昨年10月に大筋合意に至った環太平洋パートナーシップ協定(TPP)は、いまだどの国でも発効には至らず宙ぶらりんの状態が続いている。
その理由として、牽引役だった米国で、協定発効が不透明になっているところが大きい。TPP発効は現在米国大統領選で有力候補と目されているヒラリー・クリントン氏もドナルド・トランプ氏も雇用創出にはつながらないとして反対の姿勢を示しており、オバマ大統領の任期までに成立するかどうかにかかっている。
一方で、このままTPPが発効されないほうが良いという専門家も多い。
TPPで私たちの生活にもっとも関係があるのは食の安全性の確保だ。TPPにより「遺伝子組み換え食品」や残留農薬、日本で認められていない添加物が使用された輸入品が国内に流通するのではないかとの懸念がもたれているが、実害はもっとわかりやすいところにもある。
缶詰にウジ虫が大量に入っていてもOK?
アメリカ食品医薬品局(FDA)の安全評価基準では、以下のような食品混入のケースも「問題ない」とされている。
・マカロニ225グラム当たりネズミの毛4.4本
・缶詰のマッシュルーム100グラム当たりウジ虫19匹
・チョコレートケーキ100グラム当たり昆虫の破片(体の一部、排泄物)59個
・レーズン283グラム当たりショウジョウバエの卵34個
・リンゴを使った加工食品にカビが11%まで
上述したのはほんの一例で、そうした非常に甘い安全基準のおかげか、なんとアメリカでは食虫の習慣がない人でも年間およそ450グラムの虫を口にしているという。この基準からすれば、2014年のペヤングにゴキブリが混入していた事件や、15年に日本マクドナルドが相次いで引き起こした異物混入事件などかわいいものだ。
もちろんTPPが発効されたからといって、アメリカの安全基準をクリアした食品がすぐに日本に入ってくるわけではない。日本政府の発表によれば、安全基準は世界貿易機関(WHO)の指針や基準を考慮すると定め、現行制度を変える必要はないので日本で認められていない農薬や食品添加物が使われた食品が新たに輸入されることはないという。
だがそれで食の安全に対する懸念が消えるわけではない。
昨年11月に発表された「環太平洋パートナーシップ協定(TPP協定)の全章概要」の「第5章.税関当局及び貿易円滑化章」によれば、税関手続きを簡素化し、可能な限り48時間以内に手続きを済ませるように記されている。しかし、15年の調査によれば、税関手続きは年々短縮されているとはいえ、それでも60時間ほどを要しており、TPPで輸入量が増えればきちんとした検査ができなくなるおそれがある。
さらに厚生労働省が公表している「平成27年度輸入食品監視指導計画監視結果(中間報告)」によれば、昨年の検疫所で検査を受けた輸入品はわずか9%にとどまり、これもTPPで輸入が増大すれば検査の割合が下がり、危険な食品が見逃されて入ってきてしまう懸念がある。
そうなれば、先ほど述べた「虫入り食品」のみならず、日本で禁止された添加物や残留農薬にまみれた食品を口にしてしまうことは、十分考えられるケースなのだ。
マクドナルドやペヤングの異物混入問題のときもそうだったが、一部の人々のなかには「日本人はちょっと何か入っていたくらいで騒ぎすぎる」「異物が入っていたなら取り除けばいい。昔はそれぐらい普通に入っていた」と言う人もいる。しかしそれは食の安全に丁寧に配慮し、消費者からの信頼を築き上げてきた日本の食品衛生管理に対する愚弄だ。
21世紀になっても、いまだ発展途上国では多くの人々が飢餓に苦しんでいる。そう考えれば、ちょっと虫が入っているくらいでメーカーが全製品を回収・廃棄する日本は馬鹿げていると思うかもしれない。だがたとえどんなに安くても、あなたならウジやゴキブリが入った食品を食べたいと思うだろうか。
結局何が何やら全容がよくわからないまま推し進められてしまったTPPだが、それが果たして本当に国益につながるのかどうか、今一度見直してもらいたい。
(文=編集部)