任天堂の業績が頭打ちになりつつある。2022年4~6月期の連結決算は売上高が前年同期比4.7%減の3,074億円、営業利益は同15.1%減の1,016億円だった。その一つの要因は、世界的なヒットを実現した「ニンテンドースイッチ」の販売減少だ。世界的な半導体の不足、中国経済の成長率低下や米国の大幅な追加利上げによる世界経済の後退懸念の高まり、コロナ禍における巣ごもり需要の一巡などによって、世界的にゲーム機の需要が減少し始めている。
任天堂は、事業運営体制の変革を加速すべき局面を迎えている。同社は花札メーカーとして創業した。その後はトランプの製造に進出し、世界的なゲームメーカーへ劇的な自己変革を遂げた。世界のゲームやIT先端分野では、クラウド・コンピューティングを軸にしたビジネスモデル構築を目指す企業が増えている。その状況下で任天堂に期待したいことはソフトウェアの創出力にさらに集中し、世界を驚かせる楽しさを生み出すことだ。経営陣がどのようにしてそうした事業運営体制を整備するかに注目が集まる。
ニンテンドースイッチのヒットと需要の飽和
2017年に発売されたニンテンドースイッチは世界的なヒットを遂げた。それによって任天堂の業績は急速に拡大し、2021年3月期の連結決算では純利益が4,803億円の過去最高益を更新した。「あつまれ どうぶつの森」のヒットなどニンテンドースイッチで楽しむソフトウェアの販売増加が業績の拡大をけん引した。
それに加えて、世界的に新型コロナウイルスの感染再拡大が長期化し、各国で動線が寸断されたことも任天堂の収益増加の追い風となった。自宅で過ごさなければならなくなった人が世界各国で急増した結果、世界的にニンテンドースイッチなどのゲーム機とソフトに対する需要が急拡大したのである。その状況下、任天堂は「リングフィット アドベンチャー」など、より強いゲームの埋没感を消費者に与えることによって需要を喚起した。ここに任天堂の強さがある。
しかし、その後は徐々に任天堂の業績は伸び悩み始めた。その背景には複数の要因がある。最大の要因は、世界全体でゲーム機の需要が飽和し始めたことだ。2021年11月に任天堂はスイッチの販売見通しを下方修正した。その理由の一つは、巣ごもり需要が一巡してゲーム機に対する需要の拡大ペースが鈍化し始めたことだろう。ニンテンドースイッチに使われる汎用型の半導体の不足が深刻化したことも大きかった。
中国では景気減速も鮮明化した。2022年2月24日にウクライナ危機が発生して以降は、世界的にエネルギー資源などの価格が一時急騰し、世界的に物価の上昇が鮮明化した。米国では大幅な追加利上げによって個人の消費が徐々に鈍化し、ゲーム機需要に対する下押し圧力は一段と強まっている。2022年4~6月期の連結決算では、ニンテンドースイッチなどハードウェアの販売台数が前年同期比22.9%減、ソフトウェアも同8.6%減少した。円安の効果によって純利益がかさ上げされてはいるが、ニンテンドースイッチのヒットによる収益の増加ペースは頭打ちになっている。
楽しさの創造という強み
このように考えると、任天堂の強さ=コア・コンピタンスは、楽しさの創造にあると考えられる。これまで任天堂は新しいゲーム機を自社で開発し、専用のソフトウェア供給体制を強化した。それによって同社はこれまでにはないゲームの楽しさを世界の消費者に提供した。そのヒットによって業績の拡大を実現してきた。過去のゲーム機を振り返ると、ファミコン、スーパーファミコン、Wii(ウィー)など、いずれも従来のゲーム機が実現できなかった満足感を人々に与えた。その上で、ソフトウェアの販売が増加して任天堂は成長を実現した。ニンテンドースイッチの需要が伸び悩み始めたことは、任天堂が新しい収益の柱を確立しなければならない局面を迎えていることを示唆する。
その一方で、任天堂を取り巻く事業環境は急激に変化している。例えば、世界のIT先端分野では一定の料金を支払い続けることによってサービスを利用し続けるサブスクリプション型のビジネスモデルが行き詰まり始めている。その一方で、米国のグーグルやアマゾン、マイクロソフトはクラウド・コンピューティングの需要をより効率的に取り込むために、ビジネスモデルの変革を加速させようとしている。
そうした変化を成長のチャンスにつなげるためには、新しい発想が必要だ。一つの取り組み案として、任天堂にはこれまで以上にソフトウェア開発に集中する発想があってよい。やや長めの目線で考えると、世界のネット業界は個々人がブロックチェーンで自らのデータをより能動的に管理するウェブ3.0の世界に向かう。ウェブ3.0の時代が到来すると、わたしたちは常時ネット空間とつながる。
その際、個々人の分身であるアバターがネット空間で多種多様な人と交流する。ゲームの世界と日常の生活の融合は加速するだろう。新しい楽しさの創造に一段と集中することによって、任天堂がクラウド時代のゲーム・コンテンツの創出面で世界的な競争力を発揮することはできるはずだ。
任天堂に求められる発想の転換
それは、ウェブ3.0の時代を構成する一つの要素であるメタバースの分野で、任天堂が成長を実現する大きな足掛かりになる可能性を秘めている。その一方で、ハードウェアの開発に関しては他の企業との協業がさらに強化されるとよいだろう。具体的に想定されるのは、スマートフォンやパソコンなどを手掛ける企業とのアライアンスを強化しエンターテイメント関連の機能の強化を図ることだ。それによって任天堂は、スーパーマリオなどを生み出したソフトウェア創出力の強化に一段と集中できるだろう。
また、任天堂と共働する企業は、任天堂がどのようにして消費者のスイートスポットを突くゲーム機を生み出してきたかを学ぶことができるようになるはずだ。IT先端分野を中心に企業の競争は激化する。それによってヒット商品のライフサイクルは短期化する可能性が高い。企業が生き残り、持続的に高い成長を目指すためにはいかにウィン・ウィンの関係を強化することができるかが決定的に重要になるだろう。
任天堂は、発想の転換を目指すべき時を迎えている。任天堂は花札メーカーとして創業し、その後はプラスチック製のトランプメーカーに転身を果たした。さらに、テレビゲームメーカーへ業態を転換することによって任天堂は高い成長を実現した。
その後の事業運営の歴史を確認すると、任天堂はゲーム機がヒットすると業績が拡大するが、ヒットが一巡すると業績が伸び悩むという展開を繰り返した。世界のゲーム業界ではIT先端企業によるモバイルゲームメーカーの買収が増加したり、スタートアップ企業による新規参入が増えたりするなど、競争が急速に激化している。そのなかで任天堂が強みを発揮するためには、強みを発揮できるソフトウェアの開発に集中する発想が一段と必要になるだろう。ニンテンドースイッチのヒットという成功体験に浸ることなく、同社の経営陣が新しいビジネスモデルの確立を目指す展開を期待したい。任天堂にはそうした変革を自ら実現する実力があるはずだ。