都営地下鉄が11月18日に浅草線の西馬込駅でホームドアの運用を開始し、都が管理するすべての駅でホームドアの整備が完了した。「最後の難関」だった浅草線は、従来の方法であればホームドア整備のための車両改修費が約20億円に達する見込みだったが、職員のアイデアでQRコード方式が採用され、コストを約270万円に抑えることができた。この驚異的なコストダウンを実現するまでの裏側や、QRコード方式への疑問などについて、都営地下鉄を管理する東京都交通局を取材した。
4路線ある都営地下鉄は、2000年に三田線で初めてホームドアを整備し、その後、2013年に大江戸線、2019年に新宿線で整備を終えた。だが、残る浅草線は京急、京成、北総、芝山の4私鉄が相互乗り入れし、各路線の車両は6両や8両編成、2ドアや3ドアなど仕様が異なるので開閉位置を変える必要がある。これに対応した機器を設置する車両改修費は1編成当たり数千万円、莫大な費用もネックとなり各社との合意ができずに計画が頓挫しかねない状況となった。
この絶望的な状況を覆したのが、職員の発案によるQRコード方式の採用だった。車両のドアにQRコードステッカーを貼り、ホーム上部に設置されたカメラがそれを読み取ることで、対応するホームドアを作動させる仕組みだ。結果、車両改修は不要となり、難関だった浅草線での整備を進めることが可能になった。車両改修であれば約20億円かかるコストも、ステッカー代の約270万円と大幅に削減できた。
この驚くべきコストダウンはネット上でも大きな話題になり、SNSを中心に以下のような声が飛び交った。
「ドアについてるQRコードってなんだろと思ったらコレだったのかー!」
「20億円のコストが270万円って、有能すぎるやろ……」
「単純計算で19億9730万円も浮いたわけだし、アイデア出した職員にアホほどボーナスあげてほしい」
「アイデアを聞き入れた上司もすごい、民間企業も見習うべき」
浅草線が抱えていた課題
大幅コストダウンを可能にしたQRコード方式とはどのようなものなのか。東京都交通局の担当者に話を聴いた。
「ホーム上部に設置したカメラで、車両ドアに貼り付けたQRコードのデータと横方向の動きを読み取り、車両ドアとホームドアとの開閉連動を行います。QRコードのデータに、車両のドア数や6両編成か8両編成かといった情報を入れることで、各列車のドアに合った位置のホームドアを開閉することが可能となります」
この画期的なアイデアはどのような経緯で生まれたのだろうか。
「浅草線以前に整備した三田線・大江戸線・新宿線では、車両側にホームドアを開けるための機器を設置し、車両の情報やドアの開閉状況等の情報を無線で通信することにより、ドアの開閉を連動させています。しかし、浅草線においては、複数の鉄道事業者による相互直通運転を行っていることから、各社からの乗り入れが多く、車両によっては機器を設置するための改修が困難であるなど、大きな課題がありました。機器を設置しない場合、車両ドアとホームドア両方の操作を別々に行わなければならず、確認時間等を含め各駅での停車時間が増加するので、輸送力の低下が懸念されました。車両を改修しない方法を考える中で、車両の情報やドアの動きを読み取るための何かマーキングをすることで、安定した動作が期待できるという考えに至りました」(同)
工期も大幅に短縮
プロジェクトの実現には、QRコードを開発したことで知られるデンソーウェーブの協力があった。
「当時、QRコードが世間的にも普及しており、読み取りが早く、誤り訂正も可能なことからこれを使えないかと思い、2015年にデンソーウェーブに声をかけました。その後、デンソーウェーブと共同で技術開発を進め、2017年に浅草線の大門駅でホームドア1開口を実際に設置し実証試験を行いました。1か月間の試験期間で、約4,500本の列車に対し100%ホームドアの開閉連動ができ、実用可能であることが確認できたことから、浅草線にQRコード方式のホームドアを採用することが決定されました。QRコードの活用を発案したのは、ホームドアの設置に関する技術的な検討を行う部署にいた職員です」(同)
都とデンソーウェーブはこの技術の特許をオープンにし、他の鉄道事業者が無償で使えるようにしており、京急や小田急電鉄などが取り入れている。QRコード方式の採用によって抑えられたのはコストだけでなく、工期も大幅な短縮となった。
「従来の車両改修をした場合の期間については、各社保有の車両の状況により異なりますが、1編成あたり数か月の期間が必要で、一度に改修できる数も限られることから、全ての車両を改修するのに10年以上の年数が必要と思われます。そもそも、改修自体が困難であったり、新造車に置き換えることが必要であったりしたことから、従来の方式で整備を行うことは現実的でなかったと考えています。QRコード方式はステッカーを貼り付けるだけですので、1編成当たり数時間、全体でも数日で済みます」(同)
読み取り不良による不具合はゼロ
ネット上では、QRコードならではの懸念を抱く人もいる。目立っているのは、同じQRコードを用意してカメラにかざしたり、ステッカーを汚したりして、ホームドアを誤作動させるイタズラが起きるのではないかという声だ。
「複数の条件を組み合わせてホームドアを制御しているので、同じQRコードをカメラにかざすといった一般的に想定されるような方法では開けられません。また、この方式では『tQR』という専用のQRコードを開発しており、50%までは欠けたり汚れたりしていても読み取ることが可能です。一部のQRコードが読み取れない場合でもホームドアの開閉は可能なほか、QRコードの読み取りに異常があることも検知することができます。なお、浅草線では2019年に新橋駅でQRコード式のホームドアの運用を開始して以降、読み取り不良による不具合は発生しておりません。万が一、全てのQRコードが読み取れない場合にはホームドアの開閉連動はできなくなりますが、その場合は、車掌が手動でホームドアを開閉することで対応できます」(同)
好奇心で「QRコードをスマートフォンで読み取ったらどうなるのか?」と考える人もいるが、これについても「tQRはスマートフォン等で読み取ることはできません。仮に読み取れたとしても、車両のドア数などの情報が入っているだけです。また、当然ですが、ホームドアの制御にも影響はありません」(同)とのことで、懸念されるような問題はないようだ。
来年2月には京成電鉄と共同で整備する押上駅も完了予定で、都営地下鉄は全106駅でホームドア整備率100%を達成する見込み。困難なプロジェクトであっても、アイデアひとつでコストも時間も大幅に抑えて問題を解決できたという今回の事例は、一般のビジネスの世界でも大いに学ぶべき点がありそうだ。
(文=佐藤勇馬)