大手電子部品メーカー、TDK株式会社(TDK)の業績が拡大している。最大のポイントは、同社が世界経済の環境変化に機敏に対応して新しい製造技術=モノづくりの力を実現したことだ。積層のセラミックコンデンサなど微細な製造技術の向上によってTDKは海外の競合他社には模倣できない高付加価値の製品を生み出している。
現在、TDKは世界経済の先端分野での需要をより多く獲得するために、新しい素材の創出力にさらなる磨きをかけようとしている。その一つとして、国内に同社は車載関連部品の製造拠点などを設ける。それによってTDKは収益源を多角化し、収益性をさらに高めようとしている。経営陣は、激化する世界経済の環境変化に対応して成長を目指すためには、模倣困難な新しい製造技術を次から次へと生み出さなければならないとの決意を強めているといってもよい。先端分野での需要をより多く取り込むためにTDKはよりオープンな姿勢で他の企業などとの協業関係を強化するだろう。それによって同社が高付加価値の電子素材や車載用部材を創出し、持続的な成長を実現する展開を期待したい。
素材製造技術の向上による業績拡大
TDKは磁性材料の製造技術を基礎にして新しい素材を生み出し、人々の新しい生き方の実現を支えてきた企業だ。1935年にTDKは東京工業大学の研究者が生み出した磁性素材の事業化を目的に設立された。1950年代に入ると、同社はラジオなどのノイズを減らすフェライトコアと呼ばれる磁性体の製造体制を確立した。1960年代にはカセットテープ、1970年代にはビデオテープの量産体制が整備された。2000年代に入ると、同社はHDD(ハードディスクドライブ)のヘッドメーカーとして世界的な競争力を発揮した。
その後、TDKは世界的なスマートフォンの需要拡大などデジタル化を収益獲得のチャンスと捉え、HDDヘッドで獲得した資金を積層セラミックコンデンサの製造技術強化に再配分し、成長を遂げた。このようにTDKは特定の機能を持つ素材や部材の創造に満足することなく、成長期待が高まるデジタル関連素材などの生産体制の強化のために経営資源を再配分した。
その結果として、コロナ禍による一時的な落ち込みを挟み、TDKの業績は拡大基調で推移している。円安の影響もあり2022年3月期の売上高は前期比28.6%の1兆9,021億円、営業利益は同49.4%増加の1,667億円だった(米国基準)。営業利益率は8.8ポイントと前期から1.3ポイント上昇した。過去5年間の推移を確認すると、売上原価の対売上高比率は70.2%と最も低い水準にある。それとは対照的に、営業利益率は上昇した。コロナ禍やウクライナ危機など世界的にコストの増加要因は増えている。また、中国では経済成長率の低下傾向が鮮明化している。逆風が強まる事業環境下での収益性向上は特筆に値する。
セグメント別に営業利益の推移を確認すると、セラミックコンデンサなどを取り扱う受動部品事業の成長が著しい。センサや同社の祖業である磁気を応用した製品事業の営業利益も増加した。磁性材料の製造技術を基礎に、他の企業よりも薄く、軽く、耐久性に優れたデジタル家電などの素材や部材をTDKは生み出し、事業運営の効率性は向上している。
成長加速のための国内での設備投資実行
現在、TDKはデジタル化や自動車の電動化など先端分野での新素材創出力を強化するために、設備投資を積み増し始めた。その一つとして、国内で車載用部品の生産体制が強化される。5月10日、同社は岩手県に電気自動車(EV)や運転支援システム(ADAS)向けの高信頼性積層セラミックコンデンサの新しい製造棟を建設すると発表した。また、秋田県では磁性材料とめっき技術を用いた新しい電子素材・部品の研究開発と製造拠点が建設される。
ポイントは、国内で設備投資が積み増されることだ。同社のモノづくりの力は、世界から一段と必要とされ始めているといえる。世界の自動車分野では電動化に加えて自動運転技術の開発と実用化、自動車とネット空間の接続、さらにはシェアリングなどCASEの実現に取り組み需要の創出を目指す企業が増えている。
それに加えて、中長期的に世界経済のデジタル化は加速し、高速通信や回路の保護部品、温度や圧力センサなどTDKの製品への需要は拡大するだろう。その一方で世界全体で資材の価格は高騰し、人手不足や物流費の増加も深刻だ。その状況下、TDKは収益性を高めるために国内でモノづくりの力を磨き、最先端の素材需要をより確実に取り込んで成長を加速させることに集中し始めた。これまで以上にコスト削減も徹底されるだろう。
さらに、同社は2023年3月期の業績が増収増益になるとの予想を公表した。同社経営陣は素材創出力を高めてより高い成長を実現するために、国内で新しい製造技術を実現することが持続的な成長に決定的な影響を与えると覚悟を固めているようだ。
目線を変えて考えると、世界各国の消費者の新しい生き方の実現のために、TDKなど日本企業が磨いてきた高付加価値の素材創出力は他国の企業が模倣することが難しい。特に、微細な素材は分解してその構造をまねることが困難だ。そうした強みがあるからこそ、世界的な供給制約の長期化懸念など先行きの不透明感が高まるなかで、TDKは人件費や土地の取得コストが嵩む日本に新しい製造拠点を設ける意思決定を下すことができただろう。
一段と重要性高まるオープン・イノベーション
今後の展開としてTDKに期待したいのが、よりオープンな姿勢で新しい取り組みを増やすことだ。同社にはこれまで以上にオープン・イノベーションを目指してもらいたい。中長期的に世界経済のデジタル化は加速し、これまで以上にTDKのビジネスチャンスは増える。昨年5月にTDKが公表した中期経営計画を見ると、同社は米中対立などをきっかけに国際競争が激化するなかで、ビッグデータの獲得と活用が富の源泉としての重要性を増すといった世界経済の展開予想を示した。
具体的には、5Gなどの高速通信、AI=人工知能、再生可能エネルギーの利用に関する技術開発が加速し、各分野における素材需要が増加すると指摘した。その後の世界経済の環境変化のスピードは、TDKの予想を上回ったはずだ。ウクライナ情勢や米国の追加利上げペースの引き上げなどによって、より劇的に先端分野を中心に同社を取り巻く事業環境は変化するだろう。
企業が加速化する環境の変化に対応するためには、選択肢を増やさなければならない。選択肢が多いほうが、想定外の展開への対応力は高まる。そのためにTDKは異業種を含めより多くの企業との提携を進め、より迅速に、より多くの新しい素材の創出を目指すべきだ。例えば、今後の世界経済では、メタバースへの取り組みが本格化したり、ブロックチェーン(分散型元帳)技術を用いて個々人がより能動的にネット空間で活動する「ウェブ3.0」への取り組みが加速したりするだろう。それに伴って、消費電力性能の高いITデバイス、より鮮明な画像処理を行う半導体製造技術などへの需要は増す。
そうした変化を機敏に察知するために、海外のIT先端企業との協業体制を強化することは不可欠だ。また、TDKのオリジンである産学の連携をさらに強化することによって、潜在的な需要(人々の欲求)をいち早く実現する製造技術を生み出す可能性も高まる。TDK経営陣がどのように他企業や研究機関との関係を強化して新しいモノづくりを目指すか、一段と注目が増えるだろう。
(文=真壁昭夫/多摩大学特別招聘教授)