天丼てんや、「500円天丼」で復活の兆し…値上げで客離れ→新型コロナで持ち帰り需要増
「現象の裏にある本質を描く」をモットーに、「企業経営」「ビジネス現場とヒト」をテーマにした企画や著作も多数あるジャーナリスト・経営コンサルタントの高井尚之氏が、経営側だけでなく、商品の製作現場レベルの視点を織り交ぜて人気商品の裏側を解説する。
「徐々に、お客様が戻られてきたのを感じます」
東京都内の「天丼てんや」で接客してくれたスタッフは、こう言ってほほ笑んだ。外出自粛の影響で、店内には少なかったが、持ち帰り用の窓口にはお客が並び、次々に弁当を買っていた。
5月18日、首都圏を中心に国内で約190店を展開する「てんや」がグランドメニューを一部改訂。主力商品の「天丼」(並盛)を540円(税込み、以下同)から500円に値下げした。同商品は、海老、いか、白身魚(きす、または赤魚)、かぼちゃ、いんげんが入り、味噌汁つきでこの価格で、店内で食事をする人の4割以上が注文する看板メニューだ。
2018年1月11日に、ワンコインで買えた500円天丼を540円に値上げ。それを今回の価格改訂で戻した。値上げ以降、好調だった「てんや」(運営会社はテンコーポレーション/ロイヤルホールディングスグループ)の売り上げは、前年割れが目立つようになる。最近になって改善の兆しが見えたところで、新型コロナウイルスに見舞われた。
コロナ感染拡大防止のため、特に3月以降になって各店舗は営業自粛や営業時間短縮を余儀なくされ、2020年の既存店売上高は前年同月比で、95.9%(1月)→98.2%(2月)→79.1%(3月)→58.1%(4月)と急降下した。ただし、2月から4月の客単価は99~100%台だ。
看板商品をワンコインに戻した「てんや」は復活できるのか。天丼に対する消費者心理と合わせて考察したい。
もともと「テイクアウト」も持ち味
コロナ感染拡大以降、各飲食店がテイクアウトに力を入れ始めたが、「てんや」では以前から持ち帰りの弁当に力を入れていた。
現在は営業時間短縮や座席調整などの影響で、持ち帰り率が店舗売上の約6割(それまでは3割)に高まり、利用者の7割は女性だという。筆者の取材先である熟練皮革デザイナーの女性も、「忙しくて、食事の支度をしたくない時に利用する」と語っていた。
最新の調査で、働く女性が7割を超えた現在、料理に手間がかかり、油などの後片付けが大変な揚げ物は、あまり家庭では行わなくなった。とんかつやコロッケは精肉店や惣菜店でも買えるが、天ぷらを買える店は少ない。
「テイクアウトの人気商品は、圧倒的に天丼弁当(5月18日から500円)で、『天ぷらがごはんにのって、タレが染みたかたちで食べたい』という方がほとんどです。持ち帰り容器も、水分を逃すふたを使用して、湯気で天ぷらの衣がしっとりしすぎない形状を取り入れています。
食べるまでになじんでしまうタレも、店内より3割多くかけて、テイクアウトの楽しさも追求してきました」(広報担当)
後述するが、こうした工夫を横展開するのも、今後のロイヤルHDの活路につながるのではないか、と筆者は考えている。
垣根の高かった天丼を大衆化させた
もともと江戸文化の天丼は、海老や魚、野菜を使ったものが主流で、東京・浅草には長年続く名店も多い。
だが昭和時代、町の食堂メニューの天丼は、カツ丼よりも数百円高く、1000円を超える店が多かった。以前、取材でその理由を質問した際は「当時は冷凍技術も発達しておらず、専門店以外の店では手のかかるメニューだった」とも聞いた。
それを大衆化させた店が、1989年に、かつて日本マクドナルドに勤めていた岩下善夫氏によって創業された「てんや」だ。創業以来、天丼文化が根づく東京を中心に店を展開。現在は福岡県発祥のロイヤルHDのグループ会社だが、今でも首都圏中心の店舗展開だ。
「てんや」の強みは、「設備」と「人材」にある。
設備で特徴的なのは、独自開発の「オートフライヤー」と呼ぶ天ぷらの揚げ機器だ。野菜は溶いた天ぷら衣(たね)にそのまま、海老や穴子などの海鮮や肉には打ち粉をまぶし、天ぷら衣をつけて高温に設定した油の中に入れると、短時間で均等に揚げられる。
このオートフライヤーを使うと、パートやアルバイト従業員も訓練を積めば調理できる。ファミリーレストラン「ロイヤルホスト」も手がけるグループとして食材を一括調達すること、調理に熟練職人を必要としないことが、「てんや」が低価格で商品を提供できる理由だ。
これ以外に、さまざまな派生商品を投入して店舗メニューを活性化させる。たとえば5月13日からは季節限定メニュー「一本釣りかつおとあさりのかき揚げ天丼」(880円)を販売している。
「ごほうび」を低価格で訴求する手も
ただし、「天丼」「天丼弁当」(並・500円)、「上天丼」「上天丼弁当」(650円)に比べると、派生商品や季節限定商品は割安とはいえない。
同社としての経営戦略もあるだろうが、消費者心理を研究する筆者としては、当面は高価格メニューを投入しないほうがいいと思う。
コロナ禍によって、ほとんどの企業が大打撃を受けた。今後は従業員や取引先への「報酬」(賃金や取引条件)にも影響することを考えると、消費意欲の落ち込みは避けられない。
そこで「低価格のごほうび」需要を喚起してはいかがだろう。そのベンチマーキングとして、リタイヤ世代の消費動向を参考にする手もある。
「てんや」はリタイヤ世代にも強い。平日午後には、現役時代から利用してきたと思われる年配客が、明るいうちから天丼とビールを楽しむ光景も目にしてきた。「年金支給日の偶数月15日には、店内が一段とにぎわう」という。これを現役世代の訴求に生かすのだ。
たとえば「ほろよいセット」として、生ビール(中ジョッキ)と天丼(並)を1000円未満で提供する。現在の店内メニューには、天ぷらとビールのセットメニューはあるが、天丼とビールのセットメニューはない。
カウンター席が多く、手軽に食べられる「てんや」を牛丼チェーン店と比較する意見もあるが、前述した高級感の視点では、消費者の意識は少し異なるのだ。
「外食」ブランドを「中食」で生かす
今年2月、ビジネスジャーナルの「企業・業界」コーナーで、ロイヤルHDの新業態となる「GATHERING TABLE PANTRY(ギャザリング テーブル パントリー)」という店の取り組みを紹介した(『ロイヤルHD、ロイホと真逆の新業態店を展開…火と油を使わない&現金使えない』)。
この中で「中食」市場を見据えた「ロイヤルデリ」(一般向け冷凍食品)の販売にも触れた。コロナ後の経営計画見直しで、ロイヤルHDは拡大する中食市場への訴求をさらに強化するはずだ。ただし、前述した消費意欲の減退を見据えながらの展開となるだろう。
一般小売店には天丼の冷凍食品も置かれるが、それとは一線を画し、同グループの機内食や病院食事業で培ったノウハウを応用すると思う。合わせて強化したいのがオンライン販売だ。
筆者が取り上げる機会の多いカフェでも、コーヒー豆をオンラインで販売して実績を上げてきた店は、「営業自粛」の影響も小さかった。この事例から学ぶことはあるだろう。
実店舗で培った信頼やブランド力を、「三密」がほとんどないオンラインや、少ないテイクアウト事業で生かす。それが企業活動の「次の一手」につながると思う。
(文=高井尚之/経済ジャーナリスト・経営コンサルタント)