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片山修「ずたぶくろ経営論」

VW不正、ベンツとBMWへも疑惑の目 「誤魔化し」常態化、日本勢への遅れに焦り

文=片山修/経済ジャーナリスト、経営評論家

VW不正、ベンツとBMWへも疑惑の目 「誤魔化し」常態化、日本勢への遅れに焦りの画像1(「Wikipedia」より/AngMoKio)
 独フォルクスワーゲン(VW)の排ガス規制逃れの波紋が全世界に広がっている。VWだけでなくドイツの自動車業界、さらにはEU(欧州連合)までが長期的に不正隠しに加担していた疑惑が浮上している。さらに、前CEO(最高経営責任者)のマルティン・ヴィンターコーン氏が詐欺容疑で捜査されると報じられるなど、大スキャンダルの様相を帯びてきた。影響はどこまで広がるのか。責任の範囲は拡大し、問題の深刻性は増すばかりだ。

 ヴィンターコーン氏は24日、CEOを引責辞任した。後任にはポルシェ会長のマティアス・ミュラー氏が就任したが、このトップ交代からいえるのは、VWにはコーポレート・ガバナンス(企業統治)が決定的に欠如しているということだ。「マネジメントの失敗」のもう一つの側面である。

 VWのガバナンス体制は、特殊である。市場原理を軸とするアメリカ流の経営モデルと一線を画するどころか、まったく異質である。

 VWは、もともとナチス軍政下の国策会社として発足し、大戦後に州による経営を経て1960年代に民営化された。民営化後もVWはドイツ最大の民間企業であり、いわば国家と結託してきた。近年でいえば、アンゲラ・メルケル首相と二人三脚で中国事業に入れ込んできた。

 周知のとおり、メルケル首相は日本より中国との貿易を後押しするなど、中国と親密な外交関係を築いている。それは、訪日回数2回に対して、訪中回数は7回にも及ぶことからもわかる。VWはメルケル首相をバックに、日本の自動車メーカーがうらやむほど中国政府に深く食い込んできたのだ。

 また、ドイツにとって自動車は戦略産業であり、全輸出の2割を占める最大の輸出産業だ。ドイツの雇用者の7人に1人が自動車関連産業で働いているといわれる。しかも、ドイツ政府はディーゼル車のフィルター追加装備に補助金を出すなど、ディーゼル車の普及を後押ししてきた。

 ドイツ国家のバックアップもあって、ディーゼルは欧州市場で圧倒的な存在感を築き上げてきた。世界のディーゼル車の75%が欧州で販売され、14年の欧州の新車販売は53%がディーゼル車だ。

 このような背景のもとに、VWはブレーキのきかない自動車のように高速で走り続け、“横転”したといえる。

 今回の不正を発端に、BMWやベンツなどドイツを代表する自動車メーカーの環境技術にも疑いの目が向けられた。改めて検査が入ることは間違いなく、ドイツの自動車関連事業のイメージ低下は避けられないだろう。

内部対立

 “横転”といえば、指摘しなければいけないのは、VWはオーナー企業であるということだ。株式の50%以上をポルシェ家と従兄弟にあたるピエヒ家を合わせた「ポルシェ一族」が所有している。次いで、本社のあるニーダーザクセン州が20%、カタール政府が17%だ。欧州委員会は、州が大株主であることを問題視していたが、ドイツ政府が突っぱねてきたという事情がある。

 しかも、オーナー企業では珍しいことではないが、大株主であるポルシェ家とピエヒ家が互いにライバル視して対立するなど、内部に対立関係を抱えているのだ。

 現に今年4月にはお家騒動があった。長年CEOを務め同社を世界トップレベルにまで引っぱり上げたフェルディナント・ピエヒ氏が辞任したのだ。これは、米国事業をめぐる意見対立から、ピエヒ氏がヴィンターコーン氏降ろしを謀ったところ、ポルシェ家の一部株主がヴィンターコーン氏側につき、逆にピエヒ氏が退任に追いやられたという構図だったといわれている。

 新体制が動き始めた矢先に今回の騒動が発生したが、早々のヴィンターコーン氏辞任の背景には、先に辞任したピエヒ氏の影がちらつく。

 VWの経営はオーナー家が絶大な力を持ち強権政治を行ってきたという点で、「所有と経営の分離」やガバナンスの透明性とは縁遠い。ヴィンターコーン体制においても、同氏は不正を「知らなかった」としているが、かりに本当だとすれば、管理体制、管理能力に問題があったといえるだろう。

 マネジメントのごたごたによる“横転”劇は、コーポレート・ガバナンスの欠如やコンプライアンスの問題、さらにブランドイメージの低下につながる。それは、先の東芝の不正会計事件を見ても明らかであり、これは万国共通である。

「ブランド力」への驕り

 ドイツメーカーは、「自動車のスタンダードは自分たちがつくる」という強い自負を持っている。その自負は、いつの間にか驕りに変わっていた。いってみれば、VWは「ブランド」の上にあぐらをかいてきたといえる。

 VWは、たくみなブランド戦略を展開してきた。主力車種は「ゴルフ」「パサート」などがあるが、個々の車種よりむしろ「VW」のロゴマークやブランドを前面に押し出し、訴求してきた。

 価格戦略も巧みだった。車種ごとに最低価格を決めると、機能向上による値上げや為替変動による安売りなどは、ほとんど行わない。安い車をつくらないことでブランド力を維持してきたのだ。

 しかし一方で、「ブランド戦略」の成功が今回の不正を招く結果になったと見ることができる。すなわち、「ブランド力」だけで売れるがゆえに驕りが生まれ、技術開発がおろそかになった。結果、日本車メーカーなどに技術面で遅れをとり、その焦りが不正を生んだ側面は否定できないだろう。

 端的にいえば、“技術戦略”の失敗である。

環境対応技術への出遅れに対する焦り

 VWは、日本メーカーに比べて明らかに環境対応技術への出遅れに対する焦りがあった。でありながら、世界の自動車産業をリードしてきたという驕りがあった。

 トヨタは1997年発売の「プリウス」を筆頭とするHV(ハイブリッド車)を軸に環境対応車を充実させてきた。トヨタのHVの累計販売台数は800万台に達する。年間販売台数は約120万台だ。このほか、EV(電気自動車)はやや控えめながらPHV(プラグインハイブリッド車)、FCV(燃料電池自動車)に加え、BMWからディーゼル・エンジンの供給を受けるなど、環境対応車に関しては全方位戦略をとっている。

 これに対して、VWをはじめとする欧州企業は、ハイブリッド技術に出遅れた。ハイブリッド技術は、ゼロから開発するには難易度が高い。より簡単に速く結果を出すために、欧州勢はクリーン・ディーゼルに舵を切った。いわば、HVの対抗手段である。つまり、ディーゼルで競争優位を確立しようとしたのだ。

 クリーン・ディーゼルはドイツの国をあげた後押しもあって、前述したように欧州では圧倒的な存在感がある。欧州全体での新車販売におけるディーゼル・エンジン比率は5割以上で、フランスでは6割をこえる。

 しかし、HVにおいてはトヨタが、EVにおいてはテスラなどベンチャー企業や日産が存在感を示すなかで、VWはディーゼルにおいて先進的なイメージを得たとはいえなかった。

 次いでVWは、PHVの強化を掲げた。ところが、VWがPHVを発売したのは13年で、250台限定だった。そして、量産モデルを発売したのは14年だが、トヨタがPHVの市販をはじめたのは12年だから、遅れること2年である。

 米国、欧州をはじめ世界中の環境規制が一斉に強化されるなかで、VWは環境対応車のいずれの分野でも突出できない焦りをつのらせていたことは疑いないだろう。

 つまり、ハイブリッドをはじめ環境技術への出遅れが、不正のキッカケになった可能性は、十分に考えられる。VWの環境技術戦略に迷いが生じ、混乱につながったのではないか。

 VWといえば、これまで先進技術のリーダー視されてきたが、実はその内実はかなりお寒い状態であったことが、今回の不正事件で明確になったといえるだろう。

悪しき慣習

 VWの排ガス規制逃れの伏線には、欧州自動車業界の悪しき慣習があった。

 それは、燃費性能に関するカタログ数値の“誤魔化し”である。断るまでもなく、燃費性能は消費者の関心が高い項目であり、自動車の売れ行きに大きな影響を与える。

これまでさんざん指摘されてきたことだが、例えばカタログに掲載されている燃費と、実際に道路を走行する際の燃費には3割程度の乖離がある。これは、日本、欧州、米国などに共通する。

 というのは、燃費には外気温や坂道の有無など走行時の環境によって大きな差が生じるため、一定の条件下で測定するカタログ燃費と、実際に走行する際の燃費に差が生じるのは、ある意味やむを得ないのだ。

 ただ、日本の場合でいえば、「10・15モード」「JC08モード」など、燃費測定方法が複数あったりしてあいまいだ。このため日本では13年5月、日本自動車工業界が小冊子「気になる乗用車の燃費~カタログとあなたのクルマの燃費の違いは?~」を発行し、説明会を開いた。少なくとも、わかりにくいという消費者の不満にこたえようとする努力が続けられている。

薄れた罪悪感

 これに対して欧州では、メーカーと検査を担当する業者の癒着が指摘されるなど、きわめてルーズなのだ。環境団体によると、検査業者はメーカーが求める燃費性能をなんとか実現しようと、あの手この手を尽くす。

 たとえば、ドア周りの隙間をテープで塞ぐ。タイヤの空気圧を高める。実際にはあり得ないほど滑らかな路面を使ってテストを行う。抵抗を減らすためにブレーキ、またサイドミラーを取り外す――などは、彼らの常套手段である。

 さらに、「サイクル・ビーティング(cycle beating)」といって、燃費テストが行われている状況を感知して、より優れた数値を出すよう設定する、いわば今回のVWの不正とほぼ同じことが、どうやら当然のごとく日常的に行われていたようなのだ。欧州運輸・環境連盟(T&E)は、「欧州でもっとも燃費性能をごまかしているのは、メルセデス・ベンツだった」という内容のレポートまで発表しているほどだ。

 こうした背景から考えると、VWは排ガスについても、燃費と同じように建前上の数値と実際の走行時における数値の乖離について、いつの間にか消費者を「騙している」という意識が薄れていたのではないか。

 事実、実際に走行する際の排ガスに含まれる有害物質が基準値を超えていることは、燃費と同様、欧州では「なかば常識」という説もある。登坂時や急加速時、高速走行時、また乗車人数が多い場合などにはエンジンに負担がかかり、その分、排ガスが汚れるのはいわば当たり前だからだ。

 それにしても、NOx(窒素酸化物)の値が規制に対して最大40倍と聞けば、さすがに「常識」の範囲にはおさまらないだろう。つまり、VWは悪しき慣習を続けた結果、建前上の数値と実走行の数値が乖離している状態に、罪悪感が薄れていたといえるのではないか。

 結果の如何は別にして、ブランドイメージに受けるダメージや、クリーン・ディーゼル技術に対するイメージが悪化するのは避けられない。さらにいえば、ドイツの歴史と栄光に包まれてきた「モノづくり神話」の低下につながったことは間違いない。まさに、ドイツ・ブランドの失墜である。

トヨタの比ではない

 トヨタの09年以降のブレーキ不具合に関する大規模リコールは記憶に新しいが、トヨタのブレーキシステムは結果として“シロ”だった。それでも、トヨタは完全復活に2~3年を要した。

 今回の事件において、VWは明らかに“クロ”である。ヴィンターコーン氏は関与を否定しているが、詐欺容疑での刑事事件に発展する様相だ。そればかりか、2兆円の制裁金のほか、リコール、集団訴訟などVWへの世界の風当たりは増すばかりだ。

 問題は顧客の人命に関わらないという意味で緊急性は低い。しかし、環境技術への関心は世界的に高まるなかで、顧客を故意に「だました」という悪質性からして、事件がVWのブランドに与えるダメージは、トヨタの比ではないだろう。

 日本人には、ドイツ車に対する根強いコンプレックスがある。一部の舶来盲信の層はドイツ車を讃える一方、トヨタなどやホンダといった純国産メーカーを「田舎者」扱いしがちな面がある。

 しかし、そのドイツ車は大きく躓いた。日本メーカーは、もっと自信を持っていいのではないだろうか。
(文=片山修/経済ジャーナリスト、経営評論家)

片山修/経済ジャーナリスト、経営評論家

片山修/経済ジャーナリスト、経営評論家

愛知県名古屋市生まれ。2001年~2011年までの10年間、学習院女子大学客員教授を務める。企業経営論の日本の第一人者。主要月刊誌『中央公論』『文藝春秋』『Voice』『潮』などのほか、『週刊エコノミスト』『SAPIO』『THE21』など多数の雑誌に論文を執筆。経済、経営、政治など幅広いテーマを手掛ける。『ソニーの法則』(小学館文庫)20万部、『トヨタの方式』(同)は8万部のベストセラー。著書は60冊を超える。中国語、韓国語への翻訳書多数。

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