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高井尚之が読み解く“人気商品”の舞台裏

午後ティー、発売35年でも売上ダントツの理由…多彩な訴求、社会課題の解決まで

文=高井尚之/経済ジャーナリスト・経営コンサルタント

「現象の裏にある本質を描く」をモットーに、「企業経営」「ビジネス現場とヒト」をテーマにした企画や著作も多数あるジャーナリスト・経営コンサルタントの高井尚之氏が、経営側だけでなく、商品の製作現場レベルの視点を織り交ぜて人気商品の裏側を解説する。

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発売35年を迎えた「午後の紅茶」の定番3品(写真提供:キリンビバレッジ)

「2019年と20年は7月に2年続いた冷夏、今年の8月は稼ぎ時のお盆に日本列島に前線が停滞して長雨が続きました。晴れて暑くなるほど商品の売れ行きが伸びるので、冷夏や長雨は胃が痛くなる思いです」

 清涼飲料の取材で話を聞いた、人気ブランドの責任者はこう苦笑した。同ブランドは長雨の影響を受けながらも好調に推移したので苦笑いですんだが、夏向け商品に携わる人には、天気の崩れは苦痛だっただろう。

 清涼飲料は市場全体で約5兆円の巨大市場だが、2020年の実績は新型コロナの影響もあり、対前年比93.5%「17億7850万ケース」と落ち込んだ(「飲料総研」調べ)。在宅勤務が増え、ビジネス出張や観光旅行の自粛、学生からシニアまで各種スポーツ大会や発表会も中止となり、移動時に携帯されるペットボトル飲料も影響を受けた。

 今年は春先が好調だったが、8月と9月は長雨も多かった。夏の清涼飲料は「止渇」(しかつ=のどの渇きを止める)だが、最近は付加価値である機能性を訴求する例も多い。

 今回は売れ筋ブランドのうち、紅茶飲料の「午後の紅茶」に焦点を当てた。発売35年を迎えたが、いまだに人気が高いからだ。合わせて茶系飲料への消費者意識も考えたい。

紅茶飲料で唯一、トップ10入り

 清涼飲料の上位ブランドは別表のとおりだ。味別に分けると、「水」(サントリー天然水、森の水だより&いろはす)、「コーヒー」(ジョージア、BOSS、WONDA)、「日本茶」(お~いお茶、綾鷹、伊右衛門)が目立つ。紅茶カテゴリー首位、全体でもトップ10入りするのは「午後の紅茶」しかない。

【2020年 飲料ブランド別販売ランキング】

※以下、(順位)ブランド名、数量(単位=万ケース)

(1)サントリー天然水 11,290

(2)ジョージア 10,300

(3)BOSS 10,270

(4)お~いお茶 8,310

(5)コカ・コーラ 7,950

(6)綾鷹 5,960

(7)伊右衛門 5,560

(8)午後の紅茶 4,890

(9)森の水だより&いろはす 4,580

(10)アクエリアス 4,490

(出所:飲料総研)

 最近の売れ行きも好調だ。

「今年7月の販売実績は、レギュラー(ストレートティー・ミルクティー・レモンティー)3品が好調で、おいしい無糖も2割増、ブランド全体では対前年比104%となっています」

 広報担当の安平裕太郎氏(キリンホールディングス コーポレートコミュニケーション部)は、こう説明する。長年の活動の中には浮沈もあったが、さまざまな施策を行ってきた。

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上位ブランドは自販機チャネルも強く、ペットボトルと缶を一緒に販売する自動販売機もある

レギュラー3品は鉄板、もっとも売れるのは「ミルクティー」

 消費者から“午後ティー”と呼ばれて親しまれるブランドは、現在さまざまな種類と容器サイズで提供する。定番3品が「ミルクティー」「レモンティー」「ストレートティー」だ(正式商品名は「キリン 午後の紅茶 ミルクティー」等となる)。もっとも売れるのが「ミルクティー」だ。これは後述する消費者心理を考えると興味深い。

「35年で商品ラインナップ、容器サイズは拡大し、ホット飲料も投入しましたが、『茶葉から淹れた紅茶のおいしさ』と『紅茶の飲用シーンを拡げる』を大切にしています」(安平氏)

 マーケティング現場では「消費者はどんどん変化」するが、「人間の本質はそんなに変わらない」も共通認識だ。「不易流行」(時代とともに変わる・変わらない)の考え方だ。

「ブランド35年の歴史で、変えてきたもの=パッケージデザイン・味覚・容器形態で、変えないもの=ブランドアセット・おいしさへのこだわり、になります」(同)

 パッケージデザインは変えてきたが、ブランドロゴも大きく変わらない。

「発売時から『アンナ・マリア』(7代目ベッドフォード公爵夫人。アフタヌーン・ティーの習慣を始めた存在)と明朝体の文字表記を採用しています」(同)

 フレーバー(味覚)も多様化し、今年は「午後の紅茶 熊本県産いちごティー」という商品も発売。同県産のいちご「ゆうべに」を用いたフルーツティーだ。

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今年発売された「午後の紅茶 熊本県産いちごティー」(写真提供:キリンビバレッジ)

発売時は1.5リットル、「ごくごく飲む」の先駆者だった

 1986年の発売時は1.5リットルのペットボトル「ストレートティー」からスタートした。

「当時、缶入りの紅茶はありましたが、甘さが強く売れ行きはいまひとつ。一方、家庭で飲む紅茶は茶葉やティーバッグで淹れるホットティーが大半。自分でアイスティーをつくろうとすると、非常に面倒でした。

 そこで『RTD(Ready To Drink=缶やペットボトルに入ったすぐ飲める飲料)で、紅茶本来の味わいが楽しめるアイスティーをつくれないか』という、開発担当者の熱い思いから商品開発がスタートしたのです」(安平氏)

 試行錯誤の末に開発されたのが、液色を透明にする「クリアアイスティー製法」。紅茶には「冷やせば濁る」という性質があり、それを解決するブレイクスルーとなった技術だ。

 缶入り紅茶の歴史の始まりはその十数年前で、缶コーヒーが浸透して自動販売機の定番飲料になったのに比べて、缶ティーはパッとしなかったが、それもペットボトル紅茶で変わった。

 また、当時は現在の小型ペットボトル(500ミリリットルが主流)飲料は許可されておらず(1997年に解禁)、大型ペットボトルとして登場した。だが、これもまた興味深い。

 それまでの紅茶は前述の茶葉やティーバッグでの手淹れが中心で、「ゆっくり飲む嗜好品」だった。それがペットボトルならごくごく飲める。紅茶をより身近な存在に変えたのだ。

 小型ペット解禁後も人気だったが、やがて低迷。2003年のリニューアルで息を吹き返した。

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発売時は1.5リットルのペットボトルだった(写真提供:キリンビバレッジ)

無糖飲料が幅をきかせるなか、「有糖が8割」の市場

 意外にも、紅茶市場では「有糖カテゴリーがシェア約8割」だという。「意外にも」と記したのは理由がある。国内市場全体での「無糖飲料製品」構成比は「2018年は約49%」(全国清涼飲料連合会調べ)と、半数が無糖になっているからだ。

「無糖も成長しており『午後の紅茶 おいしい無糖』や、微糖紅茶『ザ・マイスターズ』シリーズは、甘さ・糖離れ志向の働く大人層の女性を中心に好評をいただいています。一方で、有糖紅茶しか飲まない消費者も約6割いらっしゃいます」(同)

 別のメーカーからは興味深い話を聞いた。「茶系飲料には『緑色』と『茶色』の2大勢力があり、売り上げ規模もほぼ拮抗する」(サントリー食品インターナショナル)という。前者は緑茶、後者は紅茶、麦茶、ブレンド茶、ウーロン茶、ほうじ茶などがある。前述した日本茶市場とはまた別の分け方だ。

 この「茶色市場」の茶系飲料も、紅茶以外はほとんどが無糖中心となっている。サントリー食品が用いる言葉に「避糖化」(糖を避ける)があり、「大きな流れでは避糖化ですが、消費者は有糖も合わせて楽しみます」とも話す。紅茶飲料は茶色市場で有糖を楽しむ商品群として存在感を持つといえよう。

人気だった「紅茶のおいしい喫茶店」が減った理由

 少し目線を変えた話をしたい。国内のカフェ・喫茶店の店舗数がもっとも多かったのは、40年前の1981(昭和56)年で「15万4630店」。現在はその半分以下で、7万店を割った(全日本コーヒー協会の統計資料による)。

 喫茶店全盛期には紅茶を看板メニューにする店も多く、今も人気店の「ケニヤン」(東京・渋谷)は40年以上続く。昭和時代のアイドル歌手だった柏原芳恵さんのヒット曲歌詞にある「紅茶のおいしい喫茶店」――。だが、ティーサロンは減った。減った理由をフードビジネスコンサルタントの永嶋万州彦氏(元ドトールコーヒー常務)は2年前にこう説明してくれた。

「もともと紅茶を好むのは女性でしたが、コーヒー好きの女性も増えた。紅茶がおいしい店は、気のきいたスイーツやサンドイッチなど、サイドメニューの上品さ、上質な雰囲気が求められたのです。だから百貨店と相性がよく、百貨店内にはティーサロンがあります。しかし最大手のティーサロンチェーンでも、売り上げの過半数はコーヒーです。働く女性が一般的となり忙しく、平日の昼間に紅茶でゆったり……という生活習慣も減りました」

 筆者の各店舗への取材経験でも納得できる話だった。コロナ禍の現在は、カフェや喫茶店に行く機会が限られてしまい「大切な空間+飲食時間」となっている。

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東京・渋谷の「ケニヤン」は今も人気店。紅茶はホットもアイスもある(2020年9月、筆者撮影)

商品を通じて「社会課題の解決」も図る

 飲料の話に戻ろう。以前からキリングループは「社会課題の解決」も掲げてきた。

 たとえば、飲食店での酒類提供制限で関心が集まる「ノンアルコール」では、2009年に「キリンフリー」(キリンビール)を発売。飲酒運転厳罰化(07年の道路交通法改正)を受けて「運転前に安心して飲める飲料」として開発したという。

 最近の活動も活発だ。「午後の紅茶」で行うのは、関係の深いスリランカの農園支援。今年8月3日「キリン 午後の紅茶 ストレートティー 250ml紙パック」も発売した。中味にスリランカ産「レインフォレスト・アライアンス認証」を取得した農園の茶葉を用いる。

 カエルのマークで知られる同認証は、米国に本部を置く国際的な非営利団体が定める。農園の環境、土壌・水を含めた天然資源、生態系や生物多様性を守り、労働者の労働条件やその家族・地域社会を含めた教育・福祉などの厳しい基準を満たした農園に与えられる。

 10月12日には独自技術のプラズマ乳酸菌を配合した「キリン 午後の紅茶 ミルクティープラス」(ペット容器)」が発売予定。免疫機能で初めて機能性表示食品として受理された「iMUSE」飲料にも配合されている同乳酸菌を午後ティーにも用いる。

 コロナ禍で消費者心理は変わった。ワクチン接種が進み、以前よりも外出意欲が強まる一方で、健康や免疫に対する意識は依然として高い。最近の調査では「ダイエット」よりも「免疫」意識が上回るほどだ。

 ホットもあればコールドもある通年型商品の「午後の紅茶」――。おいしさや味の多様性を追求しながら、見えないところで「社会課題の解決」も上乗せしている。

(文=高井尚之/経済ジャーナリスト・経営コンサルタント)

高井尚之/経済ジャーナリスト・経営コンサルタント

高井尚之/経済ジャーナリスト・経営コンサルタント

学生時代から在京スポーツ紙に連載を始める。卒業後、(株)日本実業出版社の編集者、花王(株)情報作成部・企画ライターを経て2004年から現職。出版社とメーカーでの組織人経験を生かし、大企業・中小企業の経営者や幹部の取材をし続ける。足で稼いだ企業事例の分析は、講演・セミナーでも好評を博す。近著に『20年続く人気カフェづくりの本』(プレジデント社)がある。これ以外に『なぜ、コメダ珈琲店はいつも行列なのか?』(同)、『「解」は己の中にあり』(講談社)など、著書多数。

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