米大リーグ、ロサンゼルス・ドジャースの大谷翔平選手の元通訳、水原一平氏が違法賭博を行っていたとして球団から解雇された問題。大谷は25日(日本時間26日)、会見を行い声明を発表。水原氏は当初、賭博でつくった450万ドルの借金を大谷が肩代わりして支払ったと説明していたが、その後、自身が大谷のパソコンにログインして大谷の銀行口座から勝手に違法ブックメーカーに送金していたと説明を変更。これについて大谷は会見で以下のように説明した。
「僕自身は何かに賭けたり、誰かに代わってスポーツイベントに賭けたり、それを頼んだりということもないですし、僕の口座からブックメーカーに対して、誰かに送金を依頼したことも、もちろんまったくありません」
「結論から言うと、彼(=水原氏)が僕の口座からお金を盗んで、なおかつ皆に嘘をついていたというのが結論」
すでに米メジャーリーグベースボール(MLB)が正式な調査に着手しており、米国の内国歳入庁(IRS)も捜査を開始。大谷の代理人も米国の捜査当局に刑事告訴しているため、真相の解明はこれらの調査を待つのみだが、水原氏は解雇直後から行方が不明となっており、テレビ各社は水原氏の周辺人物を取材している。
そうしたなかでフジテレビ系が放送した水谷氏の父親宅での強引なドアホン越しでの取材が問題視され、「マスゴミ」「迷惑系YouTuberと同じ」などと批判が強まっている。問題になっているのは3月21日(木)放送の夕方のニュース番組『Live News イット!』だ。
テレビ記者としての経験が長く、テレビ報道が専門でジャーナリストでもある上智大学の水島宏明教授にこの問題について見解を聞いた。
問題となっているフジテレビ系列の放送
この日の『イット!』は他局に比べて力を入れて水原氏の問題を放送していました。日本時間で21日の朝に突然明らかになったニュースですが、フジテレビ系列はギャンブル依存症の当事者を取材するなど注力して報道していたと思います。
問題になったのは、FNN(フジテレビ系ニュースネットワーク)の記者が米国カリフォルニア州にある水原氏の父親の自宅を直撃取材した映像です。玄関前で水本翔記者(FNNロサンゼルス支局長=関西テレビ)がドアホンの前にマイクを出して尋ねている映像が流れました。
「すみません、一言だけ。水原一平氏の報道についてちょっとお伺いしたくて。一平さんが賭博に関与したというのを」
水原氏の父親と思われる男性が嫌悪感をあらわに怒気を含んで話しているのが伝わってきました。
男性「知らないよ。俺は何も」
これは取材に対して拒絶する声ととれる返答です。記者は構わずに畳みかけました。
水本記者「何のご相談も受けていないですか?」
女性「帰って!」
これも拒絶の声でした。この声を録ったことを確認して水本記者がカメラマンにうなずく様子も撮影されていました。「録れたぞ」というサインなのでしょう。これで撮影を終えていいと合図するサインだと思います。
「知らない」は事実の認識としての「知らない」なのか、拒絶の意思表示の「知らない」なのか
この映像をどのように解釈するべきでしょうか。テレビ報道の記者を長くやった私の経験から考えると、水本記者はいきなり水原氏の父親宅を直撃訪問したものの拒絶された、と考えるのが自然な解釈だと思います。報道としては「使ってはいけない映像」だと思います。水原氏の父親は水原氏本人ではありません。今回の違法賭博問題の当事者でないので、もしもインタビューを放送するとしても同意を取った上で放送すべきです。
ところが驚いたことに『イット!』では、このドアホン越しの映像を繰り返し放送したばかりか、FNNロサンゼルス支局からの生中継で水本記者が「さきほどカリフォルニア州に住んでいる水原氏の父親が賭博に関わった疑惑について『知らなかった』と取材に対して答えています」とレポートしていました。映像を見る限り、水谷氏の父親が「取材に対して答え」て、違法賭博に関する質問に答えたインタビューだとはいえません。
記者としての私の経験で言うと、「知らないよ。俺は何も」という声を根拠にして、「水原氏の父親が賭博について知らなかった」と報道できる内容なのかは大いに疑問に思います。発話の状況からして、「水原氏の違法賭博について知っていたのか、知らなかったのか」を質問して、それに対して相手が考えてから回答したという状況ではありません。むしろ取材そのものを拒絶したと考えるべき状況です。「知らないよ。テレビに言うことなどない。帰ってくれ」という意味で発話していると思います。「ノーコメント」と同じ意味です。それを違法賭博についての認識を示したものとして放送してしまうことはミスリードだと思います。誠実な姿勢の報道だとはいえません。
このドアホン越しのインタビューには、他にも疑問を感じる点があります。そもそも取材する側は、この声の主が水原氏の父親であることを確認して放送したのでしょうか。現地時間の夜に父親の自宅のチャイムを鳴らして出た相手だから父親である可能性は高いとはいえるでしょうが、たまたま心配してかけつけた友人や知人という可能性がまったくないとはいえません。そういう場合は本人であるかどうかを確認しなければならないものですが、映像を見る限り、そうした確認をするようなやりとりがあったようには見えません。そもそも相手との間にまともな「会話」さえ成立していないのですから。そもそも、放送にあたって相手の同意をどこまで取っているのかも疑問です。同意を取らずに無断で放送したといえるケースではないでしょうか。相手が犯罪の容疑者でもないのに、無断で声を放送しても良いのでしょうか。
取材というのは、ある種の信頼関係があってこそ「確かな事実」を入手できるものです。水本記者の取材内容を見る限り、筆者にはこれが「確かな事実」だとは思えません。事実をちゃんと確認したのか、確認が「甘い」のではないかと思いました。
オンラインニュースでも、父親が「知らなかった」と答えていると報道
この報道はネットの「FNNプライムオンライン」で発信されて、「Yahoo!ニュース」でも配信されました。さらに翌22日の朝の情報番組『めざまし8』でも同じ映像がリピートされました。それに対してSNS上では批判が集まっています。相手はいきなりのマスコミの訪問に明らかに驚き、嫌悪感を露骨に示しています。強引なドアホン越しの撮影と音声の録音は一種の“暴力”ではないでしょうか。もちろん報道においては、事件にかかわった人から事情を聞くことで新たな事実がわかることがあります。そのため、関係者を取材することがすべていけないとまでいうつもりはありません。
ただ、取材した映像などを放送するにあたって、妥当なのかどうかを検討する必要があります。このケースでは水原氏本人のコメントを取ることができないために、「締切までに関係ありそうな人には誰でもいいから話を聞いてしまえ」という安直さが見え隠れするのです。水原氏の違法賭博疑惑には両親はなんの関係もありません。それなのに関係あると考えてテレビが取材しようとするのは、「水原氏の親の育て方が間違っていたのではないか?」とする前時代的な処罰感情があるように思います。息子がトラブルをしでかして衝撃を受けている両親に対して、テレビが「弱い者いじめ」をしているようにしか思えません。本人がコメントしないからと肉親を取材しようとする安易さとデリカシーのなさが、「マスゴミ」などと言われる要因ではないでしょうか。
かつてはワイドショー、今はニュース番組が「不適切」の現場に
今から30年くらい前、ワイドショー(情報番組)のレポーターによる無神経な取材が問題になったことがありました。重大な事件・事故などの被害者や加害者の周辺にカメラが殺到するメディアスクラム(集団的過熱報道)です。たとえば、突然わが子を失って悲しみのどん底にある家族をカメラとマイクで追い回し「今のお気持ちは?」と尋ねるような取材が社会問題になりました。当時は報道記者としての訓練を受けていないワイドショーの取材マナーや倫理が強く批判されました。
ところがワイドショーでは自ら事件・事故を取材するよりも、スタジオに専門家を呼んで解説するスタイルが増えたことで、現在では訓練を受けたはずの報道記者が安直な取材で問題を起こすケースが目立っています。今回の水原氏をめぐる取材でもそれが露見しました。明らかに「不適切」です。令和の時代にはそうした手法は許されません。そのことが「マスゴミ」と言われ、テレビの報道全体が信頼を失う要因になっていることを反省してほしいと思います。今回の取材をした記者本人もそうですが、その放送をチェックしたデスクや番組関係者も、このやり方は令和の時代には通用しないことを大いに反省すべきです。
(文=Business Journal編集部、協力=水島宏明/上智大学教授)