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白井美由里「消費者行動のインサイト」

なぜ人は「飽きる」のか?そのメカニズムに関する研究…「飽きない」ための4つの方法

文=白井美由里/慶應義塾大学商学部教授
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「Getty Images」より

 楽しい経験には「飽き」がつきものです。「今まで食べた中で一番美味しい!」と感動したレストランの料理も、気分がすごく高揚した音楽も、何度か経験するうちに最初の頃に覚えた感動は薄れていきます。このように自分の期待とは裏腹に感動が薄れる現象は、その経験に飽きが来たことを示しています。「飽きる」とは、特別なステータスを持つ自分のお気に入りの一つが失われることであり、幸福な気分になれる機会が喪失されることでもあるので、飽きを感じたときにがっかりされることは多いと思います【註1、註2】。

「飽き」は、消費の繰り返しによって楽しさが減少することと定義され、ほぼどの楽しい経験にも生じる現象とされています【註2】。食べ物のような生理的なものにも、音楽、芸術、家、車、テレビ番組など非生理的なものにも生じます。どんなに楽しく満足できる経験でもやがて飽きが来ることから、「飽き」は永続的なハピネスを妨げるバリアとして捉えられることもあります【註3】。ただし、食べ物については、健康維持に必要な様々な栄養素の摂取を促進する進化的順応として、ポジティブに捉える場合があります【註2】。飽きが来た食べ物はあまり食べなくなるので、特定の食べ物だけを過剰に摂取することが抑制されるからです。

 飽きるという現象は、消費者行動研究において長い間研究されてきました。かつては生理的な反応であり、経験の増加によって上昇し時間の経過によって低下する体内メーターのように捉えられていましたが、今では心理的な反応も含むという考え方が一般的です【註4】。消費量が同じであっても、その経験についてどれだけの注意を向けたか、どのように捉えているか、どのように思い出すかなどによって、飽きるスピードは異なってくることが明らかにされています【註5】。以下では、それらの研究を紹介したいと思います。

経験の間隔を空けると飽きにくくなる

 どうしたら飽きが来るのを遅らせることができるのでしょうか。一つは、次の経験までの時間をできるだけ空けることです。当たり前のことと思うかもしれませんが、これはかなり意識的に行わないとうまくいきません。なぜなら楽しい経験は待ち遠しく、できるだけ早く再経験したいと思うので、意識しなければ次の経験までの時間間隔は短くなる傾向にあるからです。

 このことを実証したのがギャラクらの研究です【註6】。ギャラクらは、ハーシーキスチョコレート6個を200秒の間、自分のペースで一つずつ食べる場合と、指定された間隔で一つずつ食べる場合を比較する実験を行いました。その結果、食べるのにかかった時間は自分のペースで食べた場合は平均93.1秒と、指定された場合の200秒と比べると2倍以上速くなったこと、および早く食べ終えるほどチョコレートを食べる楽しさが低下したことを明らかにしています。ギャラクらはビデオゲームについても同様の結果を確認しています。楽しい経験を維持するためには、少々我慢してでも楽しみに待つのが長く楽しむコツといえます。

経験を具体的に捉えると飽きにくくなる

 飽きが来るのを遅らせる2つ目の方法は、経験を具体化、サブカテゴリー化することです【註1】。これはレデンの研究で示されたものです。ジェリービーンズを用いた実験から、食べた個数を「ジェリービーンズを何個」のようにカテゴリ-で数えるよりも、「オレンジを何個、ピーチを何個」のようにフレーバーごとに数えたほうが、食べる楽しさがそれほど減少しないことを明らかにしています。ジェリービーンズとして数える場合は類似点に着目していますが、フレーバー別に数える場合は相違点に着目していることになります。後者のように対象をより詳細なレベルで捉えることは、同じ経験の繰り返しとか退屈といった知覚を減少させることになり、食べる楽しみが上昇するのです。

 レデンはまた、勉強についても同様の実験を行なっています。すでに終えたテスト勉強を「サイエンスの勉強」「数学の勉強」のようにサブカテゴリー化したほうが飽きにくく、その後の勉強を継続する意欲が高くなる傾向にあることを明らかにしています。テスト勉強のように楽しくはないけれどもやらなければならないことについても、類似点よりも相違点に着目することで、面倒とかつまらないと感じるスピードは遅くなります。掃除、洗濯、買物などの家事も捉え方を変えると、それほどうんざりしなくなるかもしれません。

経験だけに注意を向けないようにすると飽きにくくなる

 3つ目は、楽しい経験だけにあまり注意を向けすぎないようにすることです。これは、ブランスロームとミッチェルが実証しています【註7】。ブランスロームらは、ゲームをプレイしながらケーキを食べてもらう状況と単にケーキだけを食べてもらう状況を比較する実験を行いました。その結果、前者のほうが後者に比べ、食欲に関する評価が下がらないことを明らかにしています。つまり、ゲームのように気を散らすものがあると食べ物に向けられる注意量が減るため、飽きにくくなるのです。

 ただし、その代わりに食べ過ぎてしまう可能性が高くなるので、スイーツのような非健康的な食品の場合、摂取量には注意を払う必要があります。この結果から、楽しい経験について考える場合、経験した場所、関わった人、使ったモノなど、その経験と関連することにも注意を向けると飽きにくくなると考えられます。

飽きを回復するにはバラエティを意識する

 4つ目は、そろそろ飽きてきたかなと思い始めたときは、その経験を類似する経験も含めて考えることです。これにより飽きの感覚が弱まります。そのことを実証したのがギャラクらの研究です。【註8】。ギャラクらは、好きな音楽を聞き飽きさせてから3週間後に再び聞いてもらい、楽しさを評価してもらう実験を行いました。このときに、その3週間の間に聴いた他の音楽やそのアーティストを思い出してもらった場合には、飽きてしまった音楽に対する楽しさの評価が上昇し飽きが回復しましたが、その3週間の間に見たテレビ番組を思い出してもらった場合には回復しませんでした。回復効果は音楽とは無関係のテレビ番組の想起では生じないことになります。同様の結果はスナックを用いた実験でも確認しています。

 つまり、飽きてしまった経験だけに注意を向け、何度も繰り返したことを意識すると飽きはなかなか回復しませんが、同時に他の似たような経験をいくつか思い浮かべることによってバラエティを知覚すると、飽きてしまった経験に向けられる注意が減少するため、飽きから早く回復できるのです。これは飽きを感じ始めた経験についてもいえます。

 以上見てきたように、「飽き」は心理的なプロセスでもあり、次の経験までの時間をできるだけ空ける、経験を具体的に捉える、経験自体に注意を向けすぎないといったことにより、ある程度はコントロールできます。また、楽しい経験自体にバリエーションをもたせることが飽きにくくすると思われます。例えば、高級チョコレートを食べる経験では、特定の専門店やブランドだけに注目するよりも複数の店やブランドをお気に入りに入れたり、そうした限定をせずに美味しい専門店を見つけることを楽しい経験として捉えたりすると、楽しさが維持されると思われます。

(文=白井美由里/慶應義塾大学商学部教授)

【参考文献】

【註1】Redden, J. P. (2008), “Reducing satiation: The role of categorization level,” Journal of Consumer Research, 34 (5), pp. 624-634.

【註2】Redden, J. P. and K. L. Haws (2013), “Healthy satiation: The role of decreasing desire in effective self-control,” Journal of Consumer Research, 39 (5), pp. 1100-1114.

【註3】Galak, J., J. P. Redden and J. Kruger (2009), “Variety amnesia: Recalling past variety can accelerate recovery from satiation,” Journal of Consumer Research, 36 (4), pp. 575-584.

【註4】Redden, J. P. and J. Galak (2013), “The subjective sense of feeling satiated,” Journal of Experimental Psychology: General, 142 (1), pp. 209-217.

【註5】Sevilla, J., J. Lu and B. Kahn (2018), “Variety seeking, satiation, and maximizing enjoyment over time,” Journal of Consumer Psychology, 29 (1), pp. 89-103.

【註6】Galak, J., J. Kruger and G. Loewenstein (2013), “Slow down! Insensitivity to rate of consumption leads to avoidable satiation,” Journal of Consumer Research, 39 (5), pp. 993-1009.

【註7】Brunstrom, J. M. and G. L. Mitchell (2006), “Effects of distraction on the development of satiety,” British Journal of Nutrition, 96 (4), pp. 761-769.

【註8】Galak, J., J. P. Redden and J. Krueger (2009), “Variety amnesia: Recalling past variety can accelerate recovery from satiation,” Journal of Consumer Research, 36 (4), pp. 575-584.

白井美由里/慶應義塾大学商学部教授

白井美由里/慶應義塾大学商学部教授

学部
カリフォルニア大学サンタクルーズ校 1987年卒業
大学院
明治大学大学院経営学研究科
1993年 経営学修士
東京大学大学院経済学研究科
1998年 単位取得退学
2004年 博士(経済学)
慶応義塾大学 教員紹介 白井美由里 教授

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