5月末より各地の店舗営業が再開したが、その後も多くの試行錯誤が続いている。
・3密を避ける売場づくりとは? お客様との間隔をどう保つか?
・フィッティング(試着)はお客様自身で行っていただくが、何か不足がないか?
・諸事情から売場に来ることができないお客様へ、どう対応するのが良いのか?
飲食店においてもこれは同じことだ。予約の席数に制限をもうけるとか、カウンターに透明なシートを活用するなどの工夫が見られ、良い衛生状態の維持にも細かい注意が必要だ。
こうした動きのなかで、「人同士の間隔保持とPR活動を組み合わせる」新たな試みがあると聞いて、筆者は東京・恵比寿を訪れた。トランジットジェネラルオフィスが運営する「THE PIG & THE LADY」というレストランで、6月27日までの20日間、店内でビームスの夏スタイリングのマネキンが8体設置されていた。これらのマネキンは、来店するお客間のフィジカル・ディスタンシングを保持する役割を担うとともに、店内を初夏のムードに演出するという2つの役割を持っているという(同社プレスリリースより)。
昼下がりの店内では、着席したお客とマネキンが自然に融合する姿を見ることができた。マネキンに着せられた女性モノ、男性モノの商品は、QRコードを通じて情報を確認、注文することもできる。筆者が在店していた間にスキャンする人は見られなかったが、随所に置かれたオレンジカラーの案内印刷物(商品説明、問い合わせ方法)などから、「そういえばビームスねぇ」と見る人の記憶に印象づけるには、十分な効果があると感じた。
従来から、飲食店、特にテーマレストランや趣味の良いマスターが経営するバーなどでは、店内にマネキンやボディが置かれることがあった。ただし、これはなんらかの役割を持つというよりも雰囲気づくりが目的で、ある意味で静的である。置いた当事者が、何をいつ置いたのかを忘れている場合もあっただろう。
だが、今回の試みはそれと比較してどうだろうか。他の飲食店の例にならってテーブルを間引けば一定の間隔を確保できる。しかし、マネキンを座らせることで従来のレイアウトを保ちつつ、今の気分を表すスタイルを紹介できる。これは動的ともいえ、話題提供に結びついてくるだろう。
アパレルのニューノーマル
これを企画した2社だからこそ、この取り組みは実現したのかもしれない。「この時代にふさわしい企てとは?」という熱い議論の成果だと思われるが、例えばマネキン8体×3週間=24スタイルで、見る人の反応も加えながら、新たな交流方法を開発し次に活かすことになるだろうし、従来からあるものを活用して多くの経費を必要としない点でも、他でも応用するケースが出るかもしれない。
「新規のお客が来てくれない」「さまざまな効率指標を維持できない」といった課題は、コロナ禍で初めて出た話ではない。たとえば、リアル店舗で1坪当たりの商品在庫点数をただ増やしお客様の選択余地を広げ、売上を上げるというストーリーは飽きられているし、お客の感覚からもズレている。
・店舗の在庫点数を絞り、今の気分を表すスタイリングを再構築する。
・店内以外にも服を着たマネキンを置き、意外な場所でのお客様との接点を増やす。
こうした取り組みも“アパレルがあばれる”ためのニューノーマルの一つになるだろう。そんな予感を感じさせる今回の取り組みだ。
最後にこちら「THE PIG & THE LADY」の「チキンフォー」を紹介したい。辛めにして汗を掻きながら食べると、隣のマネキンたちが保ってくれる間隔を心地よく感じられる。彼らに感謝!
(文=黒川智生/VMIパートナーズ合同会社代表社員)