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名和高司「日本型CSV確立を目指して」

ヤマト運輸、ユニクロ…崇高な志と質を持ち、社会課題に取り組む日本企業の「潜在力」

文=名和高司/一橋大学大学院国際企業戦略研究科教授
ヤマト運輸、ユニクロ…崇高な志と質を持ち、社会課題に取り組む日本企業の「潜在力」の画像1ヤマトホールディングス及びヤマト運輸本社(「Wikipedia」より/Lombroso)

 ROEを超える新たな経営指標をいかに打ち立てるか。経済同友会でも、「資本効率の最適化委員会」が中心となって、今この課題に真剣に取り組んでいる。今回は、8月の同委員会で私がゲストスピーカーとなって提起した主な視点を、ご紹介しよう。

 まず、そもそも経営の主軸をどこにおくのか。企業経営の基本は、「(1)顧客の満たされない欲求(アンメット・ニーズ)を見つけ、(2)それに対して内外の資産を活用して効率よく応え続ける」ことにある。そのためにはまず、(1)の顧客の欲求をいかにとらえるかが、出発点となる。

 そこで、かつて心理学者マズローが提唱した欲求段階説を参考に考えてみたい。

 第1段階の「生理的欲求」や第2段階の「安全の欲求」は、いわば「生きるか死ぬか」といった物理的なレベルといえよう。新興国などでは、まだこの段階の基本的な欲求にいかに応えるかが社会課題になっている。もっとも、将来の水や食糧の不足、最近頻発するテロやナショナリズムの台頭を鑑みれば、地球レベルでの課題として再定義しなおす必要があるだろう。

 第3段階の「所属と愛の欲求」、第4段階の「承認の欲求」、第5段階の「自己実現の欲求」は、より高次元なレベルと位置付けられる。成長社会においては、このような「欲求」が経済活動の原動力となってきた。しかし、欲求をあおり、成長を貪欲に求め続けることの弊害は、ローマクラブが『成長の限界』というレポートの中で、早くから警鐘を鳴らしてきた。また欲求経済は、バブル崩壊やリーマンショックというかたちで破綻を繰り返している。

 マズローは晩年、第6段階として「自己超越の欲求」を新たに付け加えた。自己実現を究極とすること自体、極めて西洋的な自己中心主義だとの批判に答えたものだ。そこでは、人間は「社会的な生き物」であることに着目し、「つながり」や「絆」、「他者への配慮」や「社会貢献」といった価値観が尊ばれる。成熟社会においては、個としての顧客の欲望を超えた社会的な課題に、いかに応えるかが問われるのだ。そして、最近注目されているCSV(Creating Shared Value: 共通価値の創造)は、まさにこの社会課題の解決に注目した経営理念なのである。

 これこそ実は、近江商人の「三方良し」に通底する考え方でもある。「売り手良し・買い手良し・世間良し」の「世間」とは、ここでいう「社会」にほかならない。ただし、この言葉が生まれた300年後の今は、日本における同質的な村社会を超えて、より地球規模での共同社会(グローバル・コモンズ)に配慮する視座が求められる。

質感に対する徹底的なこだわり

 では、21世紀の成熟社会における社会課題とは何か。

 たとえば、モノがあふれ、無駄が極限まで排除された時代においては、ハピネス(幸福感)や心の安らぎ、人や自然との触れ合いなどが、本質的な稀少価値を持つはずである。AI(人工知能)が人間の知性を超えるシンギュラリティが現実になると、むしろ必然性より偶発性(セレンディピティ)、非日常性よりも日常性の中での感動、デジタルよりもアナログな手触り感や温もり感が、より求められるのではないだろうか。

 20世紀後半、日本企業が世界のフロントランナーに躍り出た際の原動力となったのが、品質に対する徹底的なこだわりだった。しかし、「品」質だけにこだわっていては、モノからコトへの価値のシフトに対応できない。21世紀のフロンティアに立つためには、この「質」の対象を、社会課題に広げることが求められる。

 たとえば、QoL(Quality of Life:生活の質)。あるいは、QoM (Quality of Mobility:移動の質)、 QoE (Quality of Experience:体感の質)など。私はこのような考え方を「QoX」と呼んでいる。Xに何を入れるかによって、各社独自の新たな提供価値を定義できるはずだ。

 このように、次世代の社会課題に対して、質感の高い解を提供し続けることができれば、日本企業として持続的なリターンを生み続けることができるはずだ。結果としてROEのRが長期的に担保されることになる。

スケールする力

 しかしそこには、日本企業が克服すべき大きな壁がある。それは、「スケール(規模を獲得する)する力」である。

 モノの品質の良さは、客観的に証明しやすい。しかし、コトの質を訴求するためには、顧客に幅広く体験してもらい、かつ、その良さを周りに発信してもらう必要がある。そのためには価値を発信する力、そして共感の輪を広げる力が不可欠となる。特にソーシャルメディアの時代においては、この顧客との「共感共創力」がスケールする上での起爆力となる。

 近江商人は「三方良し」とあわせて、「陰徳善事」という美徳を重んじていた。そのせいか、日本企業は総じて自らの価値を声高に喧伝することが苦手である。このようなコミュニケーション能力を抜本的に強化することが、次世代グローバル成長に向けた日本企業の最大の課題のひとつである。そのような課題認識のもと、私はインターブランドという世界的なブランディングファームのシニアアドバイザーとして、日本企業のブランド価値の磨きこみを支援させていただいている。

人に基軸をおいた経営

 では、企業経営のもうひとつの原則、「(2)内外の資産を活用して効率よく応え続ける」について考えてみたい。

「資産」は、有形資産と無形資産とに大別される。有形資産は、モノ(設備や原料、仕掛品など)やカネ(資本やキャッシュなど)である。形があるためわかりやすいが、それ自体はコモディティにすぎない。特にカネ余りのなかで、カネこそ最大のコモディティだ。ROEの分子であるE=カネは、それ自体では付加価値がないどころか、マイナス金利の時代には、むしろ減価する資産である。

 一方、無形資産には、技能、知財、ブランド、ネットワークなどが含まれる。バランスシートには計上されないが、付加価値の源泉となる資産である。しかも、有形資産は時間とともに減価するが、無形資産は活用すればするほど、増価する資産なのである。社会課題に応え続けるためには、いかにこれらの無形資産を蓄積し、活用するかがカギとなる。したがって、無形資産に中長期的に投資することによってはじめて、結果としてROEを持続的に高め続けることが可能になるのだ。

 そして、カネをこれらの無形資産に変換するのは、実はヒトである。言い換えれば、無形資産を生むヒトという変換資産にいかに投資し続けるかが、結果的に企業価値、そしてROEを持続的に高め続けるための経営のキモとなるのである。アップル、GE、ネスレなどの欧米の好業績企業や、トヨタ、ダイキン、ファーストリテイリングなどの日本の成長企業がいずれも「人を基軸に置いた経営」(ダイキン)を標榜していることは、決して偶然ではない。

 では優れたヒトを惹きつけ続けるためには、どのような経営を目指すべきか。

 ここでも、マズローの6段階説が参考になる。第1段階や第2段階の「生きるか死ぬか」といった危機感は、ヒトから爆発的なエネルギーを引き出す力を持つ。このような基本的な欲求の充足に立ち向かうことが、ヒトの心に火をつけることは、新興国のNGOやNPOで無私の精神で働く若者たちの姿が証明している。しかし、危機を乗り越えるとエネルギーもしぼんでしまう。持続可能な原動力にはならない。

 第3から第5段階の「欲求」は、成長社会においては、大きな起爆力を持つ。日本の高度成長時代がまさにそうであり、今の中国やインドの若者はどん欲なまでの成長意欲に満ち溢れている。しかし、成熟社会においては、欲求で人を駆り立てるのは難しい。今の草食系の若者や、ミレニアル世代は欲望だけでは突き動かされない。

日本型経営モデルの本質的な課題

 成熟社会において、ヒトの心に火をつけるのは、第6段階の自己超越した「崇高な志」だ。地球のため、社会のために役に立ちたいという熱い想いを持った若者たちは多い。危機感(Fear)でも欲求(Greed)でもなく、志(Purpose)こそが、ヒトを惹きつけ、企業に持続的成長をもたらす原動力になるのである。

 日本企業の多くは、崇高な志をミッションとして高らかに掲げている。それだけでなく、それを社員一人ひとりが魂の中に刻み込んでいる。「ヤマトは我なり」という精神をサービスドライバー全員に埋め込んでいるヤマト運輸はその典型例だ。社会課題先進国と揶揄される日本において、社会課題を的確にとらえ、不屈の精神でそれに取り組もうとする企業は、志の高い人財という最高の資産を惹きつけ続けるはずである。

 しかし、ここでも日本企業が克服すべき大きな壁がある。「自前主義」で「内向き」という特質だ。自らの技能を磨き、そこにこだわり続ける。「他人の褌」で相撲を取ることを潔しとせず、すべてを「手の内化」しようとする。「うち」と「そと」も峻別し、「うち」には厳しい規律と求道を課し、「そと」に対しては無関心と非干渉を装う。このような自前主義で内向きな仕組みにとどまる限り、自らの規模でしかビジネスを回すことができない。結果として、自らが成長の限界となり、自らの資産サイズにあった事業規模しか期待できない。

 ここでも(1)同様、「スケールさせる知恵」が問われているのだ。自らの資産だけでなく、外の資産をいかに動員して、事業を大きくスケールさせるか。ヒトというもっとも重要な無形資産も、自社の人財だけでなく、いかに外のヒトの共感を獲得し、自社を何倍も超える大きなスケールで事業を展開できるか。ROEを、Eを増やさずにRを現在より飛躍的に上げるためには、このように他力をレバレッジする事業モデルを構想する力がカギとなる。

 以上、「(1)顧客の満たされない欲求(アンメット・ニーズ)を見つけ、(2)それに対して内外の資産を活用して効率よく応え続ける」という企業経営の基本を読み解いてきた。日本企業は、高い志と質にこだわり続ける点において、ROEを持続的(サステイナブル)に維持し続ける潜在力を持っている。しかし、一方で、顧客を含めた外部の資産をレバレッジする知恵が不足しているため、ROEを大きくふくらます(スケーラブル)ことができない。

 サステイナブルであるという本来の特質を守りつつ、スケーラブルな事業モデルを構築することができれば、結果として高いROEを持続的に維持し続けることができるはずだ。ROEが低いというのは、表層的な現象にすぎない。日本型経営モデルの本質的な課題は、いかにレバレッジパワーを高め、スケールを獲得するかにある。
(文=名和高司/一橋大学大学院国際企業戦略研究科教授)

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