「現象の裏にある本質を描く」をモットーに、「企業経営」「ビジネス現場とヒト」をテーマにした企画や著作も多数あるジャーナリスト・経営コンサルタントの高井尚之氏が、経営側だけでなく、商品の製作現場レベルの視点を織り交ぜて人気商品の裏側を解説する。
コロナ禍が続くなか、3年ぶりに感染拡大防止に伴う移動制限がなかったお盆時期(8月13日~16日)。会社のお盆休み(夏季休暇)や各人の夏休みに、実家に帰省したり旅行に出かけたりした人もいるだろう。
大都市でも地方の町や村でも、国内なら全国どこでも見かけるのが「自動販売機」だ。
実は、自販機の設置台数は年々減っている。業界団体の日本自動販売システム機械工業会の「自販機普及台数」調査によれば、国内の自販機は270万8000台(前年比98.6%)となっている(※)。その8割強を占めるのが飲料自販機で、225万4400台(同98.7%)だ。
※同調査では、自動サービス機(両替機や自動精算機、コインロッカー等)も集計し、合わせた数字を400万3600台と公表。こちらの数字がメディアで紹介されることもある。
一方、飲料総研の調べによる「自販機チャネル」の変遷では、清涼飲料市場における同チャネルの近年のピークは、2005年から2008年頃まで。当時は自販機販売比率が35~36%あったが、2020年、2021年の同数値は24%まで下がっている。
とはいえ、飲料自販機は今でも巨大市場だ。メーカー各社も手をこまねいているわけではない。今回は積極的に仕掛けるサントリー食品の事例を紹介しながら考えてみたい。
飲料自販機市場が縮小した3つの要因
「飲料の自販機市場が縮小傾向にあるのは事実で、理由も浮き彫りになっています」
サントリー食品インターナショナルで自販機事業を担当する森新(もりあらた)さん(VM事業本部 マーケティング部)は、こう話す。その理由は、次の3点だという。
(1) 「飲料を買う場所」の多様化
(2) 自販機「設置場所」の飽和
(3) 「消費者行動」の変化
「(1)は、たとえば以前なら飲料自販機が中心だった郊外の土地にも、コンビニやミニスーパーなどが進出しています。消費者の方にとって、飲料を購入する場所が多様化したのです。(2)は、商店街や住宅街は設置に適した場所が少なく、飽和状態になりました」(森さん)
2020年から始まったコロナ禍で、通勤や通学日数が減り、各業界に影響が出ているのはご存じのとおりだ。外出機会減少で、飲料自販機も都心やターミナル駅前では苦戦した。
「そうした消費者行動の変化が(3)ですが、在宅時間が増え、さまざまな商品のEC購入も増えました。飲料もECでまとめ買いして宅配してもらう人が一定数います」
自販機の立ち寄り頻度増を目指した「ボスマート」
こう説明する森さんは、自他ともに認める“自販機LOVE”の人だ。「1日1企画」を自らに課し、自販機の魅力度アップを考えるという。その情熱が実ったヒット事例も多い。
その1つに、「ボスマート」という“自販機小売店”がある。サントリー自販機の横に、お菓子やパンやカップ麺の商品が入る棚を置く。設置場所は基本的に法人の事業所内だ。
利用者の使い方は、「最初に好きな商品を棚から取る→選んだ商品を自販機で支払う、その自販機で清涼飲料も買える」という流れだ。軽食+飲料が同じ場所で購入できる。
「実は、オフィスの自販機で買う時間帯は『朝の8時から9時』が圧倒的に多い。“朝に立ち寄る小売店”なのです。そこで、朝以外の時間帯にも立ち寄っていただくキッカケを考えました。そうなると、飲料だけでは厳しいな、と。飲料と親和性が高く、手軽に購入できる軽食を考えたのです」(同)
実現までのハードルもクリアして特許も取得。テスト導入期間を経て、2022年3月末から本格スタートすると、大ヒットとなった。サントリーによれば「全国1万台、導入後継続率99%」(※)だという。
※1万台=2022年5月末時点。99%=ボスマート導入後継続率調査。2021年1月~6月。対象台数6161台の調査結果による
「たとえば、都心の高層ビル上階に入居する会社だと、下に降りるまでのエレベータがなかなか来ない、という不満も聞きます。逆に不便な立地にある会社では、コンビニまで遠いといった環境にあります。そこでボスマートは、『徒歩0分マーケット』で訴求しています」
2人利用で飲料がタダ、「社長のおごり自販機」
これ以外に「社長のおごり自販機」も開発した。
「その自販機で欲しい飲料を選び、専用タッチ部分に2人でICカードの社員証をタッチすると、1本ずつ飲料が無料になる仕組みです」
職場のコミュニケーション活性化を目的に、今年5月から全国展開を始めた。飲料費用は設置先の法人負担で、会社の福利厚生の一環だが、「社長のおごり」のネーミングがユニークだ。スタート前の実証実験では、文具やオフィス家具で知られるコクヨが協力した。
もともと発想の起点は「自販機が大好きなので、オフィスの真ん中に置きたかった」のだという。自販機が中心に来るシーンを思い巡らすうちに、この自販機に結実していった。
「自販機は、1人では黙って使いますが、誰かと一緒に使う場合は会話が多いのです」
森さんは“挨拶以上、食事未満”というキーワードでも説明する。
「ふだん挨拶する程度の同僚をランチに誘うのは気が重くても、自販機に誘うのなら気持ちも楽でしょう。多くの職場で、かつては『タバコ部屋』(喫煙ルーム)が社内の情報交換の場だったように、ちょっとしたおしゃべりの場になれないか、とも思いました。実際に、この自販機の導入先からは『近未来のタバコ部屋だね』という、うれしい言葉も頂きました」
ちなみに、「社長のおごり自販機」が使えるのは、あくまで2人まで。3人以上は自販機が詰まってペットボトルを取り出せなくなる、という構造上の理由で“おごり”とならない。
また、ICカード社員証を導入していない企業には専用カードの提供で利用できるという。
「機能的価値+情緒的価値」で可能性を広げる
一連の説明を聞きながら、いくつかのキーワードを思い描いた。
最初に紹介した「ボスマート」は、オフィスで働く人の不満や不便(エレベーターが来ない、店まで遠い)を解消するものだ。昔から言われる「不満あるところにビジネスあり」の解決策でもある。マーケティングの視点では「機能的価値」の要素が強い。
次に紹介した「社長のおごり自販機」は、自販機をきっかけにしたコミュニケーションを目指すものだ。コロナ禍以降、リモートワークの普及や時差出勤などで「久しぶりに同僚とリアルで会った」という人も多いだろう。自販機の前で会話が弾めば、職場の雰囲気も良くなる。こちらはマーケティング視点では「情緒的価値」となる。
「これまでの自販機営業の基本は、『ぜひ、ウチの自販機も置いてください』でした。でもコロナ禍で、出勤する従業員が減ると自販機の需要も減り、『5台もいらないから3台に減らすか』という判断にもなりかねません。
それを『社員同士のコミュニケーションになります』と付加価値をつけた自販機で提案すると、興味を持ってくださる企業が多い。これまで総務部門などが窓口になることが一般的でしたが、経営者の方にも話を聞いてもらえるようになりました」
価格競争に乗らず、いかに付加価値をつけるか
少し引いた視点で、飲料自販機を考えてみたい。
森さんによれば「飲料自販機のコアバリュー(中核となる価値観)は、『場所が近くて、中身が冷えている(温まっている)』だという。「ブランドが約束するもの」にあたる。
学生時代に運動系の部活をやっていた人なら、終了後の飲料自販機は「ノドを潤した」記憶とつながる人も多いだろう。先輩やOB・OGにおごられた経験を持つ人もいるはずだ。
ただし、近くて便利なのは魅力だが、自販機の飲料価格は安くない。たとえば、職場に自販機があっても、自宅近くのスーパーやドラッグストアで安く買った飲料を持参して出勤する人も目立つ。多くの商品の値上げが続くご時世では、消費者は生活防衛を行うだろう。
「設置までの人件費、機材代やメンテナンス料もかかる自販機は、価格戦略をとれるチャネルではありません。だからこそ、別の魅力を打ち出す必要があります。他の小売業、たとえばコンビニは、弁当やスイーツ、ドリップコーヒーなど多くの商品の魅力を高めてきました。一方で飲料自販機は、ほぼ飲み物しか提供してこなかったのです」
「ボスマート」の設置場所による売れゆき状況は、消費者心理を知る好事例だ。
「販売するお菓子は、休憩時間が15分など短い職場では売れます。秋以降になるとカップ麺の販売も増えます。小腹を満たすだけでなく、温まりたい気持ちもあるからです」
移動でき、少ない日販でも成り立つ“小売店”
低価格訴求では分が悪い飲料自販機だが、別の優位性がある。
「“移動できる小売店”の視点では、多様な場所に出店や移設しやすい特徴があります。大手コンビニに比べると、少ない日販でも成立できる業態です。そうした機動性があるため、きめ細かいニーズに応じて自販機サービスを展開することが可能です」
現在の「飲料メーカー専用自販機」で、首位は「コカ・コーラ」の約75万5000台だ。2位の「サントリー」(約37万8000台)を引き離すが、2位メーカーの取り組みは熱い。
軽食では、今でも各地に残る「昭和レトロ自販機」も人気だ。ハンバーガーやうどん、そばなどが懐かしい機械で調理される様子は、テレビで放送されることが多い。筆者も利用経験があるが、出てくるまでのワクワク感もあり、思い出に残る。これもまた情緒性だ。
サントリーは地下水の水源を守る活動にも力を入れ、「サントリー天然水」ブランドでも訴求する。今後、川上から川下までの取り組みを自販機提案に取り入れる手もあるだろう。
「ボスマート」や「社長のおごり自販機」は、成熟市場の活性化としても興味深い。コカ・コーラの“赤い自販機”をどこまで追えるか。“青い自販機”の動向に注視したい。
(文=高井尚之/経済ジャーナリスト・経営コンサルタント)