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篠崎靖男「世界を渡り歩いた指揮者の目」第47回

「おもてなし日本」の欺瞞…世界幸せな国ランク58位、「寛容性」は世界92位

文=篠崎靖男/指揮者

「お・も・て・な・し」の言葉で、2020年の東京オリンピック開催を引き寄せた日本の面目丸つぶれです。とはいえ、「おもてなし」は思いやりとは違う言葉です。普通に道を歩いていて、他者からの思いやりを受けることがあっても、おもてなしを受けることはありません。つまり、おもてなしはソーシャル・サポートとして国連の機関にカウントされることはないのです。

国王をもてなし、格別な待遇を受けたワーグナー

 おもてなしの意味は、もてなす。つまり、客人に応対する扱いの意味なのですが、これを音楽で壮大に取り入れたのが、ドイツの代表的オペラ作曲家のリヒャルト・ワーグナーです。彼は、その一生変わらない莫大な浪費癖から、債権者から逃げて夫婦でロンドンに密航したり、せっかく母国ドイツのドレスデン・ザクセン王立劇場の指揮者に就任して収入が安定したにもかかわらず、その後、政治犯としてお尋ね者となり、スイスに命からがら亡命したりしています。

 波乱万丈で、ちょっと親戚にいると困るタイプだったのですが、彼にもひとつの転機が訪れました。それは、当時統一していなかったドイツの大国のひとつ、バイエルン王国の国王ルートヴィヒ2世が以前からワーグナーの音楽に心酔しており、スイスに亡命中のワーグナーを必死で探していたことでした。その結果、突然、ワーグナーは首都ミュンヘンに招待され、それからは国王の大きな庇護を受け、存分に、かつ浪費癖もそのままに音楽活動ができるようになったのです。

 彼は、国王に対して感謝を表すために、大作オペラ『パルジファル』を作曲したばかりでなく、国王ひとりのためだけに、歌手、オーケストラ、舞台装置を総動員して自作のオペラを上演しました。このお金はすべてバイエルン王国の国庫から出ているわけですが、心酔しているワーグナーから、このような「おもてなし」を受けた国王は、すっかり舞い上がり、ワーグナーの理想のオペラ劇場をつくってあげるくらい熱が入ってしまいました。

 国の財政などお構いなしの国王は、ワーグナーのオペラシーンを部屋の壁に描かせた壮大なノイシュバンシュタイン城を建築しながらも、気が向けば、ほかの場所に宮殿をいくつもつくるといったことを繰り返し、ついには「バイエルンのメルヘン王」というあだ名まで付けられ、バイエルンの国庫を空っぽにしてしまいました。最後は重臣たちによって退位させられ、その後、湖で謎の死を遂げています。

 皮肉なことに、この狂った国王のおかげでノイシュバンシュタイン城は、ディズニーランドのシンデレラ城のモデルとなったほど、世界的に有名な城となりました。また、国王がワーグナーのオペラだけのためにつくったバイロイト祝祭劇場は、夏の音楽祭の期間中、今もなお世界中からやって来るワーグナーファンでドイツの小都市バイロイトを一杯にします。そして、そこでの名演が、ドイツの珠玉の音楽文化として、世界中に発信されるのです。150年以上前にワーグナーが国王に行った「おもてなし」の恩恵を、ドイツ国民と、世界中のワーグナーファンが享受しているわけです。
(文=篠崎靖男/指揮者)

篠﨑靖男/指揮者、桐朋学園大学音楽学部非常勤講師

篠﨑靖男/指揮者、桐朋学園大学音楽学部非常勤講師

 桐朋学園大学卒業。1993年ペドロッティ国際指揮者コンクール最高位。ウィーン国立音楽大学で研鑽を積み、2000年シベリウス国際指揮者コンクールで第2位を受賞し、ヘルシンキ・フィルを指揮してヨーロッパにデビュー。 2001年より2004年までロサンゼルス・フィルの副指揮者を務めた後ロンドンに本拠を移し、ロンドン・フィル、BBCフィル、フランクフルト放送響、ボーンマス響、フィンランド放送響、スウェーデン放送響、ドイツ・マグデブルク・フィル、南アフリカ共和国のKZNフィル、ヨハネスブルグ・フィル、ケープタウン・フィルなど、日本国内はもとより各国の主要オーケストラを指揮。2007年から2014年7月に勇退するまで7年半、フィンランド・キュミ・シンフォニエッタの芸術監督・首席指揮者としてオーケストラの目覚しい発展を支え、2014年9月から2018年3月まで静岡響のミュージック・アドバイザーと常任指揮者を務めるなど、国内外で活躍を続けている。現在、桐朋学園大学音楽学部非常勤講師(指揮専攻)として後進の指導に当たっている。エガミ・アートオフィス所属

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