工作機械の直線上の動作を可能にする「LMガイド」やアクチュエータの開発・製造・販売を行うTHK株式会社をはじめ、国内工作機械メーカーの事業運営の先行き懸念が高まっている。その要因の一つは、中国経済の減速懸念の高まりだ。中国からの需要が鈍化、あるいは減少し、THKの業績拡大ペースが弱まる展開を警戒する投資家は多い。
短期的に考えると、THKの収益獲得のモメンタムは幾分か弱まる可能性がある。中国経済の減速懸念に加えて、半導体市況の一角ではメモリ半導体の一つであるDRAMの需給にゆるみが出始めた。それは、設備投資や機器のメンテナンスの増加ペースを穏やかにさせる要因だ。
その一方で、中長期的な展開を考えると、中国や東南アジア地域の企業からTHKの直動システムへの需要は高まる可能性が高い。同社は世界に先駆けて直線運動の転がり化の技術を開発し、今なお世界トップのシェアを維持している。最先端の製造技術を支える要素技術に関して、同社の比較優位性は高い。その強さをどう磨くかに注目が集まる。
THKの特徴と現在の事業環境
THKは工作機械などの資本財関連の分野のなかでも、川上、そのなかでもどちらかといえば上部に位置する企業だ。同社は、各種の工作機械に搭載される直動システムの開発と生産などを行う。直動システムとは、直線上の機器の運動を可能にし、瞬時の、正確な動作を可能にする装置を言う。THKはこの技術を「LM(リニア・モーション)ガイド」と呼ぶ。
直動システムの分野でTHKは世界のパイオニア企業として成長を遂げてきた。同社の技術が用いられている具体的な工作機械としては、半導体の製造装置やマシニングセンタ、フライス盤、産業用ロボットなど幅広い。つまり、THKは各種産業用機器の性能発揮に欠かせない直線上の動作を支える技術を供給し、その需要は、世界経済の設備投資の先行きを示唆する工作機械受注に先んじて変化する傾向にある。そのためTHKの株価や業績動向を世界経済の先行指標と考え、注目する投資家が多い。
2021年1~6月期のTHKの売上収益は1,510億円に達し、コロナ禍が発生する前の2019年1~6月期の実績を上回った。地域別売上収益の推移からその要因を確認すると、中国と他のアジア地域からの需要の伸びが顕著だ。中国に関しては米中の通商摩擦やコロナショックによる落ち込みを挟みつつも、需要が拡大傾向で推移している。
また、中国以外のアジア地域での需要も拡大している。その背景には、2018年以降に激化した米中の通商摩擦によってベトナムやタイ、マレーシアなどに生産拠点を移す企業が増加したことがあるだろう。それに加えて、シンガポールやマレーシアでは米国などの半導体メーカーが工場を設け、追加の設備投資が行われている。それは、アジア地域における半導体の製造装置などの精密機械への需要を押し上げる。
すべての工作機械にはドリルや加工対象となる基盤などをリニア=直線に迅速かつ正確に、効率的に移動させることが欠かせない。コロナ禍での巣ごもり需要によってデジタル家電などの需要が一段と増加したことも重なり、各種工作機械に用いられるTHKの直動システムへの需要が高まり、業績が上向いた。
短期的な需給の伸び鈍化の兆し
ただし、目先、THKの業績拡大ペースは幾分か弱まる可能性が高い。そう考える要因は複数ある。まず、中国経済では2020年春先から前倒しでインフラ投資が進められた。その効果が一巡し、固定資産投資の伸びが鈍化している。中国での消費者心理の回復が遅れていることも中国での生産活動にマイナスだ。それに加えて、共産党政権は貧富の格差解消の姿勢を示すために、民間企業への締め付けを強化し、企業経営者のアニマルスピリットは弱まる可能性がある。その結果として、中国企業の設備投資の増加ペースは穏やかになり、THKの収益には下方圧力がかかる展開が想定される。
また、新型コロナウイルスの感染再拡大によって、世界経済全体で供給制約が深刻化している。原材料価格の上昇やリードタイムの長期化は設備投資を抑制する要因であり、米国経済では製造業の景況感が軟化し始めている。欧州経済では、ユーロ圏の景気持ち直しを支えてきたドイツの景況感が悪化している。いずれも、THKには逆風だ。
それに加えて、コロナ禍におけるテレワークのために需要が急増したパソコンの需給も幾分か落ち着き始めている。そのため、パソコン上でのデータの一時保存に使われるDRAM価格は下落している。韓国のサムスン電子やSKハイニックス、米国のマイクロン・テクノロジーなど大手DRAMメーカーの株価下落は、DRAMの需要拡大ペースが鈍化するとの懸念の裏返しだ。パソコンメーカーやDRAMメーカーが生産ラインの強化に取り組む喫緊の必要性は低下し、THKのLMガイド技術への需要は幾分か落ち込む可能性がある。
他方で最先端を中心にロジック半導体の不足は続いている。ロジック半導体不足の影響によってアップルは需要されるiPhoneを供給することが難しい。最先端の民生機器分野での生産体制の強化は喫緊の課題だ。総合的に考えると、最先端と汎用型の分野で需要の強弱感が分かれ始めた。その状況下、1~6月期の需要回復が鮮明だった分、中国経済の減速やパソコン需要鈍化の不安から、THKの事業運営の先行きを慎重に考える主要投資家が増えている。
中長期的なLMガイドへの需要拡大の可能性
その一方で、中長期的な展開を考えると、中国および東南アジア地域でのLMガイドへの需要は、短期的な調整を伴いつつも増加するだろう。最も重要なポイントは、THKのLMガイド技術が、中国の企業にとって内製化が困難なことだ。
2015年以降、中国は製造技術の高度化を目指して「中国製造2025」や「千人計画(海外からの科学技術分野でのトップ人材の獲得計画)」を進めている。また、中国共産党政権は、海外企業からの技術の強制移転を重視した。中国政府は、国内の工作機械メーカーなどに産業補助金や税制面での優遇措置も与え、技術開発と価格競争力の向上を支えている。
それにもかかわらず、THKは直動システムの世界トップシェアを維持し、中国からの需要は拡大している。つまり、比較的競争が少ない新しい分野(人工知能<AI>や量子コンピューティングなど)、および製造技術が確立されてコモディティー化が進みやすい分野(中低価格帯のスマートホンや5G通信基地、および汎用型の半導体)などの分野で、中国企業は国家総出で新しい取り組みを進めたり、海外企業の製品を分解して模倣したりすることによって競争力を高めている。しかし、そうしたモノを生み出す最先端の製造技術に関しては、習熟度が十分ではない。
THKの事業戦略の要諦は、ひたむきに直動システムの性能向上を目指すことだ。現在、同社はそうした考えを着実に実行していると評価できる。ファナックとの提携などにより、同社は生産現場のIoTへの対応を進めている。また、THKは直動システムの技術を免振や医療機器など、産業機器分野以外の、新しい分野への応用も目指している。つまり、THKは直動システム(LMガイド)というコアコンピタンスを基底にして、短期(工場のIoT)、中長期(免振などの新分野)の両面で競争力の向上を目指している。
このように考えると、中国経済の減速懸念の高まりなどにより世界経済全体で投資家や企業経営者のマインドに不安心理が広がりやすい環境は、THKがライバル企業との差をつけるチャンスだ。そのために、同社経営陣が事業運営の効率性を引き上げ、最先端分野に経営資源をより積極的に再配分することが求められる。
(文=真壁昭夫/法政大学大学院教授)