昨年11月5日、米テスラ製EV(電気自動車)が、中国広東省潮州市にて時速198kmという猛スピードで暴走した末に衝突事故を起こし、死者を出してしまうという凄惨な事件が発生した。事故を起こした運転手の家族がSNSで語ったところによれば、道路脇に駐車しようとした際にブレーキペダルの故障に気づき、とっさにハンドルを切って道路に出たところで突然車が急加速してしまったという。SNS上では事故映像も公開されており、そこには車が急加速して事故を起こす様子が確かにおさめられていたのだ。
この衝撃的な事故は世界中で動揺を持って報じられた。そこで今回は、なぜEVの暴走が起きてしまったか、テスラのEVが抱えるリスクなどについて、カージャーナリストの国沢光宏氏に話を聞いた。
「事故原因はドライバー側」というテスラ社の主張に潜む疑問
今回中国で起こった事故は、テスラのミッドサイズ電動SUVである「モデルY」。テスラは事故に関して、「事故車両の走行データを分析した結果、ブレーキランプなどがついていなかったことがわかった」「ドライバーがブレーキを踏まなかったため制動できなかった」と指摘し、自社の車に責任はないといった趣旨の主張を展開。だが国沢氏いわく、この回答だけでは説明できない不審な点があるという。
「テスラの『自社の車に不備はなく、事故はドライバー側の未熟運転が原因だった』とも取れる主張と、ドライバー側の『ブレーキが作動せず、急加速した』という主張が真っ向から対立しているうえ、中国の地元警察が事故原因を調査中ということもあり、現時点で事故の真相は明らかにされていません。
ですが、今回の事故の争点となっている突然の急加速という部分については、テスラが回答していないことに着目すると、事故の原因を予想することは可能です。事故動画を見ると、車は当初ゆるゆると減速していたので、ドライバー側の『ブレーキが作動しなかった』という主張と照らし合わせるなら、おそらくブレーキを踏んでいても完全停止しなかったということではないでしょうか。そして車はなぜか突然アクセルをベタ踏みしたかのような急加速をし、しかもそれが数秒間続いて衝突に至っています。もちろんドライバーが間違ってアクセルを踏んだ可能性はゼロではないでしょうが、止まろうとしていた車が突然急発進し、しかも長時間加速し続けるというのは、前後の状況から考えてアクセルまわりの電気信号の異常を疑いたくなってしまいます」(国沢氏)
国沢氏はさらに、テスラ社側の事故後の不透明な対応を指摘する。
「ほとんどの車は、事故を起こす数秒前の動作を示すイベントデータレコーダーという機能を搭載しているのですが、テスラは今回の事件でこのデータを公表していないのです。『自社の車に異常はなかった』という主張を展開するならば、真っ先にイベントデータレコーダーの内容を開示すべきなのですが、開示していないのでとても違和感を覚えます」(同)
自動運転システムに不具合が相次ぐテスラ社製EVの実態とは
今回の事故に限らずテスラ車は近年、大きな事故や不備を頻繁に起こしており、不信感が高まっているという。
「2016年5月、アメリカのフロリダ州で『オートパイロット』という運転支援システムを作動させていたテスラの『モデルS』が、ハイウェイを横切ろうとした大型トレーラーと衝突する死亡事故が起きました。この事件の際、テスラは『トレーラーの車体側面をトレーラーと認識することができず、ブレーキが作動しなかったのではないか』という趣旨の発表をしています。
これは、『モデルS』に搭載されていたカメラセンサーの誤作動を指しているのですが、実は当時の『モデルS』のセンサーにはカメラセンサーに加えて、他ブランドのEVのほとんどが搭載しているミリ波レーダーも搭載していました。このレーダーは物体との距離を判断する、カメラセンサーとは違うロジックのシステムなので、この説明には当時多くの業界関係者や自動車好きが疑問を持ったのです」(同)
この「オートパイロット」には、ほかにもファントムブレーキと呼ばれる、センサーが誤作動して勝手にブレーキがかかる不具合があり、これまでに多くのテスラオーナーから報告されている。
「このファントムブレーキ現象は、テスラが半導体不足を理由に21年5月に『モデル3』『モデルY』へのミリ波レーダー搭載をやめてから急に増え出したと噂されています。テスラは『ミリ波レーダーよりカメラ機能のほうが優秀だから変えた』という趣旨の説明をしていますが、多くの業界関係者やテスラオーナーからは、安全性よりもコストの安いカメラに特化させたのではないか、という疑いが相次いでいるのが実情です。実際、米運輸省道路交通安全局(NHTSA)のサイトには同現象への苦情が殺到しており、22年2月には同局がテスラに説明を求めましたが、回答はありませんでした」(同)
低価格で環境に優しいとされているが、購入にはリスクも
今回の事故は中国で起きたが、日本で走っているテスラ車でもこうした事故は起き得るのだろうか。
「どこの国でも起こり得る事故だと思います。実は、こうした事故や不備が相次いでいるにもかかわらず、その原因がイマイチ不透明というパターンが頻発していることもあり、カー雑誌など多くの車関連のメディアは、テスラ車をあまり紹介したがらない雰囲気が蔓延しています。お手頃な値段ではありますし、不透明な不具合が起きる可能性を承知のうえで購入するのであれば止めはしませんが、テスラ車購入は個人的にはリスキーな選択だと思いますね」(同)
自動運転技術や脱炭素社会の大きな要因になると期待されているテスラのEV。ロマンあふれる製品コンセプトを打ち出しているが、同社にはこうした事故や不具合への懸念の払拭にも尽力してもらいたいものだ。
(文=A4studio)