第二次世界大戦で使用された軍用車を源流とする、アメリカ発祥の自動車ブランド「ジープ」。ご存じのように、7本の縦型スロットグリルと、丸みを帯びたヘッドライトを特徴とする車種だ。
代表的なモデルには「ジープ・ラングラー」(以下、ラングラー)を挙げることができ、約11年ぶりのフルモデルチェンジとなる4代目が、昨年11月に発売されたばかりである。
そんなジープは近年、日本での売上が絶好調だ。輸入元であるFCAジャパンが10月に行った、4代目ラングラーの発表会で公開された資料によると、2009年のジープの年間販売台数は1027台。ところが、昨年は実に1万91台という数値を叩き出しており、この10年間で約10倍に膨れ上がったことになる。
日本の自動車市場はトランプ米大統領に「閉鎖的だ」と苦言を呈され、米自動車メーカーで世界ビッグ3のフォードも16年には日本事業から撤退した。それにもかかわらず、日本におけるジープの売上は世界全体の4割を占めているそうで、北米を除けば日本が最大のマーケットなのだという。
なぜ今、アメリカ車のジープが日本でこれだけの注目を浴びているのだろうか。国内外の自動車事情に精通する、モータージャーナリストの伊達軍曹氏に話を聞いた。
若者がジープを選ぶのは、金持ち世代への反抗心?
まず、ジープの日本でのポジションはどのように移り変わってきたのかを振り返ってもらった。
「ジープはアメリカ陸軍の軍用車として始まりましたので、当たり前のことながら、オフロード走行に特化しています。のちに民生版が生まれ、モデルチェンジと進化を繰り返していくわけですが、日本で生産がスタートした1953年から70年代くらいまでは、“ジープ=軍用車”というイメージが強かったのは間違いありません。『ウルトラマン』みたいな昔の特撮番組を見ても、地球防衛軍のような登場人物がジープに乗っていますよね。
しかし、74年に『ジープ・チェロキー』の初代モデルが登場しました。これはラングラーの簡易版ともいえる小ぶりなSUV車で、『ジープは悪路だけではなく、街を走っても映える』という新しい印象を人々に与えたのです。87年には初代ラングラーが発売され、ジープは“普段使いできるオフロード車”としても認知されるようになりました。
それでもやはり、ジープには“山や荒野を愛する男の車”だというイメージが残っていたのですが、次の転機は2007年でしょう。フルモデルチェンジによって3代目となったラングラーに、4ドアモデルがラインナップされたのです。
ジープは当初、2ドアモデルしか存在しませんでした。もともと荒地を走るためにつくられた車ですので、ボディは小さくて充分。むしろ、大きければ大きいほどオフロード走行には不向きになるのですが、その代わり4ドアモデルのジープには『メルセデス・ベンツ Gクラス』のような高級SUV車とも似た、プレミアム感が加わっていたのです。私は、これが昨今のジープ人気につながったのだと考えています」(伊達氏)
なお、FCAジャパン代表のポンタス・ヘグストロム氏は15年のインタビューで、ジープユーザーの平均年齢は35歳だと語っていた。同社はジープ以外にもアルファロメオ、フィアット、アバルトというブランドを抱えているが、このなかでユーザー層がもっとも若いのはジープなのだそうだ。
若年層からの支持も当然、ここ数年のジープの売上増に貢献しているはずだ。その背景を、伊達氏は次のように分析する。
「先ほど“プレミアム感”と述べましたが、1000万~2000万円するような本当の高級SUV車に比べると、ジープはそこまで値は張りません。先日発売された4代目ラングラーも、459~530万円という価格帯に収まっています。
私が思うに、若い人々は『お金持ちになりたい』という欲望を持っている半面、『自分はああいうふうにはなりたくない』と、中高年のお金持ちたちへの反骨精神もあるのではないでしょうか。程よくプレミアム感のあるラングラーなどに若年層が流れているのは、そういう理由なのかもしれません。いわば、上の世代へのアンチテーゼだというわけですね」(同)
日本人がジープに親しみやすいのは、一種の原体験か
悪路に対応しており、なおかつ都会派の匂いも感じさせ、若者人気も高いジープ。軍用車を起源とする車はほかにもあるなか、ジープはどこで差別化に成功しているのか。
「高級SUV車の例に挙げたメルセデス・ベンツ Gクラスや、裕福な自営業者などが乗っていることの多いイギリスの『ランドローバー・ディフェンダー』も、元は軍用車でした。ただ、これらの車種のデビューはジープよりも遅く、軍用車とはいっても、現代の車と近い形をしています。それに対しジープは、1940年代の戦時中の形がそのまま残っているという点で、他の軍用車よりも魅力的に映るのでしょう。
また、もしかすると日本人には“ジープ=格好いい”という刷り込みがあるのかもしれません。ちょうど現在放送中の朝のNHK連続テレビ小説『まんぷく』でも、進駐軍がジープに乗ったシーンが描かれていますし、戦争を体験した両親や祖父母の代から、ジープのエピソードを聞いて育ったという人々も少なくないのではないでしょうか。そういう原体験のようなものも関係している気がします。
とはいえ、なぜ日本でここまでジープの人気が出ているのかは、私でも不思議に感じるのが正直なところです。私が取材してきたなかで、2代目ラングラーをオフロード向けに改造しており、悪路を走るのが趣味だという若い人がいたものの、そういう人は決して多くありません。大抵の人はたまにちょっとした林道を走る程度で、主に街中でジープに乗ると思うのですが、売上が伸びているという割には、あまりその姿を街中では見かけないのです」(同)
ジープは潜在的なファンを多数抱えていそうだが、その過熱ぶりには今なお謎めいた部分があるようだ。
では、今回の4代目ラングラーの投入により、ジープ人気にはますます拍車がかかるのだろうか。
「3代目ラングラーは一時期、中古車市場でまったく売り値が下がらないほど好評だったものの、実際に運転すると疲れてしまうという声も上がっていました。運転中は右足でアクセルやブレーキを踏み、左足は基本的に何もしないわけですが、これまでは左足の置き場がなかったのです。そこが4代目では改善され、より都市での走行に適したニュアンスに変わりました。
一方、外観については“キープコンセプト”で、昔ながらのジープのイメージを完璧に残しています。私のような車好きからすれば3代目との違いもわかりますが、車に詳しくない人にとっては、ほとんど同じに見えるのではないでしょうか。上手にコンセプトを維持しつつ、それでいて現代的にブラッシュアップされていますから、4代目もヒットが期待できそうです。
ちなみに、日本自動車輸入組合の発表によると、昨年度の車販売台数における輸入車のシェアは9.1%。まだまだ少ない数値ではありますが、車に対して意識的でステータス性を求めている人は、今後もジープのような輸入車を選ぶ傾向が強いといえるでしょう。国産車の多くが冷蔵庫のような形になってしまっているなか、魅力的なフォルムを求める層に訴求効果が高いのは、やはり輸入車なのです」(同)
残すべきところは残し、変えるべきところは変える。その絶妙なバランス感覚さえ保たれていれば、日本ではこの先もジープの地盤は揺るがないといえそうだ。
(文=A4studio)