世界的な半導体不足の影響を受けJR東日本などは、記名式の「Suica」及び「PASMO」カードの発売を8月2日から一時中止した。すでに無記名のSuica、PASMOについても、6 月8 日から発売を一時中止している。これにより、関東圏では定期券以外の交通系ICを新たに入手することは困難な状況となっている。
そんななか、8月14日付ITmedia NEWSで「モバイルSuicaだけじゃダメなんです 券売機に並びまくった夏休み」との記事が掲載され、一部で話題になっている。
記事では、筆者が夏休み中の小学生の子供の対応に困ったと述懐している。Suicaをまだ買っておらず、モバイルSuicaも使えない年齢である一方、休み中は頻繁に電車に乗るからだという。そのため、子供と出かけるたびに切符を購入するという面倒なことをしていたが、実は子供用のSuicaは購入できることを知り、無用な苦労をしてしまったと反省しつつ、読者には同じ轍を踏まないように注意喚起している。
実際にJR東日本に問い合わせると、「定期乗車券の新規発売、小児用カード及び障がい者用カードの発売、カード障害や紛失時の再発行サービスは継続している」という。
ところで、Suicaなどと同じく半導体を利用するICチップを搭載するクレジットカードやマイナンバーカードなどは現在でも大量に発行され続け、関東圏以外の地域での交通系ICカードも販売制限は起きていない。
Business Journal編集部が、なぜSuicaとPASMOだけ発売中止にしなければならないのか、JR東日本の広報部に話を聞いたところ、「お客さまのニーズに対して十分なSuicaカードの供給を得られる見込みが立たない中、Suica定期券等の発売や紛失時等の再発行等のサービスを各駅で継続に必要な在庫を確保する必要があるため、(記名式も発売中止に)追加をさせていただきました」との答えだった。
これに対し、鉄道ジャーナリストの梅原淳氏は、関東圏だけ発売中止とする理由を次のように推察する。
「交通系ICカードはJR東日本が開発したことから、詳細な仕様も同社が押さえており、他社はJR東日本からICチップ搭載のカードの供給を受ける状況となっているとうかがいました。他社がストックしているICカードにはまだ数の余裕がある一方、JR東日本では多くのインバウンドの人たちが成田空港駅などで購入する関係で、不足を来しているそうです」(梅原氏)
また、一部で、モバイルSuicaを普及させるためにカードの流通を物理的に減らそうとしているのではないかとの指摘も上がっている。カード販売中止には、別の狙いもあるのだろうか。
「ご指摘の考えは、あながち間違ってはいないでしょう。Suica等をインバウンドの人たち向けに大量に発行して不足となったとはいえ、交通系ICはデポジット制ですから、帰国時には返却されます。そのカードは、表面は取り替えられるのでしょうが、ICチップは再利用されると考えられます。半導体不足とともに半導体価格の高騰でデポジット金額500円では採算が取れなくなったのかもしれません。
となると、発行が容易なモバイルSuicaを極力利用してほしいと思うのは、理にかなっています。ただし、返却されたICカードが実は使い捨てでICチップを再利用できないとか、ICチップの再利用に時間がかかるといった、設計上の都合もあるかもしれません。いずれにせよ、詳細な仕様が公表されていないので狙いは不明です」(同)
Suicaはサービス開始から20年以上経過している。JR東日本が提携しているカード製造会社の製造体制などには問題がないのだろうか。
「Suicaは設計が1990年代なので独自の仕様であるために、汎用性の高いQRコード決済やクレジットカード各社のタッチ決済に比べ、利用記録の記憶容量が少ないなどで劣る部分が目立ちます。今回の半導体不足を契機に、Suicaの改良を行う可能性もあります」(同)
JR東日本は、2018年に公表した「変革2027」のなかで「『鉄道を起点としたサービスの提供』から『ヒトを起点とした価値・サービスの創造』に転換」するとの方針を掲げている。Suicaの乗車記録のみならず、飲料の自動販売機やコンビニエンスストアなどでの購入履歴等、ITの活用により、膨大なビッグデータを収集している同社は、鉄道事業者であると同時に、巨大なIT企業としての側面も持ち合わせようとしている。
世界的な半導体不足に伴うICカード発売中止という機会は、モバイルSuica普及を後押しし、ひいてはJR東日本のIT企業化を加速させるのだろうか。
(文=Business Journal編集部、協力=梅原淳/鉄道ジャーナリスト)