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高級フレンチ「ひらまつ」、なぜパチンコ大手マルハンへの身売りに至ったのか

文=編集部
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マルハンのロゴ

 高級フレンチレストランとして知られる「ひらまつ」(東証1部上場)の新しいスポンサーに、パチンコホール大手のマルハン(非上場)が登場した。ひらまつはマルハングループのファンド、マルハン太平洋クラブインベストメント(MTI、千代田区)と、ゴルフ場運営の太平洋クラブ(千代田区)から第三者割当増資と新株予約権の発行で最大74億円を調達する。

 この結果、MTIはひらまつの株式46.86%を保有する筆頭株主となり、太平洋クラブが0.61%を保有する。MTIはマルハンの創業家の韓裕氏と韓俊氏が共同出資して2021年6月に設立されたファンド。太平洋クラブは旧平和相互銀行系の名門ゴルフ場チェーン。バブル崩壊後、経営が悪化し会社更生法を申請。13年、マルハンがスポンサーを引き受け、100%子会社にした。

 ひらまつの大株主名簿(21年3月期末)は、筆頭株主がひらまつ(自社、自己株式)で9.61%、2位が創業者の平松博利氏の4.49%。マルハングループが合計で47.47%を保有し、大株主となった。

 ひらまつは経営コンサルティングのアドバンテッジアドバイザーズ(港区)との提携を解消。アドバンテッジアドバイザーズを通してファンドが保有していた23億円分の転換社債や新株予約権の償却・繰り上げ償還を行った。

 ひらまつは高級レストランや婚礼事業を展開。ホテル部門を強化中だった。ところがコロナ禍で全事業に逆風が吹きつけた。21年3月期の売上高は62億円(前期比36.6%減)、最終赤字は41億円(前期は20億円の赤字)に拡大。その結果、期末時点で自己資本比率は16.0%まで低下し、現預金はわずか6億円と底をつきかけていた。

 マルハンは会長の韓昌祐(ハン・チャンウ)氏が一代で築いたパチンコチェーン。営業自粛で21年3月期の連結決算は売上高が前期比27%減の1兆1055億円、最終利益は56%減の60億円と大幅な減収・減益に見舞われたが、パチンコチェーンの王者であることに変わりはない。

 高級感を売り物とするひらまつと、大衆娯楽であるパチンコのマルハン。異色の組み合わせだが、ここに至るまでには、ひらまつの創業者と経営陣の確執があった。

ひらまつはパリに出店

 ひらまつの創業者の平松博利氏はレストラン業界で有名なオーナーシェフだ。1952年6月、横浜市生まれの69歳。70年、高校卒業後、ホテルオークラのフレンチレストランで働き、78年、渡仏。ナントやパリのレストランでフランス料理の修業を積んだ。

 82年4月、港区西麻布にひらまつ亭を開店。83年、ひらまつ亭(有限会社)を設立。88年に広尾に移転してレストランひらまつに改名。これ以降、都内を中心に全国に高級レストランを出店するとともに、カフェや料亭、ホテル、ウェディングと隣接した分野に業容を広げてきた。94年、株式会社に改組した。

 2003年、高級レストランの業態として初めてジャスダックに上場。04年、東証2部、09年、東証1部に昇格した。2001年、パリに進出し、4カ月後にミシュランガイド一つ星を日本人として初めて獲得。史上最短記録といわれた。

 07年1月、20世紀最高の料理人といわれたポール・ボキューズ氏と提携し、国立新美術館に「プラッスリーポール・ボキューズ ミュゼ」を開店した。ホームページによると、コンセプトは伝統的なリヨン料理。白身魚のクネル、サーモンマリネなどリヨン料理を中心にクラシックなメニューを揃えた。平松氏は16年3月、社長を突然退任し、取締役でもない会長に退いた。

創業者と経営陣の訴訟合戦で泥沼に

「週刊新潮」(20年11月5日号)は『高級フレンチ「ひらまつ」創業者経営陣から追放され裁判、泥沼訴訟の裏側とは』を掲載した。以下のように報じ、平松氏と経営陣のお家騒動が広く知られるようになった。

<社長辞任に伴い、平松氏は自身が設立した「ひらまつ総合研究所」でひらまつの広尾本店を2億円弱で買い取り、料理の腕を直接振るうようになったという。当初は経営に携わらないつもりだったというが、結局は京都に出店した2店舗の陣頭指揮を執ることになった。しかし、赤字が続いたため、開店から2年後、平松氏が12億円で買い取ることになり、ひらまつ総研に対して2店舗の業務委託料を支払う契約を結んだのだ。が、昨年(19年)末、ひらまつ側は平松氏に契約解除を通告。創業者というだけで会社資金を流入させるのは公私混同とされたのだという。これによって完全に爪弾きにされた平松氏は、会社を提訴。未払いの業務委託料3億7千万円の支払いなどを求めているのだ>(「新潮」より)

転落のきっかけは高級ホテル事業への進出

 ひらまつは20年12月28日、ひらまつ総合研究所との取引に関する外部調査委員会(委員長:小林英明弁護士)の調査報告書を公表した。この報告書をベースに、ひらまつの経営をたどってみよう。

 15年からホテル事業に進出する。東京オリンピックを控え、首都圏や京都ではホテル建設ラッシュに沸いていた。19年8月、アドバンテッジアドバイザーズと業務提携し、第三者割当増資で20億円を調達。都市型高級ホテル、高級リゾートホテルの開発に充てるためだった。

 だが、コロナ禍が直撃。20年3月期は20億円の最終赤字(19年同期は7500万円の黒字)に転落した。これを受け、経営陣を刷新する新体制を打ち出した。陣内孝也社長は執行役員に降格。新社長に日本マクドナルドの執行役員、すかいらーくの執行役員を務めた遠藤久氏が就任した。遠藤氏はアドバンテッジが送り込んだ。

創業者と和解

 18年12月末、経営不振だった京都のレストラン事業を平松氏が経営するひらまつ総研に譲渡した。その際の契約として、平松氏がひらまつの経営コンサルティング業務にあたることを条件としていたが、ひらまつは19年12月、業務契約を解除した。ひらまつ総研は20年10月、契約内容に違反したとして業務委託報酬など12億4000万円の支払いを求めて提訴した。

 遠藤社長以下の新経営陣は、外部調査委員会にひらまつ総研との取引に関する調査を依頼。京都の2店舗の譲渡、2つの業務委託契約の締結とも取締役会の承認を得ていない。この業務委託の名目で2店舗の譲受に必要な資金をひらまつ総研に還流させる目的だったと、調査委員会は結論づけた。

 平松氏の後を継いだ陣内孝也社長は「平松氏との師弟的人間関係のなかで勤務してきた人物」と報告書には書かれている。会社経営自体についても平松氏の指示を仰ぎ、その意向が尊重された。事業継承の失敗と報告書にはある。外部調査委員会の報告を受け、ひらまつの新経営陣は平松氏との和解に動く。21年3月1日和解が成立。ひらまつは和解金1億7000万円を支払う一方、ひらまつ総研が運営していた京都市内の料亭とフランス料理店をひらまつに返還することになった。

 和解が成立したことで新経営陣は“脱創業家”を目指し、ひらまつの身売りに動く。10社を超える候補のなかから最高値をつけたマルハングループが手に入れた。ひらまつは調達した資金でホテルからカフェへの転換を図る。

 ひらまつの経営のネックは1泊10万円以上の高級ホテル群である。赤字をタレ流し続けている。マルハンは高級ホテルをどうするつもりなのか。

(文=編集部)

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