トヨタ社長、マスコミを「秘密警察」呼ばわり…筋違いな批判を一方的に展開、世論を誘導
「この国は悪口を言う、秘密警察のごとく、あの人こんなことしてたよという報道ばかりになってしまうと非常に危惧しております」――
トヨタ自動車の豊田章男社長がまたまたご乱心ぶりを披露した。東証一部上場企業社長にして、日本を代表する自動車業界ナンバーワン企業のトップがメディアを「秘密警察」呼ばわりするのは前代未聞だろう。
冒頭の発言は17日午後に報道関係者向けに開かれたオンライン懇談会でのこと。この懇談会は日本自動車工業会会長としての立場から、政府が最近発表した2050年までに温室効果ガスを実質ゼロにする「カーボンニュートラル」についての自工会の方針を示すことが目的だった。それが「電動化=電気自動車(EV)化という浅い認識をマスコミと政治家が広げている」というアキオ劇場が急に展開され、参加者したメディア関係者は戸惑ったという。全国メディア記者の弁。
「今回は自工会会長として発言するのかと思いきや、いつもの自説を一方的に話し始めたので驚きました。確かにトヨタをはじめ日本の自動車業界はEVだけでなく、ハイブリッド車、プラグインハイブリッド車、燃料自動車といった電動化にカウントされる車種がフルメニュー揃っている唯一の国で、EV化を単純に進めるのは雇用の喪失などにつながるのは理解できます。
ただ、新聞や各メディアの論調はむしろ『EV以外もカウントに含めないと目標達成は厳しい』というものがほとんど。豊田氏のメディア嫌いは有名ですが、きちんと理解せずに批判するのはさすがに違うだろうと思いました」
筆者は11月8日の記事、11月28日の記事で、豊田氏のメディア嫌いが異常な域に達していることを報じた。前回の2つの記事とは違い、今回は自工会会長という業界の代表としてオンレコで取材に応じた上での出来事。にもかかわらず、自らの偏見に基づいた主張を遠慮なく述べるのは「トヨタこそが業界の盟主だ」と開き直った上での蛮行だといわざるを得ない。
コロナ禍でのデマと報道を同レベル扱い
公平を期すため、冒頭の豊田氏の発言の前後の部分をご紹介しよう。
「あたかも自分たちがニュースをつくっていくんだということで、マスコミ各社が対立軸をベースにものを書かれると、やはりこうなってしまうと思われます。どれだけ明日の朝刊で批判していただいても結構ですけど、要は一生懸命、雇用も増やし、税金も納め、もっと良くしようという従業員などステークホルダーがいます。そういう人を応援できるような報道、形がないとこの国は悪口をいう、秘密警察のごとく、あの人こんなことしてたよという報道ばかりになってしまうと非常に危惧しております。
何も我々にそうした記事をかいてくれとお願いはしておりません。変な誘導は本当に罪のない多くのサイレントマジョリティーの人がまどわされます。コロナの時もそうです。今、何を信じていいかわからないのが国民じゃないでしょうか。ぜひともよろしくお願いしたい」
豊田氏のいつも通りのマスコミ批判だが、今回の「秘密警察」発言は当サイトなど、記者クラブメディア以外に豊田氏に不利なリークが相次いでいることを受けてのものだろう。自分が大企業のトップとして非常識な態度をとっておきながら、被害者意識の強さに呆れるばかりだが、気にしてはいるようで正直安心した。
この発言ではコロナ禍でのデマと報道が一緒くたにされており、さも読者や視聴者をミスリードしているかのような認識に基づいている。確かに、一部のテレビ番組のように本当に唾棄すべきデマを垂れ流しているものは存在する。ただ一方で、SNS上で拡散する怪情報に惑わされないためのキチンとした情報を新聞やテレビが提示してきたことも事実だろう。それに、命に関わるコロナと電動化は議論の質がまったく違う。世論を⾃分の思う⽅向に誘導しようとしているのは、ほかでもない豊⽥⽒のほうだろう。
「トヨタの敵はトヨタ」で社内も当惑
最近、豊田氏の敵意の方向がメディアだけでなく、社内の現状維持派に向いてきたことも関係者の間では注目を集めている。「フォーブス ジャパン」で11月14日に連載が始まった「深層・豊田章男」がそれだ。例のごとく豊田氏へのヨイショが続くが、筋としては業績が好調で国内では一強状態となったトヨタの社内で保守化が進む中で、豊田氏が経営者として新たなステージに入ったというものだ。「トヨタの敵はトヨタ」とぶち上げ、現状維持派を正面から批判している。
豊田氏の経営者としての危機感には賛同できるものの、会社員は基本的にある程度以上に待遇がよくなれば働きたくないというものだ。トヨタが近未来に倒産することは考えにくいし、給料もステータスもいいとなれば、ホワイトカラーの管理職などを中心に新たな事業を仕掛けるモチベーションが落ちるのは致し方ない。実際、筆者にもトヨタ関係者から「そこまで敵視されると働きにくい」「トヨタの規模の大企業になれば官僚主義にならざるを得ない」などと当惑の声も寄せられている。
そこで発破をかけるのが創業家一族の豊田氏というわけなのだろうが、リーダーシップと独りよがりは違うと言っておかねばなるまい。記事中に「若手の退職が目立っている。トヨタでは、いいたいことがいえず、自らの成長を実感できないなどといって辞めていく。これは、経営陣の間で、いま、もっとも危機感をもって受け止められている現象だ」との記述があるが、外部の言論すらこれほどまでに統制しようとする経営トップの下では「トヨタ共和国」の一員になれない人間がとどまることはできないのだろう。
トヨタは16日に販売好調な新車の「ヤリス」「ヤリスクロス」の計4万5373台のリコールを国土交通省に届け出た。リコール自体はクルマ業界では珍しくないこととはいえ、力を入れている車種でのイメージダウンは避けられない。これも内向きの姿勢が⽣んだタルミだと言えないだろうか。
「トヨタイズム」ならぬ「アキオイズム」という名の宗教がいつしかトヨタ⾃動⾞をむしばみ、⼤きな不祥事につながらないことを祈るしかない。
(文=松岡久蔵/ジャーナリスト)