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篠崎靖男「世界を渡り歩いた指揮者の目」

クラシックオーケストラが、リハーサル終了時間を“絶対にオーバーしない”理由

文=篠崎靖男/指揮者
クラシックオーケストラが、リハーサル終了時間を“絶対にオーバーしない”理由の画像1「Getty Images」より

“イタリア人の家に招待されて約束の時間に行ってみると、まだその家の奥さんは頭にカーラーを巻いていた”という冗談のような話は、都市伝説のようによく耳にするのですが、いずれにしてもヨーロッパでは、約束の時間よりも少し遅く行くのがエチケットとされる国が多いのです。その時間の塩梅は国々によって違うので、実際に住んでみて何度も失敗を重ねないとわからないと思います。

 日本人のように、時間に対してきっちりとしている国なんて、世界的に見ても珍しいといえます。鉄道に乗っていて、「前を走っている電車のトラブルにより、2分到着が遅れました。大変申し訳ございません」といったアナウンスは、日本以外では聞いたことがありません。

世界各国のオーケストラの時間感覚

 では、各国のオーケストラの時間感覚は、どうでしょうか。

 これは意外にも、どの国のオーケストラの楽員でも、開始時刻には全員席に着いているのです。たとえば、午前10時にリハーサル開始ならば、10時ちょうどに音合わせのチューニングのためのオーボエのA(ラ)の音が鳴り響き、すべての楽員が音を合わせます。そして、指揮者の指揮によってリハーサルが始まります。

 僕が副指揮者を務めていたロサンゼルス・フィルハーモニックでは、「チューニングの時間が仕事開始時である」と、掲示板に公式文書として貼られていました。

 そもそも、オーケストラは楽員全員が一緒に音を出す必要があり、ひとりでも抜けると練習になりません。たとえば、フランスの作曲家、ドビュッシーの『「牧神の午後」への前奏曲』は、フルートのソロで始まることで有名ですが、フルート奏者が遅刻したとしたら、リハーサルを始められなくなります。これは極端な例としても、ひとり欠けても、いろいろなところで差し障りが出ます。わかりやすく言うと、陸上競技の400mリレーを、一人欠いて練習するようなものです。

 とにかく、楽員にとって遅刻するのは大問題です。何があっても時間通りに楽譜の前に座っている必要があるので、1時間も前から職場に到着している楽員も珍しくはありません。交通事故に巻き込まれたといった、よほどのことがない限り、遅刻はないのです。

篠﨑靖男/指揮者、桐朋学園大学音楽学部非常勤講師

篠﨑靖男/指揮者、桐朋学園大学音楽学部非常勤講師

 桐朋学園大学卒業。1993年ペドロッティ国際指揮者コンクール最高位。ウィーン国立音楽大学で研鑽を積み、2000年シベリウス国際指揮者コンクールで第2位を受賞し、ヘルシンキ・フィルを指揮してヨーロッパにデビュー。 2001年より2004年までロサンゼルス・フィルの副指揮者を務めた後ロンドンに本拠を移し、ロンドン・フィル、BBCフィル、フランクフルト放送響、ボーンマス響、フィンランド放送響、スウェーデン放送響、ドイツ・マグデブルク・フィル、南アフリカ共和国のKZNフィル、ヨハネスブルグ・フィル、ケープタウン・フィルなど、日本国内はもとより各国の主要オーケストラを指揮。2007年から2014年7月に勇退するまで7年半、フィンランド・キュミ・シンフォニエッタの芸術監督・首席指揮者としてオーケストラの目覚しい発展を支え、2014年9月から2018年3月まで静岡響のミュージック・アドバイザーと常任指揮者を務めるなど、国内外で活躍を続けている。現在、桐朋学園大学音楽学部非常勤講師(指揮専攻)として後進の指導に当たっている。エガミ・アートオフィス所属

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