新型コロナウイルスの感染拡大の影響で、とくに飲食業と宿泊業が大きな打撃を受けているようだ。私は、某金融機関で定期的にメンタルヘルスの相談に乗っており、最近ある支店に行ったら、資金繰りに困って融資の相談に訪れたお客さんであふれていた。その支店には10年近く行っているが、こんなことは初めてだったので驚いた。
職員の話を聞くと、「インバウンドの客が来なくなったうえ、外出自粛の影響で、収入が激減している飲食業と宿泊業の方が多い。運転資金を融資してくれという相談だが、数字を見ると、とても貸せないところもある。それでも、向こうは必死で、目が血走っているので、むげに断るわけにもいかない。ただ、融資しても、焦げつく恐れがあるので、本当に悩む」ということだった。
影響は製造業にも広がっている。トヨタ自動車は、新型コロナウイルスの感染拡大に伴う部品調達の支障や販売低迷を受けて、国内5つの工場での一定期間の稼働停止を決めた。マツダも、国内2つの工場で操業を止めると発表した。
自動車メーカーにおける工場休止の動きは、世界各地で広がっているようだ。これがいつまで続くのか誰にもわからない。もし半年以上続いたら、自殺者が急増するのではないかと危惧せずにはいられない。
自殺者数と失業者数は相関
というのも、自殺者の増加は経済危機と密接に関連しているからだ。とくに自殺者数と失業者数の間には強い相関関係が認められる。
わが国で年間自殺者数が初めて3万人を超えたのは、1998年である。その前年の1997年には山一証券と北海道拓殖銀行が、そして1998年には日本長期信用銀行が相次いで破綻している。終身雇用や年功序列を信じ、会社のために滅私奉公してきたサラリーマンも次々にリストラされた。
それ以降、年間自殺者数が3万人を超える状態が14年連続して続いた。3万人を下回ったのは2012年であり、15年ぶりのことだった。ちなみに、自殺者が最も多くなったのは2003年で、3万4427人(そのうち、経済・生活問題を原因とした自殺者は8897人)だったのだが、その前年の2002年には失業者数がピーク(359万人)に達している。
これは、決して偶然ではない。自殺者は、精神科を受診したことがあるにせよ、ないにせよ、うつ( Depression )になっていることが多い。うつのきっかけになりやすいのは、大切なものを失う喪失体験なのだが、経済的損失も喪失体験の1つにほかならないからだ。
新型コロナウイルスの治療薬もワクチンも開発されていない現在、感染拡大を食い止めるには、人と物の動きを制限するしかない。だから、レストラン閉鎖や外出禁止などの措置を取っている国もあるほどだ。東京オリンピック・パラリンピックについても、IOC(国際オリンピック委員会)委員が「延期は決定された」と述べたとアメリカの全国紙「USAトゥデー」で報じられた。
この流れの中で経済活動が収縮するのは、ある意味では仕方がない。何よりも大切なのは命だからだ。しかし、こうした経済的停滞が続くと、休業や失業で収入が激減する人が増えるだろう。また、中小企業を中心に倒産が続出し、失業者が街にあふれる可能性も十分考えられる。
そうなれば、不況( Depression )どころではなく、大恐慌( Great Depression )とも呼べる状況になるのではないか。結果的に、うつになる人も自殺者も急増するのではないかと懸念する。
そういう事態を防ぐためにも、政府は経済対策をしっかりとやるべきだ。年間自殺者数が3万人を超えて以来、われわれ精神科医は自殺予防のための啓発活動に携わってきた。もちろん、われわれの努力だけが功を奏したわけではなく、失業率が改善したことが大きく貢献したのだとは思う。いずれにせよ、せっかく自殺者が減少したのに、また急増するような事態は何としても防がなければならない。
(文=片田珠美/精神科医)
参考文献
公益社団法人日本医師会 (編集)西島英利 (監修)『自殺予防マニュアル【第3版】地域医療を担う医師へのうつ状態・うつ病の早期発見と早期治療のために』明石書店 2014年