「おもてなし日本」の欺瞞…世界幸せな国ランク58位、「寛容性」は世界92位
「お・も・て・な・し」の言葉で、2020年の東京オリンピック開催を引き寄せた日本の面目丸つぶれです。とはいえ、「おもてなし」は思いやりとは違う言葉です。普通に道を歩いていて、他者からの思いやりを受けることがあっても、おもてなしを受けることはありません。つまり、おもてなしはソーシャル・サポートとして国連の機関にカウントされることはないのです。
国王をもてなし、格別な待遇を受けたワーグナー
おもてなしの意味は、もてなす。つまり、客人に応対する扱いの意味なのですが、これを音楽で壮大に取り入れたのが、ドイツの代表的オペラ作曲家のリヒャルト・ワーグナーです。彼は、その一生変わらない莫大な浪費癖から、債権者から逃げて夫婦でロンドンに密航したり、せっかく母国ドイツのドレスデン・ザクセン王立劇場の指揮者に就任して収入が安定したにもかかわらず、その後、政治犯としてお尋ね者となり、スイスに命からがら亡命したりしています。
波乱万丈で、ちょっと親戚にいると困るタイプだったのですが、彼にもひとつの転機が訪れました。それは、当時統一していなかったドイツの大国のひとつ、バイエルン王国の国王ルートヴィヒ2世が以前からワーグナーの音楽に心酔しており、スイスに亡命中のワーグナーを必死で探していたことでした。その結果、突然、ワーグナーは首都ミュンヘンに招待され、それからは国王の大きな庇護を受け、存分に、かつ浪費癖もそのままに音楽活動ができるようになったのです。
彼は、国王に対して感謝を表すために、大作オペラ『パルジファル』を作曲したばかりでなく、国王ひとりのためだけに、歌手、オーケストラ、舞台装置を総動員して自作のオペラを上演しました。このお金はすべてバイエルン王国の国庫から出ているわけですが、心酔しているワーグナーから、このような「おもてなし」を受けた国王は、すっかり舞い上がり、ワーグナーの理想のオペラ劇場をつくってあげるくらい熱が入ってしまいました。
国の財政などお構いなしの国王は、ワーグナーのオペラシーンを部屋の壁に描かせた壮大なノイシュバンシュタイン城を建築しながらも、気が向けば、ほかの場所に宮殿をいくつもつくるといったことを繰り返し、ついには「バイエルンのメルヘン王」というあだ名まで付けられ、バイエルンの国庫を空っぽにしてしまいました。最後は重臣たちによって退位させられ、その後、湖で謎の死を遂げています。
皮肉なことに、この狂った国王のおかげでノイシュバンシュタイン城は、ディズニーランドのシンデレラ城のモデルとなったほど、世界的に有名な城となりました。また、国王がワーグナーのオペラだけのためにつくったバイロイト祝祭劇場は、夏の音楽祭の期間中、今もなお世界中からやって来るワーグナーファンでドイツの小都市バイロイトを一杯にします。そして、そこでの名演が、ドイツの珠玉の音楽文化として、世界中に発信されるのです。150年以上前にワーグナーが国王に行った「おもてなし」の恩恵を、ドイツ国民と、世界中のワーグナーファンが享受しているわけです。
(文=篠崎靖男/指揮者)