筆者が「インドネシアへ行く」と周囲の人間に言うと、だいたい「バリ島へバカンスですか?」などと冗談半分の答えが返ってくることが多いのだが、おそらく多くの人のイメージは「インドネシア=バリ島=南の島のリゾートでバカンス」というものになるだろう。
しかし、ASEAN(東南アジア諸国連合)内では、インドネシアはトップのタイに次ぐ2番目の自動車生産拠点となっている。そして、マーケットとしてはまだまだ成長途上ではあるものの、ASEAN最大規模の自動車市場とまでいわれている。しかし、タイ同様に自国の量産ブランドは持っておらず、主に日系ブランドモデルの現地生産を行っている。
また、インドネシア国内で販売されている日本車を見ても、インドネシア国内生産車のほか、マレーシア、タイ、インドなどからも完成車が輸入され、販売されている(インドネシア生産車も、もちろんASEAN各国へ出荷されている)。また、トヨタ「アルファード」などの高額な一部日本車は、日本から完成車が輸入され販売されている(日本に比べるとかなり高い)。
GAIKINDO(インドネシア自動車工業会)統計によると、2022年1月から7月までの累計新車販売台数は56万1287台。コロナ禍前の2019年1月から7月までの累計新車販売台数が57万1351台なので、2019年比で約98%と、コロナ禍前の勢いをほぼ取り戻しているといっていいだろう。コロナ禍になってからは自動車に課税する“奢侈税”の減免などを行い需要喚起していたことなどもあり、これが功を奏しているようである。
インドネシア市場は“日本車の楽園”とも表現できるほど、日本車が圧倒的に強い市場となっている。たとえば、2022年1月から7月までの累計新車販売台数における日本車の販売シェアは約9割超と、インドネシアでは圧倒的に日本車が売れているのだ。ちなみに販売トップはトヨタで、トヨタブランド単独のシェア(2022年1~7月)は約31%となっている。
中国・韓国ブランドの存在感が拡大
今回訪れたのは、GIIAS(GAIKINDOインドネシア国際オートショー)2022となり、首都ジャカルタ近郊タンゲランのBSDシティという、日本企業も参画している、新興開発地区にあるICE(インドネシア・コンベンション・エキシビジョン)というコンベンションセンターで開催された。
なお、ジャカルタエリアでは、春先にジャカルタ市内のコンベンションセンターでIIMS(インドネシア国際モーターショー)という、GIIASとほぼ同規模の自動車ショーも開催されている。
前述したように、インドネシアでは日本車の販売シェアが90%を超えているので、コロナ禍前は、ショー会場内の展示ブースは見渡す限り、広大な面積のものも多い日系ブランドブースばかりという印象だった。しかし、コロナ禍となってから日本が“鎖国”に入ったり、GIIAS自体も本来は毎年開催なのだが、2020年は新型コロナウイルス感染拡大で中止を余儀なくされており、3年ぶりにGIIASの会場を訪れると、その風景はガラリと変わっていた。
コロナ禍前は乗用車では2ブランドしかなかった中国系ブランドが計4ブランドに、コロナ禍前には極小ブースを構えていた韓国の現代自動車(以下、ヒョンデ)ブランドが、インドネシア国内トップシェアのトヨタブランド並みの広さのブースを構えていた。このような変化のために商用車ブランドは全体でブース面積が縮小しており、その分が乗用車ブース全体の面積拡大に使われていたようで、それは韓国や中国メーカーに割り振られたような印象を受けた。
欧米ブランドは、アメリカンブランドはひとつもなく、欧州系ではコロナ禍前は一番人気だったメルセデスベンツは“大人の事情”という情報もあったが出展しておらず、BMWは相変わらずやや小規模な展示スペースを丸々1棟、BMWとBMW MINIブランドブースとして“BMW村”を形成していた。あとは、アウディ、VW(フォルクスワーゲン)、ポルシェといった各ブランドが小規模なブースを構える程度であった。
ヒョンデはインドネシアに生産工場を建設し、今年春に操業開始したばかりということもあり、大々的にブースを構えたのかもしれない。ただ、その現地工場では、日本でもラインナップしているBEV(バッテリー電気自動車)の「アイオニック5」や、今回のGIIASの目玉のひとつであるコンパクトMPV(多目的車)の「スターゲイザー」、そしてインドネシアで販売ボリュームゾーンになりつつあるコンパクトクロスオーバーSUVで新興国専用モデルとなる「クレタ」の3台を現地生産しているとのこと。
スターゲイザーが属するコンパクトMPVは、わかりやすくいえばトヨタ「シエンタ」サイズで3列7~8名乗車が可能なモデルとなる。インドネシアではトヨタの新興国向けコンパクトMPVとなる「アバンザ」が“インドネシアの国民車”と呼んでいいほどよく売れており、その“アバンザキラー”として三菱が「エクスパンダー」を市場投入し、インドネシアだけでなくASEAN全体で大ヒットしている。ヒョンデが“エクスパンダーキラー”としてスターゲイザーを投入してきたのは、バレバレのように見えた。
ちなみに、インドネシアも含め、先代シエンタは見た目が日本仕様とほぼ同じなのだが、最低地上高を高くしたり、MTの設定など細部でASEAN専用仕様としていることもあり、ASEAN全体で大ヒットしており、トヨタはこのカテゴリーでは圧倒的な強さを見せている(新型シエンタも期待大。タイではCNG(圧縮天然ガス)エンジンのハイブリッドユニットが搭載されるとの情報もある)。
エクスパンダーが押しの強い“ダイナミックシールドフェイス”を採用しているのに対し、スターゲイザーは同じくヒョンデの大型ミニバンでコンセプトカーをそのまま市販したような「スターリア」を小さくしたような雰囲気を持っており、見た目はエクスパンダーとは真逆のキャラクターとなっている。
筆者としては、インドネシアでの動きも気になるが、スターゲイザーはまだ発売されていないものの、ヒョンデの大型ミニバンとなり、スターゲイザーのエクステリアのベースになっているともいえるスターリアがバンコクあたりでブレイクしているタイ市場では、発売されればかなりおもしろいことになるのではないかと期待している。エクスパンダーも、ただ後発組に好きなようにさせているわけでもなく、エクスパンダーをベースにSUV色を強めたエクスパンダークロスの改良モデルをGIIAS2022でデビューさせている。
BEVでは影が薄い日本車
ヒョンデの動きのほかに、主催者側から出展者に“電動車”というキーワードが宿題として出されたようで、特にBEVに弱い日系ブランドの存在感が薄まってしまったようである。BEVといえば、強みを見せるのが中国系ブランド。上海汽車系のウーリン(上汽通用五菱汽車)では、インドネシアの現地工場で生産するマイクロBEVの「エアev」の右ハンドルとなる、最終市販モデルをデビューさせた。
ウーリンのマイクロBEVといえば、中国国内で激安価格にて販売されたことで有名な「宏光」があるので、その価格にも注目が集まったが、2 億3800万ルピア(約220万円)と衝撃的とまでは言えない価格であったものの、会場の話題をさらっていた。しかし、そのような中国系ブランドでも、ウーリン以外では、左ハンドルのままのマイクロBEVなど、参考展示のようなBEVが展示されていたのが目立ち、中国系とはいえ展示車両が“BEVメイン”というわけでもなかった。
インドネシア政府としては、国内でのBEV普及というよりは、ASEANでタイに次ぐ今の自動車生産規模を、そのままBEVを含む新エネルギー車でも維持したいと考えているようだ。つまり、世界市場への新エネルギー車の供給基地としてインドネシアを位置付けたいので、新エネルギー車に積極的な姿勢を今回のGIIASで見せたかった、という側面の方が大きいようであった。
つまり、一般消費者レベルでは、まだまだ新エネルギー車が現実的な選択肢とはなっていないようである。圧倒的なシェアを誇る日本車だが、新エネルギー車、特にBEVは苦手なようで、ここインドネシアでも影が薄くなってしまっているのは否定できないようであった。
BEVという新しいカテゴリーも登場し、韓国や中国系ブランドを目立たせてしまったというのは、今後の日本車の地位を考えると、かなり気になる流れのように見えた。
また、それらの動きはジャカルタ市内を走る車を見ても感じられたのだが、それについては次回に詳述したい。