希望の党が掲げる「企業内部留保への課税」は、理論的にあり得ない…会計を知らなすぎる
ただし、これとて必ずしも正しい企業行動とはならない。配当に関していえば、米シリコンバレーでは配当はしないのがむしろ普通だ。マイクロソフトは創業以来しばらくの間、配当しなかったし、アップルも、少なくともスティーブ・ジョブズが健在だった頃は、配当に対しては非常に消極的だった。配当する代わりにそれをすべて翌年度以降の事業に再投資して企業を成長させたほうが、株価も上がって投資家にも歓迎されるからだ。
自社株買いは資金の払い戻し行為だ。短期的には株主に喜ばれるかもしれないが、企業をシュリンクさせるので長期的には株主にとっても望ましくない。
二重課税の問題
内部留保に対して課税すべきだという人もあとを絶たないが、これは理論的に許されない。内部留保に課税すると二重課税になるからだ。
内部留保は、法人税等が課税された後の税引後利益を留保したものだ。これに課税すると、すでに課税されたものにさらに課税することになる。これが二重課税だ。二重課税を認めると、同一の課税対象に対して際限なく課税することが可能になってしまう。それでは担税者の利益が著しく害されるので、二重課税は租税理論的にご法度なのだ。
それでも内部留保に課税したらどうなるだろうか。企業は配当や自社株買いを増やすという行動に出るだろう。そうなると、企業は長期的な事業資金を失うことになるので、近視眼的な経営しかできなくなる。そうなったら、長期的視点に立って経営をする日本企業の良さが失われてしまうだろう。
内部留保課税の発想も、根本的には「利益のため込み=お金のため込み」という誤解に基づいている。そもそも、貸借対照表の右側は資金の源泉に関する“過去情報”だ。それを何に使っているかという“現在情報”は貸借対照表の左側である。ここに計上されている設備等が調達した資金の現在の姿なのである。
問題の核心は内部留保することにあるのではなく、内部留保の使い道にある。内部留保した資金が成長投資に使われるのではなく、安全性確保のための手元資金としてため込まれていたら、それは問題だ。それを防ぐためには、過剰な手元資金に課税するという方法が考えられるが、これも二重課税となってしまうのでやるべきではない。あとは、内部留保した資金を成長投資に振り向けやすくするために、設備投資に対してさらなる減税措置を講じることのほうがはるかに有益だろう。
いずれにしても、目を向けるべきは貸借対照表の右側ではなく左側である。少なくとも政治家の方々には、この一文がすっと理解できる程度には会計を勉強してほしいものだ。
(文=金子智朗/公認会計士、ブライトワイズコンサルティング代表)