食材から日用品まで、ありとあらゆる生活必需品が揃うスーパーマーケットの営業時間は、人々の生活の変化と共に工夫されてきた。
たとえば2000年代前半には、ライフスタイルの多様化に合わせた営業時間の延長や、24時間営業への切り替えを試みる大型スーパーが多数現れていた。しかし、近年は24時間営業や深夜営業をやめる外食チェーンや小売チェーンが増えたのと同じように、スーパーマーケットも営業時間は短縮傾向にある。おそらくコンビニエンスストアやドラッグストアの急成長によるニーズの縮小や、シニア層に集客の的を絞った運営方針などによるものだろう。
だがそんななか、東京都世田谷区にある「東急ストア 三軒茶屋とうきゅう」では、以前は10時~23時の営業時間だったのだが、2017年5月から7時~25時(深夜1時)までと営業時間が大幅に延長されているのだ。閉店時間だけを見ても、23時から25時へと2時間も延長となる営業時間変更がされており、時代に逆行しているように見受けられる。
東急田園都市線・三軒茶屋駅は渋谷駅から2駅の好アクセスながら、趣のある商店街が残っている街。世田谷区の人気エリアではあるが、一人暮らしの若者も多く、家賃相場や物価もそこまで高くないのが魅力だ。
そんな三軒茶屋にある東急ストアの深夜帯時間延長には、どのような狙いがあるのだろうか。
深夜帯の客数はまちまち、安定収益確保はできていない
実際に延長された深夜帯の三軒茶屋とうきゅうへと何度か足を運んでみたが、集客は日によってまちまち。
深夜のため12台あるレジのうち稼働しているのは2台のみだったが、店内に20~30人の客がおり、その2つのレジに5、6人が並んでいる日も。一方で店内はガラガラで店員が暇を持て余している様子の日もあった。これだけでは深夜帯の営業時間延長の経営的成否は判断しかねるが、少なくとも確実に儲かっているとはいいがたい状況だ。
営業時間延長に踏み切った理由を東急ストア広報部に尋ねたが、
「地域に応じた処置をしているだけで、今後も営業時間が改定される可能性のある店舗はあります」
とのことで、残念ながら具体的な方針を聞くことはできなかった。しかし、広報担当者が口にした“地域に応じた対応”というのは、筆者が見た深夜帯の店内の光景を思い返すと、腑に落ちない点もある。
IT企業などが近年導入している「近隣住宅手当」が鍵
そこで、流通ジャーナリスト・渡辺広明氏に見解を伺った。
「若者の人口減少や夜勤雇用の人手不足が理由で、深夜営業を実施する店舗が減っていくことは間違いないでしょう。
17年現在のコンビニの店舗数は約5万8000店ですが、30年前の1987年はまだ約7000店ほどしかなく、30年前と比べると8倍もの店舗数にのぼります。ですから深夜に買い物をする需要の飽和も否めません。そんな状況下で東急ストアが営業時間延長を決断したのは、三軒茶屋という立地が大きく関係しているものと思われます。
渋谷界隈にオフィスを構えるIT系企業は多いのですが、フレックスタイム制の導入などが理由となり、終業時間が一律ではなくなっています。そういったなかで、終電終了後のタクシー代を負担する会社は多かったものの、以前は住宅に関する福利厚生がある企業は少なかったんです。ですが近年、『近隣住宅手当』といった制度を導入する企業が増えているんです」(渡辺氏)
一定の条件を満たしている雇用者に対して給付されるという「近隣住宅手当」、もちろん企業によっても内容は異なるが、その条件こそが今回の肝になると渡辺氏は続ける。
「近隣住宅手当の一例として、『勤務しているオフィス最寄り駅から各線2駅圏内で、勤続年数が正社員として5年未満ならば月3万円、5年以上であれば月5万円の家賃補助を支給』といった基準が設けられています。となると、昔からモデルやバンドマンが多いとされてきた三軒茶屋は、企業で働く若者にとって居心地がいい街でもあり、渋谷にオフィスのある企業の住宅手当圏内にもなっているんです」(同)
惣菜や弁当は仕事帰りのビジネスパーソンを意識
また、7月某日に筆者が三軒茶屋とうきゅうに訪れたのは閉店30分前の24時30分頃だったのだが、惣菜コーナーに陳列されていた品はほぼ完売状態であった。その理由についても渡辺氏は次のように推察する。
「惣菜やお弁当といった中食(調理済の料理を購入して自宅などで食べること)の商品は賞味期限問題があるため、廃棄を出してしまうとお店の収益に悪影響。そのため閉店2~3時間前には大半を売り切る必要があるのですが、以前の営業時間である23時に閉店するということは、21時頃までには売り切らなければいけなかった。
ということは、仕事帰りのビジネスパーソンが夕食の買い物に行く頃には、中食需要が見込める弁当や総菜が売り切れていることが予想されますので、一定の顧客層を取り逃がしていたのではないでしょうか」(同)
営業時間が延長された分、弁当や惣菜の売れ行きも見込めるというわけだ。
都心と地方のサービス格差は、この先一層拡大?
最後に渡辺氏は、今回の同店舗の方針について次のような考察を展開した。
「三軒茶屋にある東急ストア付近には24時間営業の西友もありますが、客層には大きな違いがありました。基本的に西友は低価格をウリにしており、東急ストアは西友よりも扱っている商品の品質を高めている分、値段も高めています。
ですから、東急ストアのような“プチ贅沢”な商品が並ぶスーパーには、可処分所得が多い独身と見られるビジネスパーソンが多く、その反対に、比較的安価な価格設定の西友には、節制を意識していると思われる可処分所得の低い学生などの若者や年金暮らしのシニア層などが多数見られました。
けれど東急ストア側からすると、営業時間延長するまでの深夜帯は、シニア層などをメインにしているはずの西友に、自分たちの本来のターゲットである独身者のビジネスパーソンも取り込まれていたわけです。ですから、こうした層の需要に応えるという意味で、三軒茶屋という土地柄と個々人のライフスタイルに注目し、営業時間を延長したのではないでしょうか」(同)
郊外などでは営業時間短縮の傾向にあるとしても、都心は営業時間の延長といった施策も講じられるのだろう。今回の三軒茶屋とうきゅうはあくまで一例であるし、この店舗の深夜帯時間延長がビジネス的に成功しているのかの判断は一概にできないが、人口集積エリアと郊外エリアや過疎エリアなどのサービスの差は、今後も拡大していくのかもしれない。
(文=A4studio)