「アベノミクス」による円安効果がトヨタの業績を押し上げているという見方が多いようだが、こうした見方は必ずしも正しくない。トヨタの業績が改善したのは、米国や東南アジアでの販売増と、赤字が続いていた国内事業を構造改革したことによって黒字化したことが主因である。円安はせいぜいフォローの風でしかない。
同日発表した第3・四半期決算(2012年4月から12月までの9カ月の累計)で営業利益が7013億円増えた中身をみると、営業努力でプラス6600億円、原価改善の努力でプラス3200億円の計9800億円の増益要因があり、為替の影響でマイナス100億円、諸経費の増加でマイナス2400億円、その他でマイナス287億円の計2787億円の減益要因があり、差し引き、7013億円の増益となった。為替差益が出たわけではない。
安倍首相は運がいい。自分の政策が日本を代表する企業の業績向上に貢献している印象を、多くの国民が持ち始めているからだ。メディアにもそうした報道が多い。しかし、有権者としては冷静な眼も必要ではないか。
トヨタの連結業績が回復し始めた3つの理由についてもう少し詳しく述べる。
まず、米国経済の復調傾向の恩恵を受けたことだ。12年4月~12月までの売上台数は前年同期比約60万台プラスの187万台となった。なんといってもトヨタの収益源は北米市場である。利益率の高い大型車と高級車の製品群を持ち、金融技術を使った残価設定型のリース販売で、こうした製品を低所得者にも売れる販売手法を確立させている。今年1月の米国での新車販売から年率換算すると、13年の全体の市場規模は1500万台を超える。通期の北米での売上台数も245万台を見込み、リーマンショック前の高水準に近づいている。
次にトヨタが伝統的に強かった東南アジア市場がさらに拡大しており、その追い風を受けている点だ。12年4月~12月までの売上台数は前年同期比約37万台増の127万台だ。一般的に工場1カ所で年間に30万台程度生産することから考えると、北米とアジアでは9カ月間に工場3カ所分以上に相当する97万台も売上台数が伸びていることになる。
トヨタに限らず、米国経済の復調が日本企業の業績には大きく影響する。日本経済がデフレから脱却するには、米国の景気次第という面も否めないのである。そして成長著しい東南アジア市場を今以上にいかに取り込んでいくかにもかかっている。韓国勢や中国勢も東南アジア市場を狙っているため競争の激化が予想され、それに備えた戦略も必要だ。円安に浮かれていては国際競争で落伍しかねないのだ。
●国内事業の構造改革も寄与
3つ目の理由は、輸出の採算が反映される単独決算で5年ぶりの黒字に転じるからだ。トヨタの12年3月期単独決算では営業損益が200億円の赤字だったが、これが1500億円の黒字に転じる。日産と比べて国内事業の構造改革が遅れていたトヨタは、国内事業が大赤字で一時は5000億円近い赤字を計上しており、それが連結業績の足を引っ張った。原価低減などを徹底したことと、輸出の採算がよくなったことで黒字化した。
トヨタの業績回復に円安が寄与していないとは言えないが、本質的な要因は、米国・東南アジアという主要市場の回復と拡大、国内事業の赤字一掃という自助努力が重なったからなのである。主要市場の回復・拡大についても、売れて利益が出る商品群を持つという自助努力があってビジネスが拡大するのである。円安は、それを背後から支えているにすぎない。
●円安は負の効果も
今回のトヨタの業績回復に「アベノミクス」は関係していない。そもそも為替についても企業はリスク管理のために為替予約しており、短期的に為替相場が動いたからといって大きく業績には寄与しない。海外から資材などを調達しており、円安が負の効果をもたらすことすらある。
また、これまで好業績を維持してきたファーストリテイリング(ユニクロ)などは海外からの仕入れが多いため、円安はプラス材料にはならない。食料やエネルギー価格も上昇するリスクもある。
トヨタの業績回復を見て、「アベノミクス」にさらに期待を寄せる国民がいるとすれば、あまりにも短絡すぎる。週刊誌などで「安倍相場」などと言って煽る動きがある。長らく不景気が続いているので、そうした記事を見ると憂さ晴らしになる。しかし冷静に考えてほしい。景気がよくなるためには、グローバル資本主義の中で、その主役である企業が自助努力で業績を向上させていくしかない。政策は、あくまでも補助的手段なのである。
(文=井上久男/ジャーナリスト)