インフルエンザでも10年間入院でも「病院が無料」の、英国民の“幸せ”と“不幸せ”
今、A型インフルエンザが大流行しています。小学2年生の僕の子供もかかりましたが、学級閉鎖になっているクラスも多いようです。
インフルエンザといえば、2009年に世界的大流行を引き起こした新型インフルエンザを思い出します。当時の厚生労働大臣が「日本にはウイルスを入らせない」とさまざまな策を講じたものの、結局は大流行してしまったわけですが、僕はその当時、英国に在住しながら音楽活動をしていました。
その年の12月も終わりのころ、妊娠中の妻と、4歳になったばかりの長女の様子が急におかしくなってきました。体温計で計ってみると、大変な高熱です。しかし、その日は休日で、救急病院以外は休みだったので、慌ててNHS(国民保健サービス)のサイトを開けてみました。このサイトはとても便利で、一目で病気の情報を得られるのですが、その時は、「新型インフルエンザの臨時コーナー」が設置されていました。
読み進めてみるとQ&Aがありました。たとえば「38度以上熱がありますか?」「この症状は一週間以上続いていますか?」「妊娠していますか?」といった質問がありました。質問に答えていくと、「あなたは新型インフルエンザにかかっている可能性が高い。指定薬局に行って、ここに書かれてある整理番号を言えば薬をもらえる」とあります。指示通り、指定薬局に行ってみると、子供には「タミフル」、妻は妊娠中で内服薬が飲めないので、のどに噴射するタイプの「リレンザ」を渡されました。
新型インフルエンザが大流行しているけれど、病院に大量に押し掛けられたら対処できないし、ほかの患者に移る場合がある。もし、インフルエンザではなかったとしても、タミフル等の薬を飲んでも問題はないので、可能性がある患者にはインフルエンザ薬を処方するのだと説明を受けました。
乱暴なシステムだと驚かれる人もいるかもしれませんが、これも英国流なのです。しかし、患者は高熱をおして無理に病院に行くことなく、家族がもらってきた薬を家で飲めばいいだけなので、普段でも外出するだけでも大変そうな妊娠中の妻も、大事に至ることなく完治しました。
「そんなことを言っても、インフルエンザでもない患者にまで、高い薬を飲ませて儲けようとしているのではないか」と考える人もいると思います。
実は、英国の医療制度は、風邪を引いてかかりつけの病院に行っても、極端なことを言うと、大病を患って10年間入院しても、診療料金を支払う必要がありません。
これが英国のNHSの制度なのです。理念としては、健康状態や支払い能力と関係なく、医療サービスを受けることができるのです。以前は完全無料だったのですが、サッチャー政権の緊縮財政により、処方薬だけは料金を支払うことになりました。どんな薬でも一律8ポンド80セント(現在のレートで約1260円)で、インフルエンザ薬を処方されても、単なる熱さましを受け取っても、値段は同じです。その差額はNHSが負担するのです。
現在では、同じく英国のスコットランド、ウェールズ、北アイルランドでは、再び無料になっています。ちなみに、20歳未満の子供と妊婦は無料なので、僕は何も支払うことなく、インフルエンザ薬を受け取ったわけです。その後、妻は無事に子供を出産しましたが、出産も完全無料です。そもそも、病院に会計がありません。
それを聞くと、皆さんは「英国は医療費が無料とは、なんて良い国だろう。日本もそうなってほしい」と思われるかもしれません。英国だけでなく、医療費無料の北欧をはじめとしてヨーロッパの多くの国々では、医療費が極めて低く抑えられています。
しかし、やはりそんなに世の中は甘くないことはご存じの通りです。英国の消費税は20%ですし、所得税の高さは言うまでもありません。
僕が英国に住み始めて最初の確定申告の際、僕の税理士は、あろうことか、コンサート当日に税金額をメールで送ってきました。コンサートが大成功を収め、良い気持ちでホテルに戻りメールをチェックすると、ソリストと乾杯したワインのほろ酔いがあっという間に吹き飛んでしまい、天国から地獄に急降下したような気持ちになりました。