高級ステーキハウスからファミリーレストランまで、外食業界を挙げての「熟成肉」ブームである。数年前からジワジワと「熟成」を謳ったステーキは増えてはいたが、昨年2月にオープンした東京・六本木「ウルフギャング・ステーキハウス」(本店:米ニューヨーク)がその流れを決定づけたかに見える。客単価は優に1万円を超える店ながら、各種メディアに取り上げられて人気沸騰。まったく予約が取れない状況が続き、その余勢を駆って昨年10月には丸の内店がオープンした。
同店の「売り」はドライエイジング(乾燥熟成)。米国農務省による最上級の格付け「プライムグレード」の肉を専用熟成庫で28日間ドライエイジングさせ、4cmほどの厚切りにして900℃のオーブンで焼き上げる。米国ではことさらに珍しい話ではなく、例えばニューヨーク・ブルックリン市の「ピーター・ルーガー」は美味しいドライエイジングのステーキを出す店として全米、あるいは全世界的にその名を轟かせている。
そしてウルフギャングはその「ピーター・ルーガー」で40年にわたってウエイターをしていた男が、いわばのれん分けのようにしてマンハッタンの街中に開いた店である。今やマンハッタンを中心に全米で8店、そして日本の六本木、丸の内店、韓国のソウル店と合わせて計11店を構えるまでになった。
六本木店の成功には伏線があった。2009年にオープンしたワイキキ店は、フランチャイジーである日本のWDIが経営を任され、アメリカ本土に勝るとも劣らぬ成功を収めていた。WDIは稼ぎ頭として「カプリチョーザ」を展開する一方、古くは「ハードロックカフェ」「トニーローマ」「スパゴ」、最近では「アクアヴィット」などを手がけ、米国のレストランを日本に上陸させる手腕やノウハウの蓄積にかけて右に出る者のない企業である。
すなわち満を持して開いた店ともいえるが、ニューヨークに在住していた20年前から「ピーター・ルーガー」を偏愛し、ワイキキに行けば必ず「ウルフギャング・ステーキハウス」で食事をしてきた筆者ですら、ここまでの成功は予想しなかった。
考えてみればこの数年、華々しい大箱レストランのオープンはまれだったがゆえ、メディアの露出に拍車がかかったともいえる。そして実際に店に出かけてみると、いかにも外資系企業に勤めているといった風情の男たち、あるいは年に一度はハワイでバケーションを楽しんでいそうな家族、そして米国人客の姿が目立つ。おそらくは日本でも「アメリカンステーキの醍醐味」を知っている人が増え、ウルフギャング・ステーキハウスのコアなファン層を形成しているように見受けられる。
「熟成肉」への誤解
米国人の好みはあくまでも「赤身」であって、ドライエイジングは微生物の力を借りてその旨味を引き出していく手法にほかならない。従って、本来は霜降り肉に適用するものではないし、ただ「寝かせて」おけばよいという単純な話ではない。