「現象の裏にある本質を描く」をモットーに、「企業経営」「ビジネス現場とヒト」をテーマにした企画や著作も多数ある経済ジャーナリスト・経営コンサルタントの高井尚之氏が、経営側だけでなく、商品の製作現場レベルの視点を織り交ぜて人気商品の裏側を解説する。
新しい年がスタートし、昨年とは違う「自分らしさ」を考える人も多いだろう。コロナ禍4年目となり、街の景色はコロナ前に近づきつつある。人流も増え、ビジネス現場の服装も、以前に比べてジャケットやスーツ姿が多くなってきた。
「会社に来る同僚や取引先の方も増えたので、出勤時はそれなりにきちんとした格好をし、身だしなみに気を使うようになりました」(都心で働く男性会社員)
そこで今回は、消費者の「美容意識」に焦点を当ててみた。女性だけでなく男性の関心も高まり、ヘアケアやスキンケアなどの意識が変わってきたからだ。
専門メディアが提唱する新たな動きを紹介しながら、業界の横顔や世代別の消費者心理も考えたい。
美容室が増え、理容室が減少するワケ
まずは業界の横顔をデータで紹介しよう。
■「2020年の美容室・理容室」の店舗数 ()内は備考
美容室 25万7890軒(過去最高)
理容室 11万5456軒(さらに減少)
(出所:厚生労働省「令和2年度 衛生行政報告例」)
同調査によれば、美容室は年々増えており、2020年は過去最高を記録(前年比101.4%)したのに対して、理容室はさらに減少した(同98.5%)。ちなみに1989年は「美容室18万5452軒」「理容室14万4522軒」だったという。
「若い女性にとって、美容師は日常生活でも身近で、『なりたい』と思う職業のひとつです。木村拓哉さんが美容師役を演じた人気ドラマ『Beautiful Life~ふたりでいた日々~』(TBS系列で2000年放送、2023年1月に一夜限りの復活)や、その昔のカリスマ美容師ブームのように、繰り返し話題を呼ぶのもあるでしょう。
東京なら原宿や表参道など人気エリアの美容サロンに行き、街の雰囲気と合わせて楽しむ傾向にあります。都心部を中心に店舗も増えています」
花上哲太郎氏(美容経済新聞社社長)は、こう解説する。
女性が美容室(美容系サロンを含む)を利用するのは一般的だが、多くの若い男性も美容室を好む。筆者の見解では、中年になると男性は理容室(1000円前後のカットハウスを含む)にもシフトするが、昔ながらの理容室は年配者によって支えられている――と感じる。
3つに分かれる「美容商品の購入チャネル」
エステティックサロンに詳しい花上氏に、美容エステの現状も聞いてみた。
「近年は気軽に体験できる店が多く、若い女性の利用が増えました。料金もたとえば12回コースで50万円といった内容より、1回利用の“つど払い”も多くなり、店の敷居が低くなったのもあります。もちろん主流は、可処分所得の高い40~50代の女性ですが、男性の利用も増えています。施術別の人気は、フェイシャル、ボディ、脱毛の順です」(同)
花上氏によれば、消費者が美容商品を購入するチャネルは、大きく3つに分かれる。
(1)百貨店、ドラッグストア、スーパー(BtoC)
(2)ネットやテレビなどの通販(DtoC)
(3)エステサロンや美容室、美容医療など(StoC)
Bはビジネス、Dはダイレクト、Sはスペシャリスト、Cはコンシューマー(消費者)の略だ。(1)と(2)は購入経験のある人も多いだろう。あまり知られていない(3)だが、確実にニーズは存在する。。
「サロン利用客には、自分が信頼できる店で扱う商品を買いたいという方も多いのです。私はIT業界でも仕事をしてきましたが、IT業界と美容業界には共通点や相違点があります。共通点は、現場で働く若い技術者がまじめなことですが、ITとは違い、美容業界は対面接客なので、お客さまの喜びや幸せ(顧客満足)を真剣に考える人が多いのです」(同)
2022年に立ち上げた「エス通オンライン」
美容経済新聞社は長年『月刊エステティック通信』を発行するほか、2022年3月から「エステティック通信オンライン」(エス通)というオンラインメディアを立ち上げた。さらに同年11月1日、『ヘアモード』などを発行する女性モード社(1960年設立)と業務提携し、花上氏が同社の会長に就任した。一連の取り組みの狙いは何か。
「美容業界プラットフォームの拡大運営です。業務提携した両社の知見を生かし、エス通オンラインでは、従来の情報発信に加えて、美容系サロンとメーカーをつなぐ機能を強化しました。美容商品も充実させていきます。業界の関心も高く、すでに美容機器メーカーと化粧品メーカーの約35%、エステサロン約2万店のうち10%(約2000店)が登録しています」
美容系サロンは、地域で勉強会を行ったり、メーカーが主催して集まったりする会合はあったが、個別のサロンが、より幅広い情報や商材に触れる交流は少なかったという。
「美容師や施術者は技術意識が高くても、美容商品の推奨に対しては、あまり熱心ではなく、時には広告内容で商品を選んでしまうこともありました。医療機関の医師が長年の知見で医薬品を処方するように、商品展開も増やして美容技術者の選択眼も高めたいのです」
ライフステージや世代で変わる「キレイの意識」
筆者もかつて化粧品・トイレタリーメーカーで勤務し、ヘアケアやスキンケアなど「キレイの美容意識」と向き合ってきた。特に女性はライフステージによって意識が変わる。
たとえば、20代の独身社会人は美容意識が高く、美容商品への支出も多いが、結婚して子育てに追われると、独身時代のようにはいかない。それが子どもの成長につれて美容に投資できる人も増える――という流れだ。さらに年齢を重ねると、世間話ができるような店も選ぶ。もちろん、個人差や可処分所得によっても異なるが、取材者としての実感だ。
「エステサロンの経営者に聞くと、『定期的に来店される常連客の6割は、身の上相談や愚痴もされる』そうです。リラックスした状態なので、つい本音も出るのでしょう」(花上氏)
一方、男性の美容意識はどうなっているのか。
「メイクをする若い男性も多く、『しっかり決める時は1時間かける』という声も聞きます。美容業界はメンズ市場が拡大しており、牽引するのは20代、次いで多いのが40代です。40代は“オジサン”と呼ばれるのが気になり、周囲の目を意識し始めます」(同)
男性は女性ほど開放的でなく、話す話題も仕事や出張先の地方ネタなどが多いようだ。
お客に合わせて「ヘルスケア」でも訴求
美容業界では、ビューティケア以外にヘルスケアでも訴求している。前述の「StoC」市場では、対面で顧客と向き合う強みが生かせるという。
「常連客に年配の方が多くなれば、店売り品への興味が高まります。たとえば『ひざが痛い』とお悩みの方には、『このサプリメントの評判がいいですよ』と推奨することもできます。もちろん、先ほどお伝えしたように、広告ではなく効能で選ぶ選択眼があっての話ですが」(同)
マーケティングの世界では、「中高年はブランドスイッチをしない」といわれる。これも個人差があるが、長年の購入経験から安易に飛びつかないのと、意思決定が億劫になった一面もあるだろう。IT操作ができても「ネット購入=めんどうくさい」と考える年配者も多い。
家電業界では、ネットや大型量販店ではなく、地元の電器店で買う人もいて、「電球1個でもお届け」をウリにする店も多い。お届け先の他の電化製品の不具合に応えたり、修理を請け負ったりすることでお客の信頼を得て、その店で大型電化製品を買う顧客もいる。
美容商品をサロンから購入するのも、この意識に近いようだ。取り扱うブランドは異なるが、価格だけなら大型量販店で買うほうが安い。それとは違う意識が働くのだろう。
「納得できる情報」をもとに買いたい時代
長年さまざまな業界を取材してきたが、現代の消費者は「商品購入に失敗したくない」意識が強いと感じる。消費が成熟し、商品選択肢が増えたのもあるだろう。
たとえば、100円や200円程度で買えるアイスクリームの新商品でも「味がイメージできるストロベリーなどは人気ですが、少し変化球の味を出しても定着はしません」(メーカー関係者)という話を聞いてきた。一時的に話題を呼んでも、定番化はしないのだ。
アイスなら自分が食べたことのある味(イメージできる)、前述の家電なら、勝手知ったる店や販売員からの購入(この店やこの人なら、と思える)だ。共通するのは「納得できる情報」といえよう。
美容商品についてはどうか。たとえば、もっとも使用頻度が高いシャンプー、コンディショナーやトリートメントなら、自分の髪質に合う商品を探す。加齢によって髪質も変わるので、コスメサイトや友人・知人の意見を参考に商品を変える人もいる。
サロン系商品は、大手メーカー品に比べて知名度はあまり高くない。だが信頼できる美容技術者が選んで推奨すれば、「納得できる情報」としての優位性がありそうだ。
コロナ禍が長引いた結果、対面での交流を求める人も多い。来店客一人ひとりと濃密に向き合うことができる業種や職種は、さらなる顧客満足を考える機会になるだろう。