この手腕を買ったのが当時の大坪文雄社長(現会長)だった。自らの失策で過剰な設備を抱え、業績不振に陥っていた主力のテレビ事業の再建役として津賀氏を抜擢、11年4月に社内分社・AVCネットワークス社の社長に就任させ、さらに同年6月に経営ボードの代表取締役専務に引き立てた。ここでも津賀氏は最新鋭のテレビ用パネル工場の生産を中止するなどのリストラを実施、テレビ事業の赤字垂れ流しに一定の歯止めをかけた。
そして、7700億円と過去最悪の最終赤字を計上した、12年3月期連結決算の引責辞任をした大坪社長の後継者として、昨年6月、津賀氏はパナソニックの社長に就任した。
津賀社長は分社2社でのリストラが評価され、「本社の社長」に推された格好だ。このことから最近は「冷徹な切れ者」から「冷徹なコストカッター」に社内評が変わっている。
あるパナソニック社員は、「同じコストカッターでも中村邦夫会長(現相談役)は『懐にドスをふくんだコストカッター』。一方、津賀社長は『抜き身のダンビラを振りかざしたコストカッター』だ」と語っている。
つまり、中村会長はリストラされる社員の気持ちを慮り、リストラには手加減を加えていた。しかし、分社時代の津賀社長にはそれがなく、「情け容赦のないリストラに、社員は戦々恐々の日々だった」(前出社員)という。
ある財界関係者は「研究畑出身のせいか、リストラを理詰めに進める能力は優れている。半面、リストラされる社員の痛みを感じる想像力が欠けている気がする」と評している。
●成長の青写真はB2Bとクラウド
今年1月8〜11日、米ラスベガスで開催された世界最大の家電見本市「CES」で、初日の基調講演を飾った津賀社長が、1時間半にわたる講演で強調したのは、「B2B事業の強化」だった。
津賀社長は講演の冒頭で「米国では『パナソニックはテレビメーカー』と思われている。それは当然なこと。しかし、これからは違う。当社が目指しているのは『エコ&エンジニアリングカンパニー』。それを今日は話したい」と、同社が目指している企業向けB2B事業を説明した。
だからと言って、同社はテレビ事業から撤退するわけではない。講演中に新開発の「56型4K2K有機ELディスプレイ」を紹介、テレビの新しい使い方を示している。
講演終了後の取材に対し、津賀社長は「昔から米国ではサービスの価値が高い。例えばテレビというハードウエアは安いが、サービスであるケーブルテレビなどのコンテンツ料は高い。日本はその逆だ。ハードウエアが高く、民放のようにサービスは無料だ」と述べ、「テレビ事業の赤字脱却策は現在検討中だが、その可能性はサービスにある」と語っている。
同社がこのサービスの柱に据えようとしているのが、クラウドだといわれている。同社はすでにクラウド専門の開発チームを立ち上げ、IBMとの共同研究もスタートさせている。テレビを単にインターネットにつなぐだけではなく、視聴者の興味や関心を予測し、潜在ニーズに応えるコンテンツの開発を進めているという。
B2B強化とクラウド、これが津賀社長の描く起死回生の成長への青写真だが、その実現には首をかしげる業界関係者が多い。
その一人は「この青写真では悠長すぎる。津賀社長は、自分の持ち時間があと1年ちょっとしかないことに、気づいていないのではないか」と話す。