リップルウッドの日本進出の水先案内人を務めたのが三菱商事だった。三菱商事はリップルウッド本体に出資している。98年、日本長期信用銀行が経営破綻し、一時国有化された。その後、リップルウッドは長銀を買収した。これが、現在の新生銀行だ。長銀を二束三文で買い叩いたリップルウッドは「ハゲタカファンド」の代名詞となる。
杉本氏は2000年、リップルウッドに移籍し、ここからファンド人生が始まる。06年、ベインの日本法人立ち上げに参画し、代表に就任した。
投資ファンドは栄枯盛衰が激しい。リップルウッド、サーベラス、スティール・パートナーズなどの外資系事業再生ファンドやアクティビストファンド(物言う株主)は事実上、日本から撤退し、日本株投資を大幅に縮小した。
そんななか、比較的おとなしかったベインの存在感が高まってきた。09年にコールセンター大手のベルシステム24、10年に宅配ピザ店のドミノ・ピザ、12年に国内テレビ通販最大手のジュピターショップチャンネルを買収した。
ベインの名を高めたのは、ファミリーレストラン最大手・すかいらーくの買収だった。すかいらーくは06年、創業家の横川竟会長(当時)と野村證券系の投資ファンドなどがMBO(経営陣が参加する買収)を実施して、株式を非公開にした。しかし、再建は難航し、11年にベインが買収した。
ベインは投資先の企業の経営陣と二人三脚で経営改革を進めるスタイルを取るのが特徴だ。一般的なハゲタカファンドは、不良資産を切り捨てて転売するのがセオリー。ところがベインは企業を再生させて売却する。ベインの日本法人のスタッフは、8割が事業会社やコンサルティング企業の出身で、投資銀行の出身者は2割程度しかいない。ほかの外資系ファンドが投資銀行出身者で占められているのとは大きく違う。
杉本氏の持論は、「日本企業は不良資産の処理など大鉈を振るうより、細かくきっちりサポートするほうがうまくいく」というものだ。
すかいらーくは14年、東証1部に再上場を果たした。すかいらーくの再生はベインの大金星となり、杉本氏は“再建屋”として名を高めた。
14年、全国で温泉旅館や温浴施設を運営する大江戸温泉ホールディングスを買収。15年、東証2部上場する雪国まいたけにTOBを実施し、上場を廃止して傘下に収めた。そして今年7月、コメ卸最大手の神明(非上場、神戸市)が雪国まいたけを買収すると発表した。
さらに10月、ベインは大花火を打ち上げた。ADKと東芝メモリの買収2連発だ。ベインはこれまで、主に外食や消費者向けのサービス分野の企業再生で評価を高めてきた。
東芝メモリは半導体を生産する最先端の製造業だ。ベイン日本法人と杉本氏に製造業を再生させた経験はない。果たして東芝メモリを再生できるのか。
一方、もうひとつの案件、ADKの買収も難航している。ADK株の24.74%を保有する筆頭株主の世界最大の広告会社、英WPPグループはベインのTOBに反対している。第2位の大株主も同様の見解だ。
ADKと東芝メモリの大型買収。「二兎を追う者は一兎をも得ず」とならないことを願う。
(文=編集部)