鉄鋼関係のジャーナリストは、「発表の前触れで『世界最高水準の競争力実現』云々をぶちかまして、前評判通り『打倒ポスコ計画』の期待を抱かせ、高炉やライン休止の説明で『コスト競争力確保』と構え、さあ、グローバル戦略で押し出しかとかたずをのんで見つめていると『具体的に中計で決めてあるものはない』と肩透しを食わされた格好」だと語る。
実際、新日鐵住金の前身である旧新日本製鐵と旧住友金属工業が合併を表明した11年2月の発表資料では、合併の狙いに「グローバル戦略の加速」をうたい、合併目標の1番目にも「グローバル戦略の推進・加速化」を掲げていた。
ところが、今回の中計では「グローバル戦略の推進」が重点5施策の4番目に後退している。しかも、具体策は示していない。
●ポスコ育ての親は新日鐵住金?
そもそも「新日鐵住金のライバル」といわれるポスコは、日本の鉄鋼業界が育てたようなものだ。
ポスコは、韓国政府が国営の「浦項総合製鉄所」として1968年に設立を計画し、韓国政府が計画案を示して資金を募ると、経済性がないと世界銀行をはじめ欧米諸国に借款を断られ、設立計画はいったん頓挫した。
だが73年、日韓基本条約に基づく日本政府の無償資金提供と、当時の新日鐵、住金、日本鋼管3社の技術供与により浦項総合製鉄所建設が実現した。そして、83年まで3社による技術支援が続いた。この間、釜石、名古屋など3社の製鉄所に韓国から300名以上の技術者を受け入れ、日本の鉄鋼技術を教え込んだ。
そうして浦項総合製鉄所は成長し、00年に民営化され、02年に現社名に変更している。
また、98年から新日鉄はポスコとの資本提携を進め、相互に株式を持ち合うなどの提携関係を深めてきた。新日鐵住金はこの関係を引き継いでいるので、両者は今も資本提携関係にある。
だがその一方で、ポスコは自動車用鋼板などの分野で日本メーカーの顧客を奪い、新日鐵住金にとっては強力なライバルになっている。
それも安値競争のライバルとしてではない。高い技術力を要するハイテン(超高張力鋼板)や特殊鋼の分野でも、ポスコに価格と品質の両面から激しく追い上げられているのだ。
例えば、ベアリング大手の調達担当役員は「軸受け鋼は従来日本製を調達していた。だが、今はタイ工場ではポスコからの調達を増やしている。日本製より安いし、品質のばらつきも許容範囲内に収まるようになってきたから」と話している。
ポスコはさらに、年内にインドネシアで高炉を稼働させるが、原料からの一貫生産でコストを下げ、現地で圧倒的シェアを持つ日本車メーカーに鋼板を供給する狙いがあるといわれている。
同社はすでに日産自動車が10年からタイで生産している小型車「マーチ」に鋼板を供給。トヨタ自動車の主要部品メーカーで構成する「協豊会」にも加入している。
こうして、ポスコは着々と提携関係にある新日鐵住金の足元を脅かしているのに、今回の中計でそのことに何も触れていないわけだから、「本当にポスコと戦う気があるのか」と疑われるのも当然だろう。
●ポスコと戦えない財務体質
これについて、鉄鋼業界関係者は「中身がないのではなく、打倒ポスコ戦略を描けない事情がある。それは財務体質の脆弱さだ」と、次のように説明する。
同社の有利子負債は2兆6000億円に膨れ上がり、財務の健全性を示すDEレシオ(負債資本倍率:自己資本で負債をどれだけカバーしているかの指標)は1.2倍の負債超過。売上高経常利益率もわずか1.4%。このため、同社の格付けを投機的水準近くまで格下げしている格付け会社もある。
したがって、銀行借り入れを増やすのが難しく、市場の信用力を考えると社債発行などによる資金調達も成功はおぼつかない。結局、グローバル戦略云々の前に財務体質を改善しなければ、ポスコと戦えない状態にあるのだ。
同関係者は「高炉やラインの休止は『コスト競争力実現』などという勇ましいものではなく、目先の財務体質改善が目的だ」と、中計の内情を見ている。
同社が中計で示した財務体質改善策は、3年間で資産圧縮3000億円、DEレシオ1倍をクリアして0.8倍を目指すというもの。これを見ると、本格的なグローバル戦略はそれ以降と考えるのが常識。つまり、早くても16年度以降になる。
果たして、そんなに悠長に構えていてよいのだろうか。ポスコに加え、15年前半には中国、台湾、インドネシア、ベトナムで新型高炉が次々と操業開始の予定だ。海外の鉄鋼大手による新興国市場争奪競争が、ますます過熱している。