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海外売上高比率70%、営業利益率10%…地味な世界的企業「安川電機」の卓越経営

文=真壁昭夫/多摩大学特別招聘教授
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安川電機のHPより

 2022年の年初から3月中旬まで、ACサーボモータやロボット、システムエンジニアリングなどの事業を運営する安川電機の株価は上値の重い展開となった。その背景には複合的な要因が影響している。

 特に、ウクライナ危機によって世界経済が反グローバル化に向かい始めた。世界全体で供給の制約が深刻化し、主要国の経済成長率は低下するだろう。それと同時に物価が上昇する恐れも高まっている。コストプッシュ型のインフレ圧力を抑えるために米国などの中央銀行は緩和的な金融政策の正常化を急ぎ始めた。企業の資金調達コストは上昇し、世界的に設備投資が減少する可能性が高まっている。いずれも、安川電機にとってマイナスだ。

 ただし、やや長めの目線で考えると、デジタル化や脱炭素など世界経済の先端分野での環境変化は加速する。安川電機がさらなる成長を目指すためには、目先のコスト削減を徹底して経営の守りを強化しなければならない。その一方で、経営陣は組織が取り組むべき目標を明確に示して、新しい取り組みを加速しなければならない。不確定要素が増える中で同社の経営陣がどのようにして組織を一つにまとめ、成長を目指すかが注目される。

グローバル化の加速を背景に成長遂げた安川電機

 安川電機は世界経済のグローバル化の加速に対応することによって、高い成長を実現した。それは、同社の海外売上高比率の推移を確認するとよくわかる。もともと、安川電機は九州地方での炭鉱開発機器を製造するために設立された。その後、同社は工作機械の精緻な制御を可能にするACサーボモータなどのモーションコントロール機器や産業用ロボットの製造に取り組んだ。そうした強みを活かして、1960年代以降に米国での事業運営体制を整え、海外での収益を獲得した。得られた資金を同社は、精緻な動作制御技術という強み(コア・コンピタンス)の向上に再配分した。

 1990年代の初頭以降、安川電機は中国や韓国などアジア新興国地域での事業運営体制を強化した。1970年代後半に始まった改革開放によって共産党政権は経済特区を設けて海外企業を誘致し、国有・国営企業への技術移転を促進した。工業化の加速と農村部からの労働力の供給によって中国は“世界の工場”としての地位を確立した。そのなかで安川電機は中国などの企業には模倣できない動作制御技術を供給し、海外の設備投資関連の需要を優位に取り込んだ。2000年代に入るとグローバル化は加速した。米国ではアップルなどがソフトウェア開発に集中した。アップルは台湾の電子機器受託製造企業である鴻海(ホンハイ)精密工業傘下の中国企業であるフォックスコンなどにiPhoneやiPadなどの組み立て生産を委託した。国際分業が加速してアジア新興国地域での動作制御機器への需要が急拡大した。

 その結果、2006年3月期時点で安川電機の海外売上高比率は47%に達し、現在では70%の売上収益が海外で獲得されている。うち約3割が中国だ。グローバル化によって安川電機は、よりコストの低いところから資材を調達して、他の追随を許さない精緻な制御機器を生み出した。その上で、同社は動作制御技術の需要が増える地域での営業体制を強化して持続的な成長を実現した。コロナ禍によって同社の営業利益率は一時5%台に低下した。しかし、デジタル化の加速などを背景に業績は回復し、2021年度は12%程度にまで営業利益率が上昇する見込みだ。

ウクライナ危機に端を発する反グローバル化

 しかし、ここにきて安川電機を取り巻く事業環境が急激に変化している。特に、ウクライナ危機のインパクトは大きい。それによって、世界経済は反グローバル化し始めた。グローバル化の加速を背景に成長を実現した安川電機を取り巻く事業環境の厳しさが増大している。ポイントは、西側諸国の制裁などによってロシアが世界経済から切り離され始めたことだ。それによって、原油や天然ガスなどのエネルギー資源に加え、ニッケルをはじめとする希少金属の供給が制約されるとの懸念が世界全体で高まった。2月24日以降に多くの資源価格がかなり荒い値動きを伴いつつ上昇した。

 それに加えて、激しい戦闘の影響によって、世界の陸海空の物流が寸断される。その状況は想定されるよりも長く続く可能性がある。今後の展開によっては、ウクライナ危機によって世界のサプライチェーンが寸断され、元に戻らない恐れも否定できない。世界経済全体で考えると、供給制約の深刻化によって各国企業の事業運営の効率性は低下する。それによって経済成長率が低下するだろう。それと同時に原油価格の上昇などを背景に電力や基礎資材など多くのモノやサービスの価格が上昇して世界的にインフレ懸念が一段と高まる恐れがある。その結果として、世界各国の設備投資にはかなり強いブレーキがかかる。

 それは安川電機の収益獲得にマイナスだ。例えば、日本やドイツでは、車載用の半導体などの不足に拍車がかかり、完成車の生産が停滞している。それによって産業用ロボットの販売やメンテナンスなどの需要が後退し、安川電機の売上収益が減少する懸念が高まっている。それに加えて、資源価格の上昇や資材の調達先の変更などによって、安川電機は売上原価や販売費および一般管理費の増加にも直面するだろう。短期間でウクライナ危機が落ち着く展開は想定することが難しい。グローバル化に対応して事業運営の効率性を高めてきた安川電機の内部では、先行きへの不安心理が増えていると考えられる。

不確定要素が増える中での新しい取り組みの加速

 さらに、安川電機にとって最重要市場に位置づけられる中国では、不動産市況の悪化と厳格なゼロコロナ対策、およびアリババなどIT先端企業への締め付けの強化によって経済成長率の低下傾向が鮮明だ。3月に入り深圳市などの主要都市で新型コロナウイルスの感染が急速に再拡大し、景気減速懸念は一段と高まっている。安川電機にとっては業績悪化のリスク要因がまた一つ増えた。深圳市にはスマートフォンをはじめとするIT機器の生産拠点が多く集積している。動線の寸断によってフォックスコンなどの生産は一時的に停滞せざるを得ない。ファクトリー・オートメーション(FA)関連の設備投資の増加を背景とする安川電機の中国事業の成長ペースは鈍化するだろう。

 ある意味では、安川電機は正念場を迎えた。目先、同社への逆風は強まるだろう。経営陣はコストの削減を強化しなければならない。半導体の確保など安定した資材調達網の再構築も急務だ。そうした取り組みを進めつつ、経営陣はメタバースなど中長期的に高い成長が期待できる先端分野での取り組みを強化しなければならない。

 メタバース以外にも、成長が期待できる分野はある。例えば、欧州各国はロシアからのエネルギー依存を減らすために洋上風力など再生可能エネルギーの利用を増やす。日本も再生可能エネルギーの利用増加を急がなければならない。また、世界の自動車産業界ではEVシフトが加速している。EV向けの素材、車載用バッテリー、半導体、モータなどの生産体制の強化に取り組む企業は増える。

 地域別に考えると、多くの業種で中国からベトナムやマレーシア、インドネシアなどに生産拠点を移す企業が増えている。本国に生産拠点などを戻す先進国企業も増えるだろう。そうした環境変化への対応力を高めることによって、安川電機が反グローバル化を克服してさらなる成長を目指すことはできるはずだ。そのために、同社経営陣がどのような事業戦略を立案して組織全体を一つにまとめ、従業員の集中力を引き出すかに注目したい。

(文=真壁昭夫/多摩大学特別招聘教授)

真壁昭夫/多摩大学特別招聘教授

真壁昭夫/多摩大学特別招聘教授

一橋大学商学部卒業、第一勧業銀行(現みずほ銀行)入行。ロンドン大学大学院(修士)。ロンドン証券現地法人勤務、市場営業部、みずほ総合研究所等を経て、信州大学経法学部を歴任、現職に至る。商工会議所政策委員会学識委員、FP協会評議員。
著書・論文
仮想通貨で銀行が消える日』(祥伝社、2017年4月)
逆オイルショック』(祥伝社、2016年4月)
VW不正と中国・ドイツ 経済同盟』、『金融マーケットの法則』(朝日新書、2015年8月)
AIIBの正体』(祥伝社、2015年7月)
行動経済学入門』(ダイヤモンド社、2010年4月)他。
多摩大学大学院

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