大学の学部以上の学問と研究を深める大学院。院時代の専攻や実績にもよるが、近年では学部卒の人材に比べ、「即戦力として働いてくれる」「思考力、分析力に長けている」と期待し積極的に採用する企業も増えているという。文部科学省が発表した令和3年度の「学校基本調査」における卒業後の状況を見ると、平成22年3月から令和3年3月時点の修士課程修了者の就職者率は71.4%から75.8%、博士課程修了者が61.9%から68.4%へとアップしている。
産業界からの需要が増えつつある大学院出身者だが、実際の労働環境では同僚や上司、部下などから苦言を呈されることが少なくないそうだ。たとえば11月にTwitterへ投稿されたあるツイートが、4000件以上の「いいね」を獲得して話題に。そのツイートでは、「大学院出身者が工場労働者や下働きに対して差別心を抱く」ところを見てしまうと、大学院生よりも高等専門学校卒業者などの人材のほうが使いやすいと指摘されていた。これに対し、
「大学院生はなんか偉そうで工場労働者を馬鹿にしている」
「愛想悪くて印象は最悪」
「プライドが高くて、現場の労働に耐えられずすぐに辞めてしまう」
などという反応コメントも寄せられ、大学院出身者へ良くない印象を持っている層もいるようだ。
もちろん、専門分野や就職先、個人の性格にもよるだろうが、こうした「大学院出身者は使えない」という風潮はどうして生まれてしまうのだろうか。そこで今回は大学ジャーナリストの石渡嶺司氏に大学院生の実情を解説してもらった。
ネックとなるのはやはり周囲との年齢差
石渡氏はまず、大学院出身者の年齢に注目すべきだと指摘する。
「一般的に大学院生はストレートに進学して修了、就職した場合、修士が25歳、博士が20代後半~30代前半となります。そこで高卒が19歳、高専卒が21歳、学部卒が23歳で同期として入社するとなると、かなり年齢差が開いてしまいますよね。これはつまり、大学院出身者は企業が想定している新入社員の年齢とリンクしていない年齢になっているということなのです。
23歳の学部卒であれば、昇進が早い人は20代後半にもなれば主任クラスにまで出世します。一方で博士はもちろんのこと、修士卒がその地位に昇るのは、20代のうちは厳しいですし、年下の先輩社員が後輩の大学院生を指導する、ということも珍しくなくなるわけです。先輩社員側からすると、年上の大学院出身者とは接し方などの距離感が難しいと感じ、仕事の効率を妨げる要因となるので、結果として『大学院出身者は使えない』という言説につながるのではないかと考えています」(石渡氏)
一方、企業側は大学院出身者を高く評価しているという話もある。実際、どのように評価されているのだろうか。
「大学院には勉強好きの学生が進学しているケースが多いので、企業側も大学院出身というだけでプラスとして捉えています。しかも、大学院では座学だけではなく、研究発表会などのためにプレゼンテーション能力も養われるので、企業としては積極的に採用したい人材なんです。
また昨今は学部卒が勉強しなくなり、人事的な評価が下がったという事情も大きいでしょう。2000年代後半までは企業は大学院生を重要視していなかったのですが、2010年代に突入してからは学部卒以上に有力な人材として検討する傾向になってきました。
先述したとおり、年齢差はネガティブな面にはなりますが、一方で人材が多様化している時代でもありますので、年齢差を気にしない企業は増えています。ただ古い体質の企業、たとえば金融業界や商社などは今でも院卒を軽視する風潮は一部であるようですね」(同)
多くの企業や業界で大学院出身者を採用する流れが出来ているようだ。ただ、文系・理系の違いによって採用の基準がまるで異なるという。
「理系の大学院生は、自分の専攻を活かし、専門職、研究職に即戦力として採用されることがありますが、文系となるとそうはいきません。文系の大学院生は専攻をそのまま活かせる職場が少なく、基本的にポテンシャル採用となりますので、即戦力としてカウントされづらいのです。したがって『文系の大学院出身者は、すぐに戦力として使えない=大学院出身者は使えない』と考えられている側面はあるかと思います」(同)
大学院に長く在籍した弊害、周囲からの逆恨み
また、大学院にいた時間や経験も大きく関係してくるという。
「大学院で院生が研究、発表する場には、基本的に年上の指導教員や研究者しかいません。そういう場所に長く身を置いていると、会社で働くときの礼儀、作法、コミュニケーション能力を身に付ける機会が圧倒的に少ないんです。ですから、社会人としてのマナーが身についていないとみなされることも多く、年齢差も相まって偉そうと思われてしまい、『使えない』と思われる風潮につながっていくのではないでしょうか。
また院生は議論が上手な人が多いため、論理的に物事を考えて自分の意見を表明することが苦手な人からすると、大学院出身者のスマートなディベートを目の当たりにし、見下されているような感覚になって逆恨みすることもあるかもしれません」(同)
大学院出身という肩書、高い思考力、プレゼン力、周囲からの印象などなどさまざまな理由によって「大学院出身者は使えない」という言説は生まれているようだ。もちろん個々人によって千差万別ではあるが、残念ながらこうした言説を完全否定できない面もあるだろう。が、企業と大学院出身者のミスマッチによって、大学院生のスキルが上手く発揮されず、周囲との軋轢が発生している可能性もあるのではないか。
「実際のところ、院生を有効活用できているかどうかは、企業によってけっこうバラつきがあるでしょうね。年齢関係なく昇進や給与を考える企業だと上手くいっているケースは多いですが、そうではない年功序列の古い体質の企業だと柔軟に活用できていないというのが現状でしょう。
また学部卒も然りですが、大学院で学んだ内容が必ずしも就職先で活かされるとは限りません。ただ学部卒の人だと在学中に学んだ内容が仕事にリンクしなくて当然と思う場合が多いですが、大学院生となると少しでも研究テーマに関連する企業に入社したいという想いが強いのではないでしょうか。ですからそういった理想と現実のギャップに悩み、早々に退職する大学院出身者もおり、そうなるとまた『大学院出身者は使えない』という風潮に拍車をかけてしまうのかもしれません」(同)
職場の同僚らから「使えない」という感想を抱かれがちな大学院出身者。確かに一理あるのかもしれないが、同僚の嫉妬や誤解というケースもあれば、企業側がうまく活用できていないというケースもあるのではないだろうか。
(取材・文=A4studio)