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最近、日本でも敵対的TOB(株式公開買い付け)に関するニュースをよく目にするようになりました。とくに昨年(2019年)から急激に増加していますが、大手投資銀行ゴールドマン・サックス証券によれば、昨年はTOBが4割以上増加したとのことです。
最近の事例では、伊藤忠商事によるデサントへの敵対的TOBが成功したのは記憶に新しいでしょう。デサントの取締役会は伊藤忠のTOBに反対しましたが、伊藤忠はTOBでデサント株の4割を取得しました。
また不動産事業(ビル賃貸事業)・ホテル事業を行っているユニゾホールディングス(以下ユニゾ)をめぐり激しいTOB合戦が繰り広げられています。筆者が興銀マン時代は常和興産という名前の会社でしたが、15年に現在の名称に社名変更しています。その争奪戦は凄まじいものです。
簡単にまとめると、19年7月に大手旅行会社のエイチ・アイ・エスが1株3100円でTOBする意向を表明しましたが、ユニゾは事業上のシナジー効果が見込めないとして、これに反対しました。このエイチ・アイ・エスによるTOB表明前日のユニゾの株価は1990円でした。その後、ソフトバンクグループの投資ファンドであるフォートレスが「白馬の騎士」として、1株4000円でTOBを実施すると発表。さらに10月には米国大手投資会社ブラックストーンが、1株5000円でユニゾ株をTOBする意向を表明。12月にはユニゾの従業員と米国投資会社ローン・スターとが共同で設立したチトセア投資が1株5100円でTOBを行うと発表。今年2月にはブラックストーンが買収価格を6000円に引き上げると発表といった具合で、この間ユニゾの株価は1990円から6000円と実に3倍弱にまで高騰しています。今後も目が離せない状況にあります。
このほかにも、今年の1月には旧村上ファンド系の投資会社、シティインデックスイレブンスが東芝機械に対してTOBを実施すると発表しています。
そもそもTOBとは、「買付け期間・買取り株数・価格」を公告し、特定の株式会社の不特定多数の株主から株式市場外で株式等を買い集めることで、以前は「乗っ取り」などと言われて経営陣にとっては脅威とされていました。
06年には王子製紙が北越製紙にTOBによる敵対的買収を仕掛けましたが、失敗しました。それ以降、日本では敵対的TOBはほとんど行われていませんでしたが、昨年あたりから急激に増えています。
筆者は旧日本興業銀行において7年間以上、プロジェクトファイナンスという投資銀行業務に従事していましたが、投資銀行(インベストメントバンク)とは企業の資金調達やM&Aをサポートする金融機関のことで、専業の投資銀行としてはアメリカのモルガン・スタンレーやゴールドマン・サックスなどが有名です。
そうした経験からTOBを含むM&Aについて拙著『金融・ファイナンス』(朝日新聞出版)に沿って、わかりやすく説明したいと思います。
M&Aとは?
M&Aとは「Mergers and Acquisitions」、すなわち「合併と買収」の略語です。具体的には合併、株式交換、株式買収、資産買収、公開買付(TOB)、Leveraged Buy Out(LBO)などの方法があります。
M&Aは、有能な人材、ブランド、工場、技術、店舗、競合シェアの獲得、他国あるいは他の地域への進出、販路の確保、供給網の確保などを目的として行うもので、「時間を買う戦略」です。企業だけでなく個人でも、インターネット上での企業売買で数億円を稼ぐ人もいます。
最近では、国内市場が縮小するなかで、グローバル化のために海外企業を買収する大型のM&Aも増加しています。日本国内では創業社長が高齢になり後継者がいないなどの事由によって、企業を売却するいわゆる事業承継に伴うM&Aの事例も増えています。
しかし、残念なことに多くの事例は失敗に終わっているのも事実です。
M&Aの失敗の要因にはさまざまなものがありますが、それらの複合的な要因であることが多いと思われます。
1.戦略ビジョンが不明確だった
全体戦略のなかで検討すべきにもかかわらず、証券会社などからの提案に乗ってしまったような例です。時間的制約が多いので、事前に全体戦略を構築しておくことがとても大切です。
2.高値で買ってしまった
企業買収の価格は非上場の場合には後述する方式で算定しますが、やはり1との絡みでシナジー効果を出せないと高値で買ってしまったケースも多いと思われます。また、競合との買収合戦によって価格が吊り上げられてしまうこともあります。会計上ののれん償却や回復見込みのない場合には減損処理が必要になることも、事前に十分に検討しておくことが肝要です。今回のユニゾの例でも、買収側は買収額の評価が適切であることを株主に説明できるようにしておく必要があります。
3.ポストマージャーインテグレーション(PMI)の失敗
シナジー効果、人材交流、企業文化等買収後のいわゆるPMIは予想以上に大変です。企業文化などは10年単位で変革していく必要があるでしょう。
4.人材不足、買収した企業の人材活用ができなかった
他業種に進出する、あるいは他国へ進出するなどの場合には、実際に経営を行う人材が買収で辞めてしまうこともあるため、買収後の人材を社内あるいは社外から配置することが肝要です。
上記以外にも多くの理由がありますが、やはり全体戦略のなかでいかにシナジーをあげるのか、という基本をしっかりと把握しておくことが大切です。
M&Aの方法
M&Aにはさまざまな方法がありますが、代表的な方法をご紹介します。
・株式譲渡
譲渡する企業が自社の発行済株式を、買収する企業に譲渡することによって、経営権も譲渡する方法。M&Aのなかで最も一般的な方法です。
・事業譲渡
企業が自社の事業を、買収企業に譲渡する方法です。譲渡する企業の資産が一部の場合は「一部譲渡」と呼び、全部の場合は「全部譲渡」と呼びます。譲渡の対象となる資産には、土地・建物などの有形資産、流動資産、営業権・人材・特許・ノウハウ等の無形資産などがあります。
・合併
複数の企業をひとつの企業にする方法で、吸収合併と新設合併があります。吸収合併は、A社がB社を吸収しA社を存続会社として、B社は消滅(解散)させる方法です。新設合併は、合併当事者企業がすべて解散すると同時に、受け皿としての新会社を設立し、一切の権利義務を新設会社に承継します。
・LBO
LBOはLeveraged Buy Out(レバレッジバイアウト)の略です。一定のキャッシュフローを生み出す事業を、外部からの借入金を活用して買収する方法です。借入金をテコとして、買収する企業は投資する資本の金額を抑えることができるため投資収益率の最大化を図ることができます。このためレバレッジという言葉が使われています。事業が安定的なキャッシュフローを生み出すことが要求されます。バイアウト・ファンドといわれるファンドが、LBOによるM&Aの中心的な役割を果たしています。
・MBO
MBOはマネジメントバイアウトの略で、経営陣が自ら会社の株式などを9割以上買収することです。この場合もLBOの方法をとるケースが多くなります。さらに経営陣が共同投資者(パートナー)としてバイアウトファンドをつくる場合もあります。上場企業の株式の非公開化やオーナー企業の事業承継などに利用されており、近年増加しています。株価に左右されず積極的な経営を行うために、一時的にMBOで非公開にして再度上場する例もあります。MBOの手順としては、まず株式買い取りのための受け皿である新会社を設立します。その新会社が現株主から株式を買い取ります。その後、親会社となった新会社が合併することになります。
MBOのメリットは、現オーナーが株式売却により創業者利益を得られる一方で、後継者となる経営陣は少ない資金でも株式承継が可能になることです。他の株主にも株式の売却ができます。
・TOB
前述の通り、事前に期間、株数、価格を公開した上で、市場を通さずに株式を買い取る買収や子会社化の方法です。以下、詳しく説明します。
TOB
TOBには友好的TOBと今回のような敵対的TOBの2種類があります。
友好的TOBは買収候補先企業の経営陣の取締役会から同意を得た上で行うものですが、敵対的TOBは同意を得ずに行います。敵対的TOBの場合には買収価格が高くなりやすいといわれています。ユニゾの場合にはすでに約3倍になっていることはすでに述べました。
TOBは、大量の株式を一度に買い集められ、市場を通さないために一定価額で株式を取得可能です。あらかじめ設定した株式数を買い集めることができなかった場合には、TOBを中止することもできます。市場で株式を取得する方法では株価が上がってしまったり、取得価格が変化してしまうため、TOBには大きなメリットがあります。
一方で株価が上がるためにコストが発生することや、相手先企業が買収防衛策をとることで失敗するリスクもあります。具体的な買収防衛策としては、以下のようなものがあります。
・ポイズンピル
「ポイズン」とは「毒」という意味ですが、既存の株主にあらかじめ新株予約権を発行しておくことで買収を阻止する方法です。
・ホワイトナイト
「白馬の騎士」の意味で、敵対的買収を仕掛けられた会社を友好的に買収する会社のことです。
・クラウンジュエル
TOBをされた会社が価値の高い事業や子会社などを売却してしまうことで、株価を下落させてTOBをしようとする会社側の動機をなくしてしまう方法です。
・パックマンディフェンス
TOBを仕掛けてきた会社を逆に買収してしまう方法です。
これらのほかにも、90%以上の自社株を買いMBOを行うことで上場を廃止してしまう方法もあります。
後継者不足から事業承継をめぐる問題が増えています。事業承継とは、会社の経営を後継者に引き継ぐことですが、中小企業にとってオーナー社長の経営力そのものが会社の特徴になっている場合も多く、後継者選びは重要です。
近年、従業員が経営権を承継するケースやM&Aが急増していますが、有能でワンマンな社長の場合には、一度は他人に経営権を譲っても再び復帰するケースなども多く、後継者選びは難しい課題ともいえます。今後ますます日本の高度成長を担ってきた経営者の高齢化が進み、事業承継の問題が増えるでしょう。
PMI
M&A後の統合をPMI(Post Merger Integration)と呼びます。大切なことは統合によって効率化を図ることとともに、1+1が2よりも大きくなるようなシナジー効果を生み出せるかどうかですが、統合の過程においてはさまざまな課題が生じます。買収の際には、事前にPMIがどのように可能かをよく検討する必要があります。たとえば大手銀行などの場合には、システム統合に多額の投資が必要になるため重要な要素となっています。統合後も人事系統が別々であったり、たすき掛け人事といわれるような複雑な仕組みが長年続いたりしている例もあります。
統合の大きな阻害要因となるものとしては、企業文化もあります。人材のタイプや価値観の相違、既得権益への固執、派閥争い、などさまざまです。筆者も銀行、通信会社、ベンチャー、コンサルティング会社など複数の企業で勤務しましたが、驚くほど企業文化は異なることを痛感しました。
企業はヒトが動かしているものです。企業買収の際には、文化が融合できるかを最優先に考えるべきだといえるほど、重要度が高いです。そして、買収前に企業文化の融合を具体的にどう実施していくのか、その仕組みをつくることも大切です。
敵対的TOB急増の背景
以上がM&AとTOBについての説明ですが、最後になぜ今、敵対的なTOBが急増しているのかについて、私見を述べたいと思います。
ひとつには円安の影響もあり、海外投資家から見て日本企業は割り安になっていることがあります。通常、キャッシュリッチでかつ安定的なキャッシュフローを生み出すと予想できる会社はターゲットになりやすいのです。つまり、IT系企業などキャッシュフローが予測しにくい企業よりも伝統的な業種がターゲットになりやすいのです。たとえばホテル業であれば人口減少が続いている日本においては地方ではなく、インバウンドやビジネス客を安定的に見込める都心の一等地を有している企業が狙われやすいのだと思います。
さらにマクロ的には、日本企業の内部留保(利益剰余金)が増加していることも要因だと考えています。日本企業の内部留保は7年連続で過去最高を更新しており、18年には460兆円を超えています。内部留保が急増している理由としては、正規雇用の削減と非正規雇用、いわゆる派遣社員の増大による人件費の削減が進んでいることと、政府による法人税の減税が主要因でしょう。一方で、本来は内部留保は企業が設備投資を行って拡大再生産をするために使われるべきですが、実際には設備投資は減少しています。
つまり企業にはお金が余っているのに、国民の実質所得は減少しており、消費税の引き上げなどによって国内需要が伸びないために設備投資に回さないのです。企業としては当然の経営判断だといえるでしょう。
そしてそれらの資金は、金融投資や自社株購入、子会社投資、そしてTOBを含むM&Aなどに回っているのです。株主からは「無駄に内部留保をためずに投資を行って収益をあげることで株価を上げろ」という声があがるため、優良な案件に一斉に群がらざるを得ない状況になっていると考えられます。
以上のような理由から、日本でも敵対的なTOBは今後も増えていくのではないかと思います。
もっとも、M&Aによって人材や資本などの経営資源を効率よく再配分することは、好ましいとも考えられます。今後、内部留保が多くたまっている企業はモノを言う投資家たちのターゲットになる可能性が高くなると予想されます。次はあなたの会社かもしれません。
(文=平野敦士カール/株式会社ネットストラテジー代表取締役社長)