スタバ、なぜ「お茶メイン」の店をオープン?まるで目黒・ロースタリーの“スピンオフ”展開
「現象の裏にある本質を描く」をモットーに、「企業経営」「ビジネス現場とヒト」をテーマにした企画や著作も多数あるジャーナリスト・経営コンサルタントの高井尚之氏が、経営側だけでなく、商品の製作現場レベルの視点を織り交ぜて人気商品の裏側を解説する。
7月1日、スターバックスが東京・六本木に新しいスタイルの店をオープンさせた。正式店舗名は「スターバックス コーヒー 六本木ヒルズ メトロハット/ハリウッドプラザ店」という。本稿では通称の「ティバーナ」(TEAVANA)で記すことにする。
この店は、紅茶をはじめ、さまざまな茶系ドリンクを前面に打ち出す。コーヒーも飲めるが、メインはティーなのだ。同社の表現を借りれば「色鮮やかで香り豊かな“ティー”を多彩なビバレッジで展開」となる。来店客層として、近隣で働く女性も意識した。
なぜスタバが、こうした店を開いたのか。
いろんな意見もあるだろうが、筆者は「紅茶のおいしい喫茶店」の温故知新だと受けとめた。後述するが、昔は多かった業態の進化型に思えたからだ。今回は将来性にも期待して紹介し、日本の喫茶文化や消費者心理の視点からも考察してみた。
「スタバで飲みたくなる茶系ドリンクをめざした」
ティバーナという名称は、昨年2月に東京都目黒区に開業した「スターバックス リザーブ ロースタリー 東京」(以下、ロースタリー)により、少し認知度も高まった。
広大なロースタリーの2階は、茶系飲料を前面に打ち出したティバーナブランドで展開する。一般的なスタバの店では飲めない個性的なドリンクも多い。
六本木のティバーナでは、新たに開発したティー商品が並ぶ。たとえば「ゆず&シトラス ラベンダー セージ ティー」(ホット/アイス)は、特徴的なティーにシトラス果肉とルビーグレープフルーツジュレを合わせ、ゆず果汁ではなくゆず果皮を用いたという。
「お茶(茶系飲料)は自宅でも飲めますが、わざわざ来店されて、スターバックスで飲みたくなる場合、どんなメニューがふさわしいのかを考えながら開発しました」
こう説明するのは、コーヒー&ビバレッジ部ビバレッジ商品開発チームチームマネージャーの中島史絵氏だ。埼玉県さいたま市などの店舗勤務を経て、2006年からビバレッジ(飲料)開発を担当。十数年にわたり、多くの新商品を企画開発してきた。
今回は、人気のフラペチーノ系も取り揃えた。「洋系」「和系」で区分すると、洋系では「ストロベリー & パッション ティー」や「トロピカル マンゴー パッションフルーツ&ティー」(期間限定品)があり、和系では「和三盆 抹茶 フラペチーノ」「和三盆 ほうじ茶 フラペチーノ」などもある。紹介した商品の価格は、540円から680円(税抜き、以下同)だ。
「ロースタリーの取り組み」を横展開
このところ、日本法人のスターバックス コーヒー ジャパンは、さまざまな業態の店を積極展開している。6月27日には、手話が共通言語となる「スターバックス コーヒー nonowa国立店」(東京都国立市)もオープン。この店は、聴覚に障がいのある従業員を中心に運営。主なコミュニケーション手段として手話を採用した。
これに対してティバーナは、前述のロースタリー2階で提供しているティーメニューからヒントを得た。似た商品もあれば、発展型もある。
たとえば「クラシックティー ラテ(ホット/アイス)」(490円)の商品説明では、「ロースタリー東京と同じ厳選したブラックティーをミルク、ブラウンシュガーと合わせたティー ラテです」となっている。
ロースタリーで培ったノウハウを別の場所で展開しようとしているのだ。まるで映画やドラマの登場人物が、他の映画・ドラマで活躍する“スピンオフ”のように思える。
実は、スタバの新業態のなかには、「ロースタリーの横展開」が透けて見えるものも目立つ。ロースタリーについて同社関係者は、「あそこまで規模の大きい特別な店をつくったので」という言い方もする。これには、さまざまな意味がある。
国内店舗数が1550店を超え、従業員数も約4万人となった現在、「今日のメシ」(既存事業)だけでなく、「明日のメシ」(新規事業)の種もまいておきたい。
一方で「企業の社会的責任」として、カフェ業界で圧倒的首位の同社に期待される役割もある。前述の国立の店は、こちらの意味合いが強い。
「紅茶のおいしい喫茶店」が減った理由
ここからは、日本の喫茶文化史や消費者心理の視点で考えたい。
喫茶店が男性客中心だった昭和時代、多くの女性客は紅茶を好んだ。「紅茶のおいしい喫茶店」というフレーズで始まる歌も流行った(柏原芳恵『ハロー・グッバイ』)。ちなみにこの曲がヒットした1981年は、喫茶店(カフェも含む)の国内店舗数が15万4630店(総務省統計局「事業所統計調査報告書」を基にした全日本コーヒー協会発表データ)と、調査史上もっとも多かった年だ。それが現在は7万店を割り、ティーサロンも減った。
2018年に「ティーサロンが減った理由」を、元ドトールコーヒー常務でフードビジネスコンサルタントの永嶋万寿彦氏に聞いたところ、同氏はこう解説した。
「もともと紅茶を好むのは女性でしたが、コーヒー好きの人も増えました。紅茶がおいしい店は、気の利いたスイーツやサンドイッチなど、サイドメニューの上品さ、上質な雰囲気が求められたのです。だから百貨店と相性が良く、百貨店内にはティーサロンがあります。しかし、最大手のティーサロンチェーンでも、売り上げの過半はコーヒーです。働く女性が一般的となり、忙しく、平日の昼間に紅茶でゆったりという生活習慣も減りました」
納得できる説明だったが、一方で最近はこんな話も耳にする。
「私の周囲では、コーヒーよりも紅茶派が多いです」(20代の女性編集者)
「20代の若者はコーヒー、特にブラックコーヒーを好まない人が増えました」(40代の男性・カフェ業界関係者)
コンビニコーヒーがブームとなって以来、コーヒー系飲料に注目が集まっていたが、「コーヒーを飲まない層」もいる。この客層とどう向き合うかだろう。
「上質感」よりも「カジュアルさ」
こうした視点で考えると、スターバックスがティバーナブランドを推し進める取り組みは、より興味深い。
男性客中心の「昭和時代の喫茶店」を変えた立役者は、間違いなくスタバで、「平成時代のカフェ」は主に女性客が牽引した。その結果、さまざまなドリンクメニューも開発されて、お客の選ぶ楽しみは増えた。
一方で、新型コロナウイルス感染拡大防止の影響により外出自粛ムードが続く。「令和時代のカフェ」は「いま消費者が何を考え、どう行動するか」をより深く意識する必要がある。
会社員でも通勤しない生活が目立つなか、カフェに行くのは“脱日常”の意味合いも出てきた。そして「より格好つけなくなる」と思う。以前より目立つカジュアル化の傾向が、リモート生活でより高まっているからだ。
さすがに地元にいる時と、都心に行く場合とでは異なるが、多くの人は、それなりの格好でいるほうがラクなことに(改めて)気づいた。実際に東京都心で観察しても、気合いの入った服装の人は少ない。
この消費者意識も踏まえ、カフェのティーサロンも「上質感」よりも一定の「カジュアルさ」が求められる。
withコロナでは「温故知新」も大切
実は、スターバックスの米国本社や日本法人も、もともと「紅茶」と縁が深い。
1971年、スターバックスが米シアトルで開業した際に掲げていたブランド名は「Starbucks Coffee Tea and Spices」で、コーヒーに並ぶ主力メニューとして、さまざまなティーメニューも揃えていた。
1996年に東京・銀座で1号店を開業した日本法人は、当時、サザビー(現ササビーリーグ)と関係が深かった。紅茶や茶系ドリンクで有名なチェーン店「アフタヌーンティー」もサザビーリーグが運営する。スタバ日本法人の初代社長とサザビーの創業者は兄弟だ。
また、日本のスターバックスがここまで躍進したのは、抹茶やほうじ茶といった日本になじみ深い茶系を用いたドリンクが、女性客中心に支持を得たのも大きい。
withコロナ時代には、こうした魅力の再発掘も大切だ。その場合の目線は「温故知新」だろう。昔流行したモノやコトを持ってくるのではなく、何を受け継ぎ、何を変えていくか――。
ティバーナの今後も、この視点から見つめていきたい。
(文=高井尚之/経済ジャーナリスト・経営コンサルタント)