など大きな構造変化が起きていることを仮定すれば、2%のインフレ目標を掲げるFRBにとっては厄介なことだ。経験則が当てはまらないとすれば、いったいどのレベルまで金利を上げたらインフレ抑制に効くかが不確実だからだ。しかも、急激な利上げが景気抑制には効かず、国債価格急落の影響を受けたシリコンバレー銀行の破綻など金融不安を招いたのは想定外だったと思われる。
現状のコアインフレは2%物価目標を大きく上回る4.7%であり、2%物価目標に固執して一段と利上げに走れば、景気のオーバーキルと新たな金融不安の発生の可能性が高くなる。まさにジレンマのFRBだが、現実的な対応としては市場向けには2%物価目標を堅持すると強調しつつ、その一方で2%超えのインフレをある程度の期間は目をつぶる忍耐力も必要だと思われる。
(文=中島精也/福井県立大学客員教授)