サウジアラビアのサルマン国王は12月15日、2021年予算を発表した。歳出規模は、今年の実績見込みに比べて7%少ない緊縮予算(9900億リアル<約2700億ドル>)である。歳入は今年に比べて1割増の8490億リアルとしているが、新型コロナウイルスのパンデミック前の2019年に比べると1割少ない。このため、今年も1410億リアル(GDP比4.9%)の赤字予算となり、この状況は2023年まで続くとされている。
サウジアラビア財務省が「新型コロナウイルスのパンデミックにより、今後の原油相場を予測することが一段と困難になっている」と述べたように、サウジアラビア財政の鍵を握るのは原油価格の動向である。
国際通貨基金(IMF)によれば、サウジアラビアの財政収支が均衡する原油価格は1バレル=約68ドル(北海ブレント価格)である。足元の原油価格は、新型コロナワクチンへの期待感から、50ドル前後と今年3月以来の高値となっているが、赤字財政を改善するためにはさらなる原油高が不可欠である。
難航する減産調整
OPEC(石油輸出国機構)とロシアなどの大産油国からなる「OPECプラス」は、今年5月から日量990万バレルという史上最大規模の協調減産を行い、急落した原油価格を回復させた。現在、日量770万バレルの協調減産を実施しているOPECプラスは12月3日、「来年1月から減産規模を同720万バレルに縮小する」ことで合意した。
当初の予定では「来年1月からの減産規模は日量580万バレル」となる予定だったが、足元の原油需要が引き続き軟調であることから、サウジアラビアは「減産規模を同770万バレルに据え置く」ことを主張していた。しかし、「欧米で新型コロナワクチンの接種が始まる」との報道を受けて原油価格が急上昇したことから、ロシアなどがサウジアラビアの方針に反対した。このため、12月1日のOPECプラスの会合では結論を得ることができず、同3日になってようやく合意が成立するという難産だった。
今回のOPECプラスの決定は来年1月の減産規模のみであり、来年2月以降の減産規模は未定である。「1カ月当たりの縮小量を日量50万バレル以下にする」とのルールを設定したのみであり、実際の減産規模は月ごとに決定することになる。OPECプラスは12月17日に合同閣僚監視委員会(JMMC)を開催する予定だったが、OPEC事務局は12月14日になって「1月4日に延期となった」と発表した。理由は明らかになっていないが、2月以降の減産幅の縮小についての調整が難航しているのではないだろうか。
足元の動きとは対照的に、来年の原油需要は芳しくない。国際エネルギー機関(IEA)の予測は日量9691万バレル、OPECの予測は同9589万バレルであり、いずれもコロナ前の2019年の水準に回復しないと見込んでいる。新型コロナのパンデミック収束についてのメドが立たないことから、「来年の原油価格も1バレル=50ドル割れで推移する」との予測が出ている(12月1日付ロイター)。
サウジアラビアの次期国王とされるムハンマド皇太子は、2016年から脱石油改革を進めようとしているが、実質的に破綻したといっても過言ではない状況となっている。財政危機に苦しむサウジ政府にとっての頼みの綱は、国営石油会社サウジアラムコからの巨額の配当である。2019年に国内株式市場に上場した同社は、原油価格急落の影響で収益が極度に悪化しているが、政府は「上場後5年間、毎年750億ドルの配当を行う」という上場時の条件を変更していない。
このため、サウジアラムコは、国際金融市場での社債発行や資産売却を余儀なくされており、「同社の企業体力が毀損する」との声が上がっている。それでも「お金が足りない」ということで、サウジ政府は今年7月には消費税に当たる付加価値税を一挙に3倍の15%に引き上げ、その後も公務員手当の凍結などの追加措置を検討している。失業率も20年ぶりに15%を超えている状況を鑑み、格付け大手フィッチは「支出を大幅に削り、納税者の負担を増やす緊縮策は、2021年にサウジ国内に社会的、政治的な反動を生む」と警告を発している。
バイデン政権の誕生
来年1月に米国でバイデン政権が誕生することも、サウジアラビアにとって頭が痛い問題である。国務長官に指名されたブリンケン氏は、早速イラン政府に対し「核合意復活に向けた外交交渉に戻る」よう呼びかけている。バイデン氏自身もイランのザリーフ外相(核合意の交渉責任者)と太いパイプがある。
一方、バイデン氏のサウジアラビアに対する目線は厳しい。米国はオバマ政権以来、サウジアラビアのイエメンへの軍事介入に対する全面的な軍事支援を行ってきたが、バイデン氏は、悲惨な状況に陥っているイエメンの内戦を終わらせることに全力を挙げることになるだろう。バイデン政権の誕生に焦るサウジアラビアは11月中旬以降、イエメンでの空爆を繰り返してきたが、その反動でイエメンのシーア派反政府武装組織(フーシ派)の報復攻撃が激化している。
サウジアラビア西部ジッダ港では、11月23日にサウジアラムコの石油施設が新型巡航ミサイル攻撃を受け、12月14日には停泊中の石油タンカー(シンガポール船籍)が爆発物を積んだボートに攻撃されている。「核開発で中心的な役割を果たしたとされるファクリザデ氏の暗殺に対するイラン側の報復の一環である」との憶測があるが、サウジアラビアをめぐる安全保障環境が悪化していることは間違いない。
バイデン氏は、2018年のジャーナリスト・カショギ氏暗殺事件についても、サウジ側の対応に非常に懐疑的である。「内憂外患」の状況下で、ムハンマド皇太子が米国の「後ろ盾」を失うことになれば、サウジアラビアで「第2のアラブの春」が勃発してしまうのではないだろうか。
(文=藤和彦/経済産業研究所上席研究員)