原子力事業とのれん
調査期間に含まれない06年、当時社長だった西田厚聡氏は、半導体と原子力を事業の2本柱に位置づけ、米大手原発メーカー、ウェスチングハウス(WH)の買収に乗りだしました。東芝が提示した買収額は、当初予想の2倍を超える54億ドルでした。この結果、東芝はWHの77%の株式を保有することになり、その後10%を買い増して14年3月31日現在、87%の株式を保有しています。
東芝の根本的な問題は、この買収とその時生じたのれんの額です。のれんとは、「買収された企業の時価評価純資産」と「買収価額」との差額です。東芝が時価評価の2倍以上の価格で買収した理由は、原発事業が将来に向けて儲かると踏んだからにほかなりません。東芝の有価証券報告書を見ると、07年3月期にのれんが3507億円増加したと書かれています。つまり、東芝はWHを手に入れることで、凡百の他社を手に入れるより、少なくとも3507億円多く現金を稼げると考えたということです。
日本の会計基準では、この金額をのれん価値が持続すると思われる期間(20年以内)にわたり規則的に償却することが定められています。一方、東芝が採用する米国会計基準も国際会計基準も、のれんの償却が禁止されています。その代わりとして、のれんの価値が損なわれた時に一気に減損処理を行うこととなっています。つまり、将来にわたって現金を獲得できそうにないと判断された時点で、のれんの持つ価値が失われたとし損失として処理することになっています。
ところで、WHは旧ウェスティングハウス・エレクトリック(WE)の一部門が切り離されてできた原発メーカーです。1997年にWEはこの原子力部門を英国核燃料会社に売却し、05年には東芝に転売されました。つまり、東芝の傘下にあるWHは、株式を公開していない閉鎖会社なのです。したがって、財務内容を知りたくても、容易に情報は入手できません。
09年、吉報が東芝に舞い込んできました。米国サウス・テキサス・プロジェクト(STP)の原子力発電所3・4号機の調達・設計・建設を一括受注できたという知らせです。東芝の原発ビジネスにとっては海外受注の第1号案件でした。
ところが、2年後の11年。東芝の原発事業を根底から覆される事態が起きました。東京電力福島第一原発事故です。この事故をきっかけとして、国内外で原発事業計画の見直し機運が高まり、国内の原発はすべて止まってしまいました。まもなくして、STPへの共同出資を決めていた東京電力が撤退を決め、さらにSTPの事業主体だった米電力大手企業も追加の投資を打ち切られました。その後、原発に対する逆風が吹きまくるなかでも、WE取得に関わるのれんについての減損処理は行われていません。