たとえば、球場へはJR広島駅南口から徒歩10分ほどで行くことができる。駅ビル「アッセ」の地下食品売り場をのぞくと、パッケージに球団マスコット「カープ坊や」が入ったゼリーやお菓子が並んでいる。一方、同じ広島に本拠地を置く、日本プロサッカーリーグ(Jリーグ)の強豪・サンフレッチェ広島のマスコット「サンチェ」の商品は、あまり見かけない。
球場まで歩くルートは2つあり、「大州通りルート」と「JR南側市道ルート」がある(通称:カープロード)。この道路沿いには赤い看板の飲食店など、カープのチームカラーをあしらったものが多く、球場に行く前からワクワク感が高められる。ちなみに、球場近くにあるコンビニエンスストアチェーンのローソン店舗も、一般的な青色の看板ではなく赤色の看板となっており、店内にはカープグッズが並んでいる。
カープ女子以外にも、3世代で楽しめる「体験」で観客を誘致
14年の「ユーキャン新語・流行語大賞」のトップテンにも入った「カープ女子」という言葉がある。カープ好きな女性野球ファンの意味だが、球団の地道な努力の結果といえよう。たとえば、同年5月10日の中日戦では、球団が東京-広島の往復新幹線代を負担する太っ腹企画「関東カープ女子 野球観戦ツアー」を実施して話題を呼んだ。
15年は「赤いシリーズ2015」というイベントを実施した。同スタジアム開催の5試合限定で、カープカラーの赤色グッズをプレゼントしたものだ。具体的には4月7日から9日の巨人戦では赤いタオル、5月22日のヤクルト戦では赤傘、7月20日の中日戦では頭につけられる赤い耳グッズを来場者全員にプレゼントした。
いずれも好評だったため、追加企画として8月27日の阪神戦では「赤耳タイガー」と呼ばれる赤いトラの耳のカチューシャのプレゼントも行った。
グッズのプレゼントは昭和時代から各球団が行うファンサービスだが、前記の巨人戦なら「ドームのオレンジ、広島の赤」というコピーを掲げてストーリー性を持たせ、各試合の5回終了時にグッズを振り回すなど、来場者の「体験」に訴求したのがポイントだ。
また、今年5月16日には片道貸切り新幹線「常車魂~RED WING」というイベントも実施した。東海道・山陽新幹線「のぞみ」を貸し切り、7時40分に広島駅に向けて東京駅を出発。東京、新横浜、名古屋、新大阪、新神戸の各駅からカープファン総勢約1300人が乗り込んだ。車内ではグッズを配ったほか、球団OBの高橋建氏が車掌姿で登場して新幹線切符に「高橋建スタンプ」を押すなどのサービスも行った。
球団は「祖父母世代からお孫さんまで、3世代で楽しんでいただくための工夫をしています」と説明するが、女性ファンだけでなく、すそ野を広げる活動を続ける。
「最大のファンサービス=勝つこと」から、「負けても楽しめる」球場へ
球場自体にもさまざまな工夫がされている。特筆すべきは、座席が34種類もあること。なかでも、試合を観ながらバーベキューができるテラス(「びっくりテラス」と「ちょっとびっくりテラス」)の人気が高く、「販売開始と同時に年間で売り切れてしまいます」(同球団)というほどだ。
それに次ぐのがグループ席で、ほかにも寝転がって観戦できる「寝ソベリア」や、畳を敷いた「鯉座敷」など、ユニークな座席が多い。
「自由に球場を一周できるコンコース」も人気がある。どの座席券で入場しても、コンコースを一周しながら立ち見で観戦できる。さまざまな角度から観戦したいという野球ファンのニーズにも、歩きながらフードやショッピングを楽しみたいという人のニーズにも応えている。球場開設前から米国を中心に他球場を調査して出来上がった設備だ。
「応援団やお客様自身が行う応援も、他球場や他チームよりも一体感が強く、満足していただける重要な要因となっています」と、球団は胸を張る。
試合開催日以外のイベントにも力を入れる。「コンコース一般開放」では、球場内の散策やジョギングなどが楽しめる。広島市の意向も踏まえて、主に近隣の住民への配慮をしたのだという。
「スタジアムツアー」も行っている。こちらは遠方の人にも球場を紹介し、興味を持ってもらうのが狙いだ。ベンチなども案内する「バックヤードコース」や「室内練習場コース」も設けている。利用者からは「球場が身近に感じられるようになった」「普段見られない場所を観られて満足」といった声が上がり、好評だという。
以前、優勝争いの常連チームの球団幹部を取材した時、「ファンサービスを第一に掲げているが、最大のファンサービスといえば勝つこと。これに勝るファンサービスはありません」と話していた。
もちろんそのとおりだが、カープ球団の取り組みを見ると、「負けても楽しめる」球場を目指しているようにも思える。考えてみれば、過去20年の優勝チーム平均勝率は5割台後半から6割台半ば。つまり、10回戦って勝つのは6回前後だ。
実は野球界には「人口減少以上の速さで進む、野球競技者人口の減少」という課題がある。この課題克服とともに必要なのが、スポーツの2本柱である「Do Sports」(スポーツを行う)から「See Sports」(スポーツを観る)に力を入れることだ。身近に感じてもらい、体験してもらう。これを繰り返すことでリピーターを増やすのが「集客戦術」なのだろう。
(文=高井尚之/経済ジャーナリスト・経営コンサルタント)