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白井美由里「消費者行動のインサイト」

SNSでの活動、その人の特性をかなり正確に表わす傾向…人と所有物に関する詳細研究

文=白井美由里/慶應義塾大学商学部教授
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「Getty Images」より

 私たちは自分自身のことをどのように理解しているのでしょうか。心理学では、人は自分の能力、パーソナリティ、身体的特徴などさまざまな側面について「自分はこうである」という信念を持っているとして、これらの信念の集合を「自己概念」と呼んでいます【註1】。自己概念は古くから研究されており、いろいろなタイプの自己で構成されていることが明らかになっています【註2、註3】。よく知られている自己には、現在の自分についての信念(現実自己)、そうなりたいというイメージ(理想自己)、他者が自分をどう思っているのか、あるいは他者にどう思われたいのかについての考え(社会的自己)があります。

 今回は、自己概念の一つである「拡張自己」に焦点を当てます。拡張自己は、心理学者のウィリアム・ジェイムズが1890年に提唱した「人間の自己は、私の家族、私の仕事のように、『私の(my)』が付けられるあらゆるものの集合である」という考え方をベースに、マーケティング学者のラッセル・ベルクが1988年に消費者行動研究で理論化したものです【註4】。ベルクは、人が自己を自分が所有しているモノ(所有物)で定義する傾向にあり、自己と所有の関係性を理解することが消費者行動の理解にとって重要であることを主張しました。

 拡張自己の一部となる所有物は、その人にとって意味(価値)があり、自分のアイデンティティの中心や一部のように捉えられます【註5】。したがって、もしも災害や盗難などでそれらを失った場合には、自分のアイデンティティも失ったように感じます。自分の能力を広げてくれる道具や楽器は典型的な所有物ですが、前述した家族や仕事のほかに、家、自動車、ペット、場所、好きなスポーツチームやアーティストなどさまざまなものが対象になります【註3、註4】。また、長い間愛用してきたモノ、就職など人生の転機に獲得したモノ、表彰状や表彰記念品、旅行先で購入した記念品なども拡張自己の一部になります【註3】。必ずしも高額なモノとは限りません。所有物に対する満足度は、自己拡張の一部になるほど高くなることも実証されています【註6】。

拡張自己と製品選択

 拡張自己は、モノを所有したり使用したりすることによって、自己概念を創造あるいは修正することとも定義されます【註2】。自分のアイデンティティが十分に形成されていない人が、望ましいアイデンティティ(理想自己)を持つ製品やブランドを使用することによって、自分のアイデンティティを強化しようとする行為は、拡張自己になります。ソロモンは、思春期の男子が「男らしい」というアイデンティティを形成するために、タバコを吸ったり車を乗り回したりすることを例としてあげています【註7】。魅力的なイメージを持った製品やブランドは多数存在するので、アイデンティティが確立している人でも「自己を表現したい」といった動機づけが働くと、特定のイメージを持つ製品やブランドを人前で使用することによる拡張自己を行います。人は、ブランドの持つ特定のイメージが自分の人生にとって有用と考えるときに、そのブランドとのつながりを構築し、所有しようとするのです【註8】。したがって、人は自己概念と一致するブランドを好む傾向にあります。

ディジタルな世界における拡張自己とは

 近年のディジタル技術の急速な進展は、拡張自己に影響を与えています【註2、註9、註10】。ネット上では、表現したい自己の選択や現実自己の修正を比較的自由に行うことができます。例えば、実年齢よりも若く、あるいは老けているように自分を表現する、恥ずかしがり屋の人が大胆な発言をするといったことが簡単にできます。ベルクは、オンラインでは現実自己よりも理想自己に近い形で自己が表現される傾向にあるものの、SNSでの活動はその人のパーソナリティ特性をかなり正確に表わす傾向にあると述べています。いずれにしても、現在は従来のオフラインでの拡張自己に加えて、オンラインにおけるディジタルな拡張自己が自己を定義する鍵になっています。

拡張自己と脱物質化

 ベルクは、こうしたディジタルな拡張自己の拡大とともに起きている現象として、有形財の脱物質化(デ・マテリアライゼーション)を挙げています【註9、註10】。音楽、本、写真アルバム、手紙、新聞、雑誌などの有形財が、パソコン、スマートフォンタブレット端末に移動し、ディジタル化・無形化しています。モノの獲得、使用、保存、および廃棄の仕方が変わり、製品との関わり方も変化しています。

 ただし、ベルクによると、ディジタル所有は有形財の所有と比べると、コントロールしているとか所有しているといった感覚は得にくいようです。そのため多くの人はバックアップやハードコピーをとったりしますが、それでも「獲得している」「意味がある」「本物である」といった感覚は、有形財の所有よりも弱いと説明しています。また、有形財の所有では、コレクションとしてディスプレイしたり、古くなってくると他にない自分だけのモノといった感覚が得られたりしますが、ディジタル所有ではそうした経験は得にくいということも指摘しています。

 有形財の所有とディジタルの所有に対する選好にはもちろん個人差があります。音楽に深く関わっている人はディジタルよりも有形で所有することを望む人が多いことや、若者は高齢者よりもディジタル所有を拡張自己の一部として捉える傾向にあることが報告されています。有形財の所有とディジタル無形財の所有のどちらが拡張自己により強く影響し、そしてより高い満足度をもたらすかは人それぞれということになりますが、私たちの日常の生活は有形財で囲まれたマテリアルワールドの中で営まれているので、両方による自己の拡張が安定した自己概念の形成につながるのではないかと思われます。

(文=白井美由里/慶應義塾大学商学部教授)

【参考文献】

【註1】中島義明・繁桝数男・箱田祐司(2005)『新・心理学の基礎知識』、有斐閣.

【註2】Kimmel, A. J. (2018), Psychological Foundations of Marketing: The Keys to Consumer Behavior, 2nd edition, Routledge.

【註3】Hawkins, D. I. (2012), Consumer Behavior: Building Marketing Strategy, McGraw-Hill/Irwin.

【註4】Belk, R. W. (1988), “Possessions and the Extended Self,”Journal of Consumer Research, 15 (2), pp. 139-169.

【註5】Sivadas, E. and K. A. Machieit (1994), “A Scale to Determine the Extent of Object Incorporation in the Extended Self,” in C. W. Park and D. C. Smith (Eds.), Marketing Theory and Applications, 5, American Marketing Association.

【註6】Sivadas, E. nd R. Venkatesh (1995), “An Examination of Individual and Object-Specific Influences on the Extended Self and Its Relation to Attachment and Satisfaction,” Advances in Consumer Research, 22, pp. 406-412.

【註7】Solomon, M. R. (2006), Consumer Behavior: Buying, Having, and Being, Pearson Education.

【註8】Gal, D. (2015), “Identity-signaling behavior,” In M. I. Norton, D. D. Rucker, and C. Lamberton (Eds.), The Cambridge handbook of consumer psychology (pp. 257–281), Cambridge University Press.

【註9】Belk, R. (2016), “Extended Self and the Digital World,” Current Opinion in Psychology, 10, pp. 50-54.

【註10】Belk, R. W. (2013), “Extended Self in a Digital World,” Journal of Consumer Research, 40 (3), pp. 477-500.

白井美由里/慶應義塾大学商学部教授

白井美由里/慶應義塾大学商学部教授

学部
カリフォルニア大学サンタクルーズ校 1987年卒業
大学院
明治大学大学院経営学研究科
1993年 経営学修士
東京大学大学院経済学研究科
1998年 単位取得退学
2004年 博士(経済学)
慶応義塾大学 教員紹介 白井美由里 教授

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