トヨタ自動車が、2021年9月までにニューモデルラッシュを予定している。情報を整理すると、すでに多方面で伝えられているが、7月19日発表予定として新型「アクア」が、そして8月末予定とされており、すでに海外でワールドプレミアされている新型「ランドクルーザー(300)」。さらに、ランドクルーザーのすぐ後になるとされているが、「GR86」の正式発売、そしてニューモデルラッシュの最後を飾るように、昨年タイでワールドプレミアされている「カローラクロス」が、いよいよ国内発売される予定になっている。
ある新車販売事情通は、こう語る。
「この情報をベースにして話をすれば、短期間にこれだけのニューモデルがひとつのメーカーから発表されるのは極めて異例です。新型車登場を“人寄せパンダ”にした、その新型車以外も含んだ購入見込み客の店頭誘致は新車ディーラーの常套手段です。さらに、外出自粛が要請されるコロナ禍では、発表展示会や試乗会といった週末イベントの開催による積極的な集客活動を自粛していますので、平時に増して“人寄せパンダ”の存在は大きいのです。それなのに、3カ月ほどの間で4車種もの新型が相次いで登場するのは“もったいなく”見えるし、重ねて異例に映ります」
ただし、販売現場の受け止め方は極めて冷静である。あるトヨタ系ディーラーのセールスマンは、以下のように話す。
「確かに短いスパンで新型車が多く登場予定となっておりますが、販売促進活動により量販が期待できるのは、新型アクアとカローラクロスぐらいといっていいでしょう。ランドクルーザーは、昨年5月のトヨタ系ディーラー全店での全車併売化が実施されるまではトヨタ店の専売車種でした。しかも、流行りのクロスオーバーSUVではなく、クロカン(クロスカントリー4WD)という表現が似合う、本格オフロード走行もラクラクこなす4WDとなります。トヨタ店はすでに歴代ランドクルーザーシリーズを販売しているので、それらのお客様へ新型への乗り替えを勧めることができますが、新規に扱うようになった店ではトヨタ店のような“乗り替え母体”がありません。ほかの車種からといっても、ランドクルーザーに興味を示すお客様は極めて限定的です。ただ、そうはいっても『注文を今すぐ入れたい』とご連絡をいただくお客様も意外なほどいらっしゃって、驚いております」
また、GR86について聞いてみると、以下のように話してくれた。
「まず排気量が2Lから2.4Lになりましたので、排気量アップがもたらす影響がなかなか読めません。前身となる現行86は、全店全車併売化以前からすべてのトヨタ系ディーラーで扱っておりますので、全店にGR86への入れ替え母体があるものと考えられますが、スポーツクーペの宿命というか、ご購入されたお客様のなかには、支払い回数の長いローン、つまりタイトなプランを無理して組んで購入しているケースも目立ちます。
さらに、そのようにしてご購入した後に、ドレスアップなど、さらに愛車に“投資”しておられるお客様も多く見受けられます。リセールバリューも目立って良いわけではないので、ローン支払い途中に下取り査定額で残債整理をするということも難しいケースが多いです。いつものトヨタディーラーのように、『まずは現行モデルユーザーから乗り替えてもらおう』という売り方が馴染まないとの話も聞きます。
そもそも趣味性が高く、量販がそれほど期待できないので、“売り手”からなかなか積極的なアプローチができません。“好きな人は買う”、これはランドクルーザーとも共通しているように感じます」
大ヒットが確実視される新型アクア
新型アクアについては、販売現場の鼻息も荒いようである。現行アクアは2011末にデビューし、10年目に入っている。この間人気車種として量販を続けており、10年間の累計販売台数はハンパではなく、これが新型への乗り替え母体となるので、発売前から予約受注を狙って活発な販売促進活動が展開されている。
前出の事情通は「新型アクアは上質なコンパクト ハイブリッド専売車というイメージを強調しているようです。すでに昨年発売されたヤリスにもハイブリッド仕様がラインナップされているので、“ベーシックコンパクト”のイメージが強いヤリスとの棲み分けをはっきりさせるためにも、上級コンパクトハイブリッドカーというイメージを意識しているようです」と説明してくれた。
「ヤリス」は主戦場ともいえる欧州市場を意識しており、良くも悪くも欧州ブランド車で目立つ“ヒエラルキー”というものを強く感じるクルマといえる。トヨタ車はカテゴリーを超えた上質感がひとつのウリとなっているが、いまだ階級社会が色濃く残る欧州では、それはなかなか受け入れられない部分もある。
たとえば、BEV(純電気自動車)であるメルセデスベンツ「EQC」の電動ユニットは、ボンネットを開けると全体を樹脂製カバーが覆っているのだが、EQCより格下といっていい「EQA」ではカバーはなく、ユニットがむき出しになっている。何か合理的理由があるのかもしれないが、一般的にはこのような差を見て「欧州車はヒエラルキーがはっきりしているなあ」と感じる人が多い。そして、内燃機関車も含め、欧州車は今もなお同ブランドの中で厳格なヒエラルキーが確立されているのである。
話を戻すと、ヤリスは欧州を意識した結果なのか、日本国内ではトヨタ車にしては「安っぽい」との声を多く聞く。また、パーソナルユースを強調したのか、後席の使い勝手も今ひとつという話も多く聞く。
このようなことから、ヤリスの購入を躊躇していた人の受け皿が新型アクアになるといってもいいだろう。現行モデルの保有母体が圧倒的に多いことも考えると、新型アクアは発売前から大ヒットはほぼ間違いなしといっていいだろう。
自販連(日本自動車販売協会連合会)統計を見ると、ヤリスは発売以来、軽自動車並みの販売実績(かなり量販しているという意味)となっているが(途中からヤリスクロスとの合算となっているが)、それでも新型アクアもしっかり売ってしまおうとするところは、国内販売で圧倒的なシェアと販売力を誇るトヨタの底力を感じさせてくれる。
カローラクロスも国内デビューでヒット確実
カローラクロスは昨年、タイでワールドデビューして以来、「日本にはいつデビューするのか」といった報道が目立っていたが、ついに国内デビューがほぼ間違いないものとなった。
現状、国内でのトヨタ車のSUV(クロスオーバーSUV)ラインナップは、コンパクトなものから挙げていくと、「ライズ」「ヤリスクロス」「C-HR」「RAV4」「ハリアー」となっている。
ライズはデビュー直後から大ヒットしていたのだが、ダイハツからのOEMとなるのでハイブリッド仕様がないのがネックとなっていた。すると、しばらくしてハイブリッド仕様をラインナップするヤリスクロスが登場し、「ヤリスクロスにはハイブリッドがありますよ」とも売り込み、ヤリスクロスは現在まで納車待ち半年以上の大ヒットとなっている。
先日デビューしたホンダの新型「ヴェゼル」はヤリスクロスをライバルとしているようだが、ボディサイズはヤリスクロスのほうが小さい。大ヒットしているヤリスクロスだが、「ボディサイズが小さい」との声も聞き、トヨタの販売現場では「ヤリスクロスがヴェゼルのライバルとはイメージできない」という声も聞く。先代ヴェゼル時代にはライバルとされていたC-HRは極端なクーペSUVスタイルを採用するので、現行ヴェゼルのライバルとしては馴染みにくい。
ところが、RAV4になると、今度はボディサイズが大きすぎるとの声が多くなる。つまり、“ヤリスクロス以上RAV4未満”のSUVの待望論があり、カローラクロスがそこにスポッとはまるモデルとして熱い視線を浴びていたのである。適度なボディサイズにカローラとつく車名による高い信頼感もあるので、こちらも大ヒット間違いなしとされている。
セールスマンも「ヴァンガードなど絶版となったSUVに乗られるお客様とともに、C-HRやボディサイズの大きさに不満を持つRAV4に乗っておられるお客様へもアプローチしていく予定です」と増販に余念がない様子。
クロスオーバーSUVでは、世界市場のトレンドを見れば、あとフルサイズで3列シートをメインとするモデルが導入されれば、トヨタの国内販売では“フルラインナップ”が揃ったといえ、ラインナップが完結すれば、強いこだわりがない限りは、トヨタ内で「RAV4もいいけど、大きいからカローラクロスかな」というように、他メーカーへお客が流れにくくなるのは間違いないだろう。
それでは、なぜトヨタがこのタイミングで“怒涛”ともいえるニューモデル投入を進めるのかが気になるところだが、そのあたりの事情については次回に詳述したい。
(文=小林敦志/フリー編集記者)