1月8日の米科学誌電子版に、東京大学や北海道大学などの研究チームが、めまい治療薬「メリスロン」に、記憶を回復させる効果があることを実験によって確認し、アルツハイマー病などの認知症の治療に利用できる可能性があるとの論文が掲載された。
メリスロンが、脳内の情報伝達にかかわるヒスタミンという物質の放出を促進し、神経細胞が活性化するため忘れた記憶が回復すると考えられるようだ。この研究成果は、認知症治療を大きく前進させるかもしれない。また近年では、海外において「スマートドラッグ」と呼ばれる、いわゆる「頭が良くなる薬」を服用するドーピングが問題視されている。メリスロンの研究が進めば、そのような薬として注目される可能性もある。
脳を刺激する作用がある薬を、本来の治療目的ではなく、脳のパフォーマンスを上げるために服用することを「アカデミックドーピング」という。カフェインで一時的に眠気が取れたり、頭がはっきりしたりするのは、多くの人が体感しているだろう。このように、成分によっては脳のパフォーマンスを高められるということは事実である。日本ではまだアカデミックドーピングという言葉は広く認知されていないが、アメリカのNBCニュースでは、すでに数年前にこの問題を取り上げている。
現状で、アカデミックドーピングへの使用が懸念される薬のひとつに「コンサータ」がある。コンサータはADHD(注意欠陥・多動性障害)の治療薬として有名である。コンサータは「メチルフェニデート製剤」と呼ばれ、その構造はアンフェタミン、つまり覚せい剤に類似している。また、同じ成分のナルコレプシー治療薬「リタリン」も同様である。
リタリンやコンサータは中枢神経刺激薬であり、一言で言えば興奮剤である。服用すれば眠気がなくなり元気になることは予想できるが、コンサータを飲むだけで急に勉強や仕事ができるようになるわけではない。当然、治療目的以外で服用することは危険であり、もちろん、治療以外の目的で入手することはできない。仮に入手して服用したとしても、食欲減退、動悸、不眠、悪心、口渇、頭痛などの副作用が大きく現れることも予想できる。また、たとえアカデミックドーピングに成功したとしても、不適切に長期間摂取し続ければ、統合失調症に酷似した精神病状態を呈する可能性も大きい。
過去には、医療機関においてリタリンの盗難が相次いだ事実もある。盗んででも服用したいと考える人がいるほど、リタリンを服用し高揚感や万能感を持つ人がいるのは事実である。そういった背景から、医療機関では、処方する医師も登録が義務づけられるなど厳しく管理されている。
一方で、冒頭に触れたメリスロンは「普通薬」に分類され、服用継続に伴う大きな健康被害が起きにくい薬といえる。メリスロンが認知症の治療における新たな希望となるとともに、記憶力の向上をもたらす作用によって、“安全なスマートドラッグ”として用いられる可能性に期待を覚えるのは筆者だけではないだろう。
(文=吉澤恵理/薬剤師、医療ジャーナリスト)
吉澤恵理/薬剤師、医療ジャーナリスト
1969年12月25日福島県生まれ。1992年東北薬科大学卒業。薬物乱用防止の啓蒙活動、心の問題などにも取り組み、コラム執筆のほか、講演、セミナーなども行っている。