近年、大手ドーナツチェーン店の業績が好調だ。アメリカ発祥で日本のドーナツ業界1位の店舗数を誇る「ミスタードーナツ」。日本の運営会社ダスキンの2023年3月期第2四半期連結決算では、4月から9月までミスドを含むフードグループの売上高は前年同期比7.2%増の214億円、営業利益は38.8%の大幅増の24億円となった。13年の通期売上488億円を皮切りに19年の354億円まで業績を落とし続け、斜陽気味だったミスドだが、コロナ禍に入り、まさかの復活を果たしつつある。
復調しているのはミスドだけではない。06年に日本に参入したアメリカ発のドーナツチェーン「クリスピー・クリーム・ドーナツ」は、最盛期には64店舗を営業していたが、16年に17店舗もの大量閉店を行い一気に業績も冷え込んでしまった。しかし、現在再び60店舗ほどにまで増やしており業績回復トレンドに乗っている。
そんなドーナツチェーンの好調ぶりとは対照的なのが、コンビニエンスストアのドーナツコーナーだろう。2014年ごろにセブン-イレブンが工場直送のドーナツをレジ横で販売したことをきっかけにファミリーマート、ローソンもドーナツ販売に参入。本格的なドーナツが100円台で気軽に食べられるということで、一時期はドーナツチェーンを震え上がらせる勢いを見せていた。だが、今はレジ横で専門コーナーを見ることもなくなり、パン陳列棚の一角で販売されている程度である。
ドーナツチェーンとコンビニドーナツは、どこで差がついたのだろうか。今回は長年海外産ドーナツ製造機の輸入元企業に勤務し、日本のドーナツ業界を見つめ続けてきたドーナツショップ「MAHALO DOUGHNUT LABO」のオーナー・池江勝哉氏に話を聞いた。
コンビニ参入で乱戦となったドーナツ業界
まずは日本におけるドーナツ販売の歴史について振り返っておこう。
「誤解されている方も多いかもしれませんが、日本で最初に進出したドーナツチェーンはミスドではなく、アメリカ発のダンキンドーナツ。1970年に銀座にオープンしたダンキンに追随するかたちで、ミスドは翌71年に日本進出を果たしました。70年代以降しばらくは、この2大チェーンが日本市場で競争を繰り広げていくのですが、次第にミスドに軍配が上がっていき、ダンキンは98年には撤退を余儀なくされます。
2000年代にはダンキンがいなくなって空いた商圏を獲得するべく、『ドーナッツプラント』を皮切りに海外初のドーナツチェーンが進出してきます。この時期は市場がミスド一色となっていたので、ミスドっぽくない純アメリカンなドーナツを販売するチェーンが目立ち、非ミスドのドーナツブームを引き起こしました。ちなみにその時期に進出したひとつがクリスピー・クリーム・ドーナツだったんです。その後もドーナツ業界では、本格的なドーナツを販売する『カムデンズ ブルースタードーナツ』、日本発の『ハリッツ』など多種多様なドーナツ店が登場し、業界を盛り上げました」(池江氏)
そして、14年にドーナツ業界に転機が訪れることになる。コンビニ業界の参入だ。
「もともとセブンではパン陳列棚でドーナツを販売していたのですが、14年ごろからレジ横に専門コーナーをつくりドーナツを売り始めました。セブンとしては13年から導入して大ヒットしていた、店内淹れたてのコーヒーとセットで展開していこうとする魂胆があったようです。その後、セブンに続きファミマもローソンも参入していきました。本格的なドーナツが100円台で販売されたものですから、ドーナツチェーンは苦境に立たされることになります」(同)
レジ横撤退の原因はコンビニ側の誤算?
当時、コンビニドーナツの売上はかなり好調だったようだ。
「セブンの目論見どおり、お客がコーヒーとドーナツをセットでよく購入していたようで、各コンビニチェーンで好調だったと思います。こうしてコンビニでドーナツのニーズが事足りてしまうので、ドーナツチェーンに対する特別感や期待感が薄れていきました。しかも、そのころはヘルシー志向の高い食品が台頭し始めており、ドーナツはアンヘルシーな食べ物として敬遠され始めていったのです。当然それらはドーナツチェーンの業績悪化にも直結していきます。焦ったミスドは100円セールを実施するなどして対策を図りましたが、これが逆効果。採算が見込めないと判断したフランチャイズのオーナーたちが、日本全国で続々と離脱してしまいました」(同)
ミスドは16年から20年までの間に店舗数を200近く減らしている。コンビニドーナツの登場、ドーナツに対する価値観の変化、もともとの営業方針などの要因により、少しずつ業績を落としていってしまったのだ。だが、コンビニドーナツはほどなくして失速する。
「当初こそ調子が良かったコンビニのドーナツですが、その後売上は鈍化。新商品やリニューアルなども行い、ある程度は売れていたと思うのですが目標にしていた売上は出せず、レジ横での販売から撤退することになります。撤退の理由については、思ったほど売れなかったということ以外にも、レジ横でのドーナツ販売によってコンビニ店員の業務がより煩雑になったことも一因かもしれません。レジ横に置いてあるドーナツは、お客から注文が入れば、その都度ホットスナック商品と同様に袋に入れて手渡しし、売り切れれば補充しなくてはなりません。そういった店員への負担もネックになったという可能性もありそうです。
また欧米スタイルのドーナツ文化が根付かなかったことも原因のひとつではないでしょうか。欧米では『左手にドーナツ、右手にコーヒー』という食スタイルが定着しており、コンビニ業界もそれを浸透させたかったのでしょう。けれど、コーヒーの片手にはドーナツではなくスマホを握る人のほうが圧倒的に多く、思うように浸透させられなかったのでしょう」(同)
ドーナツチェーン復活の裏に企業努力あり
一方、コンビニというライバルが嵐のように去っていったドーナツチェーンはというと、危機感を覚え対策を行ってきた結果なのか、少しずつ業績が伸びしていく。
「ドーナツチェーンは今までの認識を改め、企画力、宣伝力に力を入れ始めました。特にミスドの商品は、良い意味でも悪い意味でもオーソドックスなものが多かったですが、近年は有名菓子メーカー、有名スイーツ店、有名アニメとのコラボドーナツを販売し、話題性を生み幅広い客層の獲得に成功しました。クリスピー・クリーム・ドーナツもお客の目の前でドーナツを揚げるという一種のライブ感を生む店舗設計を巧みに活かし、利益の残る店舗だけ運営し事業は再び軌道に乗っています。バターをたっぷりと使用した新食感の『生ドーナツ』が流行になったのもドーナツチェーン好調の要因のひとつでしょうが、やはりチェーンごとの地道な企業努力により、ドーナツ市場全体が盛り返したといえるでしょう」(同)
逆境時も腐らずに適切かつ効果的な対策を取ってきたことが功を奏し、ドーナツチェーンは再興したということだろう。
(取材・文=文月/A4studio)