人格は変わると変わらない、皆さんの考えはどちらに近いでしょうか。この人格観について、心理学では、変わるという考え方を「増大理論」、変わらないという考え方を「実体理論」と呼び、人はどちらか一方の考え方をより強く持つ傾向にあると考えています【註1】。したがって、増大理論の方が強い人は増大理論者、実体理論の方が強い人は実体理論者と呼ばれます。
これらの相反する考え方は人格観だけでなく、知能観や運動能力観などの人間の様々な側面において存在するので、総称して「暗黙理論」と呼ばれます【註2】。信念や推論であり、正しいかどうかを実際に検証したわけではないので、「しろうと理論」「素朴理論」と呼ぶこともあります【註3】。
暗黙理論は人の様々な評価や行動を説明できるため、心理学だけでなく,教育学,法学,精神医学など広範な分野の研究で用いられています【註4】。消費者行動研究ではブランド評価に用いるものが多く、人格観によるブランドとの関わり方の違いがわかってきています。今回はそれらの研究を概観しながら、人格観がどのように影響するのかを説明したいと思います。
ブランド・パーソナリティとは
消費者行動研究では、消費者の特定ブランドとのつながりや関わり方をブランド・イメージから分析するのが一般的です。なぜなら、消費者は自分のイメージや理想とするイメージに合ったブランドを好む傾向にあるからです【註5、註6】。ブランド・イメージを調べるときによく使われるのが「ブランド・パーソナリティ」です。ブランド・パーソナリティは、ブランドには人格があると捉え、人格を表すときに使う形容詞を用いてブランド・イメージを表現したものです。マーケティング学者のアーカーが、1997年に様々なブランドに共通するブランド・パーソナリティとして、「誠実」「刺激」「能力」「洗練」「たくましさ」の5つを発見したことをきっかけに、多くの研究者の注目を集めました【註7】。アーカーは、2001年には他の研究者との共同研究から、日本ブランドのブランド・パーソナリティが「誠実」「刺激」「能力」「洗練」「平和」であることも発見しています【註8】。強力なブランドは、これらのパーソナリティとは別に、多くの人が認める特徴的なブランド・パーソナリティを持っており、そのパーソナリティに魅力を感じる消費者を惹きつけます。人格観を用いた研究でもこのブランド・パーソナリティに焦点を当てています。
実体理論者はブランド経験から自己評価を高める
消費者行動研究において、人格観を最初に分析したのはパークとジョンです【註9】。実体理論者は自分の力では自分の本質(人格)を変えられないと考えるため、魅力的なブランド・パーソナリティを持つブランドの使用によって自己評価を上げようとするのに対し、増大理論者は学習や努力による自己啓発を考えるため、魅力的なブランドを使用することはあっても、それが自分の魅力度を高めるという発想は持たないと考えました。
彼らが行った実験は、参加者(女性)に先に自己評価をしてもらい、続いて「魅惑的」「女性的」「きれい」というブランド・パーソナリティを持つ婦人服で有名なヴィクトリアズ・シークレットのバッグを持ったまま買い物してもらい、一時間後に再び自己評価をしてもらうというものです。結果は予想通りで、実体理論者のみ、ヴィクトリアズ・シークレットのパーソナリティである「魅惑的」「女性的」「きれい」に対する自己評価をブランド経験後に上昇させました。
パークらは、「知的」「勤勉」「リーダー」というブランド・パーソナリティを持つMIT(マサチューセッツ工科大学)のボールペンを使用してもらう実験も行っており、実体理論者のみ使用後に、「知的」「勤勉」「リーダー」に対する自己評価を高めたことを確認しています。実体理論者は、魅力的なブランドの使用を自分の評価を高める機会として捉え、ブランドの使用によってそのブランドのパーソナリティが自分に転移されると考えることがわかります。
実体理論者はブランド経験から実際のパフォーマンスを高める
パークとジョンはさらに、実体理論者は増大理論者よりも、ブランド経験によって自己効力感を高め、それによって実際のパフォーマンスをも向上させることを実証しています【註10】。自己効力感とは、特定状況において目標を遂行する能力についての自己評価、すなわち「自分はできる」という信念のことをいいます。
参加者にアメリカの大学院入学試験(GRE)の問題を30分間で30問解いてもらう実験を行い、30問に含まれる15の難問の正答数を、前述したブランド・パーソナリティを持つMITの名前の入ったペンを使用した場合と普通のペンを使用した場合とで比較しました。その結果、実体理論者のみ、MITペンを使用した方が難問の正答数が高くなったことを明らかにしています。
飲料水を対象とした実験も行っています。参加者に「運動能力の向上」というイメージが定着しているゲータレードとそのようなイメージが弱いアイスマウンテンのどちらかの水を飲みながらハンドグリップを握ってもらったところ、実体理論者のみ、ゲータレードを飲んだときにパフォーマンスが上昇したことを明らかにしています。実体理論者は、パフォーマンスや知性と関連するイメージを持つブランドの使用・消費によって自己効力感を高め、その前向きな気持ちがパフォーマンスの向上につながったことも確認しています。
人格観によって好まれるブランド広告のメッセージは異なる
パークとジョンは、ブランド広告で示されるメッセージの分析もしています【註11】。実験では、まず前述したヴィクトリアズ・シークレットのブランド・パーソナリティに対する参加者(女性)の関心が高いことを確認し、続いてこのブランドの広告を見てもらい、広告商品を評価してもらいました。また、広告には「最新の美的センスが自分にあることを他者に示す最高の機会になる」というシグナリング・メッセージと「最新の美的センスを学ぶ最高の機会になる」という自己向上メッセージのどちらかを示しました。分析の結果、実体理論者にはシグナリング・メッセージを、増大理論者には自己向上メッセージを用いた方が広告商品への評価を高めるのに有効であることが示されました。消費者は、自分の人格観と一致するメッセージを発信するブランドを好むことがわかります。
増大理論者はブランドの変化を受け入れやすい
人格が変わりやすいと考える増大理論者は、ブランド・パーソナリティも変わりやすいと考え、ブランドの新しい戦略を容認しやすいと主張したのは、ヨークストンらです【註12】。ある製品カテゴリーで成功したブランドを使って新たな製品カテゴリーに参入することを「ブランド拡張」といいますが、このブランド拡張戦略への反応を分析しています。
実験では、アイスクリームのドライヤーズ、子供服のオシュコシュ、スニーカーのスケッチャーズ、携帯電話のノキア、ボールペンのペーパーメイトの5つの有名ブランドを対象に、似たような製品カテゴリーからかなり異なる製品カテゴリーまでの5つのブランド拡張の情報を示し、その妥当性を回答してもらいました。分析の結果、増大理論者の方が実体理論者よりも成功すると考える拡張数が多く、いろいろな分野へのブランド拡張を容認する傾向にあることを明らかにしています。
ブランド拡張戦略を対象にした研究は、マートゥルらも行っています【註13】。一般に、類似する製品カテゴリーへの拡張よりも、異なる製品カテゴリーへの拡張の方が難しく、チャレンジングに感じます。マートゥルらは、増大理論者は努力することに前向きなので、実体理論者に比べて異なる製品カテゴリーへのブランド拡張を高く評価し、ブランド・パーソナリティ評価も強化すると考えました。
実験では、「能力」と「誠実」というブランド・パーソナリティを持つシリアル・ブランドのチェリオスを対象とし、グラノラバー(類似する製品カテゴリー)と冷凍ディナー(異なる製品カテゴリー)へのブランド拡張の評価を比較したところ、増大理論者のみ、異なる製品カテゴリーへの拡張によって、能力と誠実という既存のブランド・パーソナリティ評価をさらに高めたことを明らかにしています。
以上の研究より、人格観はブランドの評価に影響を与えることがわかりました。人格は変わらないと考える実体主義者は、自己評価を高めるのにブランドを用いるので、それにつながるブランド・パーソナリティを持つブランドを好む傾向にあります。対照的に、人格は変わると考える増大理論者は自己啓発を重視するので、新しくて難しいことにチャレンジするブランドを高く評価する傾向にあります。企業は、実体理論者と増大理論者それぞれに合った、ブランドのコミュニケーション戦略を考える必要があります。
(文=白井美由里/慶應義塾大学商学部教授)
【参考文献】
【註1】Dweck, C., C.-Y. Chiu and Y.-Y. Hong (1995). Implicit theories and their role in judgments and reactions: A world from two perspectives. Psychological Inquiry, 6 (4), pp. 267-285.
【註2】Levy, S. R., S. J. Stroessner and C. S. Dweck (1998). Stereotype formation and endorsement: The role of implicit theories. Journal of Personality and Social Psychology, 74 (6), pp. 1421-1436.
【註3】Zedelius, C. M., B. C. N. Müller and J. W. Schooler (2017). The Science of Lay Theories: How Beliefs Shape Our Cognition, Behavior, and Health, Springer International Publishing AG.
【註4】Furnham, A. F. (1988). Lay theories: Everyday understanding of problems in the social sciences, Pergamon Press(細江達郎監訳,田名場忍・田名場美雪訳『しろうと理論 -日常性の社会心理学-』北大路書房,1992年).
【註5】Gal, D. (2015). Identity-signaling behavior. In M. I. Norton, D. D. Rucker and C. Lamberton (Eds.), The Cambridge Handbook of Consumer Psychology, Cambridge University Press, pp. 257–281.
【註6】Kimmel, A. J. (2018), Psychological Foundations of Marketing: The keys to Consumer Behavior, 2nd edition, Routledge.
【註7】Aaker, J. L. (1997). Dimensions of brand personality. Journal of Marketing Research, 34(3), pp. 347–356.
【註8】Aaker, J. L., V. Benet-Martinez and J. Garolera (2001). Consumption symbols as carriers of culture: A study of Japanese and Spanish brand personality constructs. Journal of Personality and Social Psychology, 81 (3), pp. 492-508.
【註9】Park, J. K. and D. R. John (2010). Got to get you into my life: Do brand personalities rub off on consumers? Journal of Consumer Research, 37 (4), pp. 655-669.
【註10】Park, J. K. and D. R. John (2014). I think I can, I think I Can: Brand use, self-efficacy, and performance. Journal of Marketing Research, 51 (2), pp. 233-247.
【註11】Park, J. K. and D. R. John (2012). Capitalizing on brand personalities in advertising: The influence of implicit self-theories on ad appeal effectiveness. Journal of Consumer Psychology, 22 (3), pp. 424-432.
【註12】Yorkston, E. A., J. C. Nunes and S. Matta (2010). The malleable brand: The role of implicit theories in evaluating brand extensions, Journal of Marketing, 74 (1), pp. 80-93.
【註13】Mathur, P., S. P. Jain and D. Maheswaran (2012). Consumers’ implicit theories about personality influence their brand personality judgments, Journal of Consumer Psychology, 22 (4), pp. 545-557.