準大手ゼネコン企業である前田建設工業(前田建設)が、グループ企業である前田道路に仕掛けたTOB(株式公開買い付け)をめぐり、両社の関係がもつれにもつれている。同じグループに属する企業同士、これほど相互不信が高まるケースは珍しい。
背景にある要因の一つは、前田道路と筆頭株主である前田建設の経営方針が大きく異なることだ。積極果敢な営業姿勢などで知られる前田道路は、独自路線を歩みたい。一方、前田建設は連結子会社化を通してグループ全体の体力をつけたい。
敵対的なTOBは、関連する企業をはじめ、多くの利害関係者に遺恨を残す懸念がある。資本の論理によって一方が他方への支配を強めることはできる。しかし、それと人々の賛同を獲得し、組織全体の安定を目指すことは異なる。今後、両社がどのように関係の修復を目指すなどして、事業の運営体制を落ち着かせることができるか、先行きは見通しづらい。
独自路線にこだわる前田道路
2020年1月20日時点で、前田建設は前田道路の株式の約25%(間接所有分を含む)を保有する筆頭株主だ。わが国の企業風土では、グループに属する企業は筆頭株主である企業の意向に沿った経営を行うことが多い。
しかし、前田建設と前田道路の関係はやや異なる。1990年代以降、前田道路は自力での成長を目指し、実現してきた。1990年代初頭、資産バブル(株式と不動産のバブル)が崩壊した後、1997年度まで政府は公共事業関連の支出を増やした。それに伴い道路舗装などが増えた。前田道路はそうした需要を積極的に取り込み、業績拡大につなげた。
その後、公共事業は削減されたが、前田道路は営業攻勢を強めて需要を開拓し、売り上げの増加につなげた。敵対的TOB以前の2019年12月末時点で前田道路の時価総額は2384億円に達し、前田建設を上回っていた。自助努力を重ねて成長を遂げた前田道路の内部に、外部から指図されたくないという心理が浸透したことは想像に難くない。
しかし近年、前田道路の売り上げは伸び悩んでいる。それに加え、前田道路のガバナンス体制への懸念も浮上した。2017年ごろからアスファルト合材の価格カルテルに同社が関与していた疑いが浮上し、公正取引委員会は調査を進めた。
2019年5月、前田建設は前田道路に役員派遣を提案するなどし、ガバナンス体制の整備と、効率的なグループ経営を目指そうとした。それは、変化のスピードが加速化する事業環境への対応力を高めるために重要だ。この時点で、前田建設はどちらかといえば友好的な姿勢をとり、グループ全体の調和を乱さないように前田道路への影響力を強めようとしたとみられる。
しかし、前田道路はその提案を拒否し、独自路線にこだわった。その結果、関係が徐々にこじれ始めた。本年1月、前田建設は前田道路へのTOBを発表し、資本の論理によって影響力を強めようとした。なお、TOBの期日は3月4日である。
TOBへの反対と対抗措置
前田道路はTOBに反対した。その結果、当初は友好的に提案されたTOBは敵対的なものへと変わり、両社の関係はかなりこじれている。自社の意思決定を影響されたくないという前田道路の考えは、かなり強い。同社は敵対的TOBを回避するためにさまざまな対抗策を検討している。
対抗策の一つとして、前田道路は“ホワイトナイト”を探そうとした。ホワイトナイトとは、買収候補となっている企業の株式を友好的に取得してくれる企業や投資家を指す。ただ、この取り組みは思うように進んでいないようだ。近年、前田道路の業績は伸び悩んでいる。ホワイトナイトになる企業にとって、同社の株式を、しかも相応に高い価格で取得するリスクは軽視できない。前田道路内部には、第3者が主要株主となることでこれまでの経営風土が変化するのではないかとの不安や警戒もあるだろう。今後、ホワイトナイトが表れるか否か、状況は不透明とみられる。
この状況の中で、2月20日の取締役会において同社は、敵対的TOBの成立を回避するためにかなり思い切った意思決定を下した。それは、当初計画の6倍にあたる535億円の特別配当を実施すると決めたことだ。
端的に、前田道路は自社の資産を減らし、その魅力を削ごうとしている。同社はTOBの主な目的が、自社の豊富な現金などの確保にあると考えているようだ。前田道路は、配当として現金を支払えば前田建設がTOBを取り下げると考え、特別配当を決めたのだろう。なお、昨年末の時点で、前田道路の現金預金の保有額は約630億円だった。4月14日に同社は臨時株主総会を開催して、特別配当の実施を決定するとしている。
配当金として資産を払い出せば、一時的に株主の利得は増える。前田建設にとってそれはプラスだ。ただ、1月20日に公表したTOBに関する説明資料において前田建設は、IT化などの変化への対応力をつけるためにグループとしての連携を高めることなどが今回のTOBの目的と表明している。特別配当の実施によって敵対的TOBがどうなるかは見通しづらい。前田道路が増資などその他のTOB対抗策を打ち出す可能性も排除はできないだろう。
グループ運営の不安定化懸念
突き詰めて考えた時、敵対的TOBは対象企業や株主など、多くの利害関係者に遺恨を残す可能性がある。買収企業にとっても、被買収企業にとっても、相互不信が組織全体の士気に与える影響は軽視できない。それは、企業が長期にわたって事業体制を強化し、成長を目指す上で大きな足かせとなる恐れがある。
それに加え、世界経済の先行き不透明感が高まる中で両社の関係がこじれていることも軽視できない。現在、新型肺炎の感染拡大などを受け、わが国の景気に大きな影響を与えてきた中国経済の減速懸念が高まっている。中国経済が想定以上に減速する展開が現実となれば、わが国の経済には相応の下押し圧力がかかるだろう。それは、前田建設と前田道路の業績悪化懸念を高める主な要因の一つと考えられる。特別配当が本当に実施され、利害関係者に無視できない影響が及ぶ可能性も排除できない。
また、わが国では少子化、高齢化が進むと同時に人口が減少している。経済成長が高まりづらいなか、道路舗装をはじめとする建設需要は右肩下がりの展開となるだろう。景気先行き懸念の高まりとともに建設案件が想定された以上に落ち込み、ゼネコン業界が縮小均衡に向かうリスクも軽視できない。
この状況から脱するには、相対的に成長期待が高いアジアの新興国への進出など海外戦略を強化し、需要の獲得に取り組む必要がある。それには、ヒト・モノ・カネの面で体力をつけなければならない。それを目指して業界再編が進む展開も想定される。
本来、前田建設と前田道路がそうしたリスクに対応しつつ成長を目指すためには、財務と事業運営の両面でより安定した体制を目指すべきだろう。その上で、経営資源をより効率的に再配分し、収益性を高めることが求められる。そのための一つの方法として、グループ間でシナジーの発揮を目指す発想は大切といえる。
そう考えると、これまでに蓄積されてきたと現金などを特別配当に回すのとは異なる発想があってよいはずだ。現時点で、両社がこうした考えに回帰し、現実的な視線で対応策の協議に臨むとは想定しづらい。敵対的TOBをめぐって関係が一段と不安定化する展開は排除できないだろう。
(文=真壁昭夫/法政大学大学院教授)