2020年9月、NTTとKDDIは、災害時に光通信ケーブルの敷設と保守、修理などを行う船舶(ケーブルシップ)を相互に利用する協定を結んだ。さらに2023年3月初旬、両社は次世代光通信の共同開発を行うとも報じられた。互いに国内で競争関係にあるとみられてきた両社ではあるが、徐々に連携体制が強化されていることは興味深い。
NTTの狙いを考えると、「光」という共通要素を軸に、新事業領域におけるリスクを分散し、新しい情報通信技術の創出を加速させることがある。現在、NTTはエレクトロニクス=電子技術ではなく、フォトニクス=光技術を用いた新しい情報通信技術の実用化を目指している。一方、KDDIは光ケーブルの開発や敷設に関する技術や実績を持つ。今後、NTTはKDDIなどとの連携をさらに強化しつつ、光半導体と呼ばれることもある光電融合デバイスの開発、実用化を急がなければならない。その上でNTTは、かつての「iモード」の国際展開の失敗などの教訓を生かし、次世代通信技術の国際展開を目指すだろう。
世界の情報通信のゲームチェンジ狙うNTT
2019年5月、NTTは次世代の情報通信技術構想「IOWN(アイオン:Innovative Optical and Wireless Network)」を発表した。ポイントは、光に関する技術を用いることだ。NTTは電子関連の技術を用いて成長を遂げた世界のIT、通信などの分野に光関連の新しい技術を持ち込み、ゲームチェンジャーになろうとしている。それは同社の成長だけでなく、世界経済における日本経済の存在感に決定的インパクトを与えるといっても過言ではない。
世界経済のデジタル化の加速とともに、取り扱うデータのボリュームは加速度的に増えている。通信速度、演算処理能力などの向上に対応するために、世界のIT先端分野では半導体回路の線幅を小さくする微細化が加速している。それを主導しているのが台湾のTSMCだ。また、チップの高集積化に関する技術開発競争も激化している。
ただ、それに伴ってさまざまな課題も浮上した。一つに、チップ内の配線が熱を発し、性能の向上は制限されつつある。課題を克服するために、NTTはチップの配線に光関連の技術を持ち込んだ。2019年4月、NTTはナノレベルの構造を作り上げる技術(ナノ技術)などを用いて光電変換素子の集積に成功した、と発表した。その上でNTTは光回路とアナログIC(光、音、温度や圧力などの変化に対する連続的な電気信号を処理・制御するための半導体)などを組み合わせたチップの創出、光配線によるチップ同士の接続、さらには光技術を用いた演算能力の向上などに取り組んでいる。それによってNTTはより高速、より大容量であるだけでなく、データセンタなどで消費される電力消費量を削減することを目指している。
新しい技術を創出し、需要を生み出すためには、研究開発や実証実験のスピード向上、規模の拡大が欠かせない。経営体力の強化は不可欠だ。そのために、近年、NTTはNTTドコモを完全子会社化し、電電ファミリーと呼ばれたNECなどと業務、資本面での関係も強化した。ソニーやインテルとも光を用いた次世代通信技術の開発面で連携した。
競合相手KDDIと連携を強化するNTTの狙い
そうした取り組みに加え、NTTはKDDIとケーブルシップの運営面で協働を始めた。その上で今回、NTTは光通信の開発面でもKDDIと手を組む。狙いの一つとして、分業による新しい技術開発の加速があるだろう。
世界経済のデジタル化は加速している。「チャットGPT」をはじめとする言語型のAI(人工知能)の利用も急増し始めた。また、自動車のネットとの接続、自動運転、シェアリングや電動化(CASE)関連の技術開発も加速している。より多くのデータが生み出され、保存、利用されるようになる。既存のインフラを前提とすると、それはデータセンタなどの電力消費を増加させる要因になるだろう。脱炭素に対応するために、データセンタの消費電力抑制もより大きな課題になる。サイバー攻撃への対応も含め情報通信技術の向上は主要先進国の経済安全保障体制の強化にも直結する。
ただ、そうした変化に各社が自力で対応することは容易ではない。特に、NTTもKDDIも米GAFAMなどとの競争に後れを取った。光通信分野で両社の取り組みが遅れれば、日本のIT後進国ぶりは一段と深刻化し、産業界全体で競争力の向上を目指すことも難しくなるだろう。それは何としても避けなければならない展開だ。
そのために両社は強みを持つ分野により集中するために共同開発を進める。KDDIは、NECや古川電工などと光海底ケーブルシステムの大容量化技術の向上に取り組んできた。NTTも光ケーブル関連の研究開発に取り組んできたが、ケーブルも光電融合デバイスも自社で研究開発体制を強化することは効率的と限らない。目下のところNTTにとって、フォトニクス技術を用いた新しい情報通信技術を確立し、その分野で世界をリードして新しい需要をより効率的に取り込むことの優先順位は高まっているはずだ。光ケーブル関連の技術に強みを持つKDDIと連携し、分業することはNTTのより効率的な経営資源の再配分を支えるだろう。5Gなど既存の分野でNTTとKDDIは競合関係にあるが、新しい需要を世界トップスピードで創出するためには、複数の企業でリスクを負担しあったほうがよい。KDDIにとっても光技術を用いたチップ、通信機器、データセンタ運営などの面でNTTと共同開発を進めたほうが、事業運営のスピードを引き上げ事業環境の変化に対応しやすくなる。
内外企業との連携は強化される可能性
ある意味、NTT経営陣は過去の教訓をもとに、今回の技術変革局面をチャンスに変えようとしているように見える。1999年、NTT(当時はNTTドコモ)は世界ではじめて、フィーチャーホン(ガラケー)でインターネットに接続する技術(iモード)を確立した。しかし、iモードは世界に普及しなかった。要因の一つとして、NTTが内外の企業とよりオープンな姿勢でウィン・ウィンの関係を目指すことは難しかったとみられる。NTTはあくまでも自社の価値観に基づいてiモードの世界展開を目指した。結果的に、アップルのiPhoneのヒットなどによって急速にNTTの競争力は低下し、ドコモが重ねた海外買収も大きな成果を実現することは難しかった。携帯電話事業から撤退する本邦企業も増えた。NTTグループ全体の世界経済のデジタル化への乗り遅れは、多くの負のインパクトを日本経済に与えたといえる。
その教訓に基づき、NTTは国内外企業との連携をさらに強化し、より多くの企業、産業、国にとって安心して利用することのできる光電融合デバイスの実用化を目指すだろう。それを用いた通信インフラの開発などをKDDIが担い、さらにはチップの開発面ではラピダスなどがNTTの開発したデバイスを受託製造するシナリオも考えられる。別の視点から考えれば、競合相手であったKDDIとの関係を強化することによって、NTTは自前主義から脱却し、オープン・イノベーションの実現に取り組み始めている。それは、NTTがIOWNを軸に6Gなど次世代の情報通信技術に関する国際規格を取りまとめるためにも欠かせない。
現在、日本には米中の有力プラットフォーマーに比肩するIT先端企業は見当たらない。それだけにNTTの次世代情報通信技術開発の先行きは楽観できない。ただ、世界のIT先端分野においてメモリ半導体の市況悪化、SNSなどのビジネスモデルの行き詰まりは鮮明だ。厳しい状況ではあるがNTTはKDDIなどとの協業体制をさらに強化しなければならない。そこに国内の半導体関連などより多くの企業が参画すれば、失地回復は可能かもしれない。
(文=真壁昭夫/多摩大学特別招聘教授)