7月26日、キヤノンが2022年第2四半期の決算を発表した。売上高、営業利益ともに前年同期から増加した。最大のポイントは、値上げによってコストを吸収できたことだ。ウクライナ危機の発生によって企業のコストプッシュ圧力は強まった。世界的に需要も減少している。そのなかでもキヤノンは医療機器やカメラなどの画像関連機器、半導体製造装置などの分野でものづくりの力を磨き、成長を実現した。同社は米国で医療機器の販売会社を買収した。デジタルカメラなどで得た資金を、同社は成長期待の高い先端分野に再配分し、さらなる成長を目指している。
今後の注目点の一つは、キヤノンによる国際分業や他企業との連携強化がどう展開されるかだ。これまで、キヤノンはレンズなど光学系の製造技術を磨いた。それをデジタルカメラや医療機器、半導体製造装置と結合することによって同社は成長を実現した。いずれにも共通するのは、微細なモノを“見える化”する技術の創出だ。そうした強みに集中することによって、キヤノンは成長を加速することができるだろう。
キヤノンの底力を示す第2四半期決算
第2四半期の決算において、キヤノンはモノづくりの底力を世界に示したといえる。売上高は前年同期比で13.3%増の9,988億円だった。経費率は36.6%、前年同期から2.0ポイント低下した。営業利益は同27.4%増の985億円だった。営業利益率は9.9%と前年同期の8.8%から上昇した。コストの削減を徹底しつつ、製品の価格を引き上げることによって同社は収益の増加を実現した。
事業ごとに収益状況を確認すると、インクジェットプリンターなどを手掛けるプリンティングをはじめ事業ポートフォリオ全体で収益は増えた。特に、カメラやネットワークカメラなどを生産するイメージング、CTやMRIなどの機器を扱うメディカル、半導体生産に使われる露光装置などを生産するインダストリアルの収益の増加が顕著だ。キヤノンは、世界経済の最先端分野で事業の成長を加速させることができていると評価できる。
イメージングの分野では、防犯カメラや生産現場や家庭でのインターネット・オブ・スィングス=IoT機器の導入が世界全体で増える。世界全体でAI=人工知能が動作を検知し、画像データを分析するネットワークカメラ需要は伸びるだろう。また、新型コロナウイルスの感染再拡大の長期化などによって、世界全体で健康に関する人々の意識は高まった。より鮮明な画像を用いた診断の需要は拡大するだろう。
そうした需要を獲得するために、キヤノンは新しい画像処理を可能にする製造技術を磨いている。一例に、同社は「SPAD(Single Photon Avalanche Diode)センサ」を開発した。SPADセンサは、より感度が高く、暗いところでの撮影を可能にする。それによって、ネットワークカメラ、車載用の画像処理センサ、医療機器などの機能向上が期待される。光学系の製造技術向上は半導体製造装置の生産にもプラス効果を与える可能性が高い。以上をまとめると、キヤノンは“見える化”を可能にする製造技術の強化に取り組むことによって、世界から必要とされる機器を生み出した。それが需要を創出し、業績は拡大したと考えられる。
業績の上方修正が示す稼ぐ力の向上
キヤノンの稼ぐ力は着実に向上していると考えられる。その裏返しとして、同社は2022年12月期の業績見通しを引き上げた。売上高は前回予想から1,000億円上方修正され4兆800億円に達する見通しだ。営業利益は3,760億円と前回予想から160億円引き上げられた。
現在、世界経済の環境は悪化している。ウクライナ危機などによって世界経済は脱グローバル化している。ロシアが欧州各国などに供給する天然ガスや石炭、穀物などの量が減少した。4月から5月にかけて中国ではゼロコロナ政策が徹底された。その結果、4〜6月期、業績が伸び悩み始める日本企業が出始めた。現在、ゼロコロナ政策の最悪期は脱し、中国の生産活動は徐々に持ち直している。ただし、不動産バブル崩壊の負の影響は深刻化し、経済成長率は低下傾向だ。
欧州ではノルドストリーム1を通して供給される天然ガスの量が大きく落ち込んだ。経済活動に大きな足枷が生じている。各国の企業が需要を満たすことは難しくなっている。4〜6月期の米国では、実質GDP(国内総生産)成長率が前期比年率換算で0.9%減少した。2期連続のマイナス成長によって米国は景気後退に入った。
そうしたなかにあっても、キヤノンはモノづくりの力を磨き、設計・開発から、生産、販売までを自己完結し、収益力を高めている。それを支えるのは、常に自社の強みを新しい分野で発揮しようとする企業の風土だろう。例えば、4〜6月期のメディカル事業の営業利益は前年比で125%と大きく増えた。2016年にキヤノンは6,655億円で東芝の医療機器事業を買収した。
その後、キヤノンはPMI(ポスト・マージャー・インテグレーション、買収後に組織の意識、経営風土、業務を統合すること)を迅速に進めた。それによって2つの組織が一つにまとまり成長を目指す事業運営体制が確立された。SPADセンサなど新しい光学系の製造技術と、医療機器の新しい結合も目指されたはずだ。その結果として、キャノンは高付加価値の製品を生み出した。それが、値上げによるコスト吸収を可能にしている。同じことはネットワークカメラ事業などにも当てはまる。
成長加速に欠かせない国際分業などの強化
今後の展開として注目したいのは、キヤノンが他企業との関係を強化し、国際分業などを強化する展開だ。事業運営の効率性の向上をいかに実現するかが、国際競争に勝ち残る力に決定的に影響するだろう。今後、先端分野の需要は増える。例えば、自動車の自動運転技術や医療機器の性能向上のためには、新しい画像処理センサが必要だ。キヤノンが画像処理センサなどの設計・開発に集中することは、成長の加速に寄与する可能性が高い。
良い例が世界で唯一、極端紫外線(EUV)を用いた半導体の露光装置を生産するオランダのASMLだ。同社は分業によって高成長を遂げた。ASMLは主に装置の機能発揮を支えるソフトウェア開発に集中した。ASMLはレンズをカールツァイス、制御装置はフィリップスなどから調達している。分業によって、キヤノンは見える化を可能にする技術(ソフトウェア)の設計・開発に集中できるだろう。その上で、機器の生産を他の企業に外注する。それによって、財務面の負担は軽減され、これまで以上のペースで成長が加速する可能性が高い。
徐々にキヤノンはそうした事業運営体制を視野に入れているようだ。半導体製造装置分野で、同社は大日本印刷、キオクシアと超微細半導体の共同開発を強化している。その上で、新しい製造装置の生産を精密機械メーカーに委託することによって、キヤノンは新しい製造技術の創出を加速することができるだろう。それは、ビジネスチャンスの獲得に無視できない影響を与える。日米の両政府は次世代の半導体生産を目指して共同研究体制を強化する。
その背景の一つには、台湾海峡の緊迫感の高まりが大きく影響している。半導体製造装置分野でキヤノンの収益機会は増える可能性が高い。その一方で、中国では共産党政権が半導体メーカー、工作機械メーカーなどに産業補助金を支給して競争力の向上に取り組んでいる。激化する競争環境に対応して強みを磨くために、分業や連携の強化は避けて通ることができない。さらなる成長の実現を目指して、キヤノンが国際分業や他企業との連携を強化する展開を期待したい。
(文=真壁昭夫/多摩大学特別招聘教授)