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篠崎靖男「世界を渡り歩いた指揮者の目」

インフルエンザでも10年間入院でも「病院が無料」の、英国民の“幸せ”と“不幸せ”

文=篠崎靖男/指揮者

英国の自慢の制度「NHS」

 さて、NHSは、2012年のロンドンオリンピックの開会式において、「英国が誇る医療サービス」と紹介したように英国にとって“自慢の制度”ではあるのですが、国家予算の4分の1程度を占め、財政問題という頭を悩ませる問題が存在するのは日本と同じです。

 たとえば、こんな出来事がありました。英国では、25歳以上になると子宮頚がん検診を無料で受けることができる制度があり、子宮頸がんによる死亡例が少ないのですが、ある日、英国主要紙ガーディアンに、このような記事が載っていました。

「24歳の女性が異常を感じ、病院に行き子宮頸がん検査を希望したが、その時の医師は『25歳未満の女性は子宮頸がんの確率はかなり低いので、NHSの指針として、あなたを診ることはできません』の一点張りで、この女性は検査を受けられなかった。25歳になって検査を受けた時には、がんは進行しており、残念なことに亡くなられてしまった」

 以前は、20歳から受けることができた検査ですが、25歳未満は子宮頸がんにかかる確率がかなり低いことがわかり、25歳未満の女性を検査する予算を削った分を、実際に子宮頸がん患者の治療費に当てるようになりました。この方針転換による悲劇で、さすがの英国国民も怒りだし、大きな話題になったのです。

「NHS憲章」では、NHSに対して次のように定められています。

(1)利用者の支払い能力ではなく、臨床的必要性に基づいた医療
(2)技術・専門性において高いスタンダードをめざす
(3)すべての患者の心に届くサービスをめざす
(4)関連する患者・地方コミュニティ・市民全員らと、組織を超えて連携する
(5)納税者から得た原資を、最も高品質・効率的・公平・持続可能に活用する
(6)NHSのサービスは市民・コミュニティ・患者への説明責任を果たせるものであること

 同様に、市民に対しては以下のように定められています。

(1)市民は自分自身および家族の健康に関心を持ち、責任を持つべきである
(2)市民はNHS制度へのアクセス拠点となるGP医(家庭医)に登録すべきである
(3)NHSスタッフおよび他の患者へ敬意を払うべきである(暴力行為は起訴・診療拒否される)
(4)自己の状況や健康状態は正確に申告すべきである
(5)アポイントメントを守り、キャンセルは常識的に行うべきである。そうでなければ最長の待ち時間にもなりうる
(6)患者は同意したならば治療手段に従い、それが難しい場合はそれをスタッフに告げるべきである
(7)ワクチン接種などの公衆衛生プログラムに参加すべきである
(8)臓器提供に関する本人意思を表示するべきである
(9)受けた治療や病状変化について、副作用などの良い面も悪い面もフィードバックを行うべきである。

 医療サイドだけでなく、医療を受ける側の一般市民に対して、多くの要求が突きつけられていることに目を引かれます。1215年発布の「マグナ・カルタ憲章」にて、国王の権限を制限し、自立を目指した英国市民による「権利と義務」の精神が、今もなお受け継がれていることの表れかもしれません。

 これらの項目の裏側に、NHSの経費削減の意図があることがわかります。たとえば、ワクチン接種の項目も、「予防接種のための予算以上に、この病気に対する治療予算のほうが多くかかってしまうので、予防接種に予算をつけたほうが良策だ」という議論がなされるのが英国議会です。良く解釈すると、医療費無料の制度の維持のために経済的裏づけも徹底的に議論するのです。

 そして、最後の(9)の項目ですが、町の病院でも、医師を患者がアンケート形式で評価する日がありました。その日の医師は、いつも以上に親切で、笑顔で接してくれるので、悪いものではありませんでした。
(文=篠崎靖男/指揮者)

篠﨑靖男/指揮者、桐朋学園大学音楽学部非常勤講師

篠﨑靖男/指揮者、桐朋学園大学音楽学部非常勤講師

 桐朋学園大学卒業。1993年ペドロッティ国際指揮者コンクール最高位。ウィーン国立音楽大学で研鑽を積み、2000年シベリウス国際指揮者コンクールで第2位を受賞し、ヘルシンキ・フィルを指揮してヨーロッパにデビュー。 2001年より2004年までロサンゼルス・フィルの副指揮者を務めた後ロンドンに本拠を移し、ロンドン・フィル、BBCフィル、フランクフルト放送響、ボーンマス響、フィンランド放送響、スウェーデン放送響、ドイツ・マグデブルク・フィル、南アフリカ共和国のKZNフィル、ヨハネスブルグ・フィル、ケープタウン・フィルなど、日本国内はもとより各国の主要オーケストラを指揮。2007年から2014年7月に勇退するまで7年半、フィンランド・キュミ・シンフォニエッタの芸術監督・首席指揮者としてオーケストラの目覚しい発展を支え、2014年9月から2018年3月まで静岡響のミュージック・アドバイザーと常任指揮者を務めるなど、国内外で活躍を続けている。現在、桐朋学園大学音楽学部非常勤講師(指揮専攻)として後進の指導に当たっている。エガミ・アートオフィス所属

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