米大リーグ、ロサンゼルス・ドジャースの大谷翔平選手の元通訳、水原一平氏が違法賭博を行っていたとして球団から解雇された問題。水原氏は自身が大谷のパソコンにログインして大谷の銀行口座から勝手に違法ブックメーカーに送金し、大谷はその事実を一切知らなかったと主張しているが、ネット振込のセキュリティの壁を破って450万ドル(約6億8000万円)もの送金を行うことが現実的に可能なのか、そして口座の所有者がこれほど高額な送金の事実を把握していないというのは、あり得るものなのか、疑問の声もあがっている。もし仮に大谷が水原氏の借金を肩代わりしていた場合、最低1年間の出場停止処分を受ける可能性があるとも指摘されているが、米国のメディアやSNSでは大谷の責任を問う声も広まっている。
騒動は突然に勃発した。今月20日、米紙ロサンゼルス・タイムズが水原氏が違法賭博を行っていたと報道し、同日中にドジャースは水原氏を解雇。日本中に衝撃が走った。事の発端は、FBI(米国連邦捜査局)が元ドジャース選手の違法賭博事件への関与を捜査していたなかで、調査を受けたブックメーカーのマシュー・ボウヤー氏へ大谷の口座から送金がなされた記録が見つかったことだった。米メディア「ESPN」は大谷の代理人に、大谷からボウヤー氏への送金記録があることについて問い合わせ、大谷の広報担当者は、水原氏が賭博でつくった450万ドルの借金を大谷が肩代わりして支払ったと回答。19日、水原氏はESPNの取材に応じ、以下主旨の発言をした。
「借金の返済を大谷に依頼した」
「大谷はよく思っていなかったが、二度とやらないように私を助けてくれると支払ってくれた。大谷は賭博には一切関与してないことをわかってほしいし、私もこの賭博が違法だとは知らなかった」
「大谷が自分のパソコンから複数回に分けて送金した」
だが、翌20日になって球団側から事情を聞かれた水原はESPNに連絡し、インタビューで証言した内容を撤回。大谷は水原氏の賭博による借金については把握しておらず、送金もしていないと証言。同日中には大谷の代理人弁護士が「大谷が大規模な窃盗の被害に遭っていることが判明した」とする声明を発表。その直後に水原氏は球団を解雇され、大谷の広報担当も大谷は水原氏の賭博や借金、送金の件を知らなかったと主張している。
米国当局が捜査に着手
すでに米メジャーリーグベースボール(MLB)が正式な調査に着手しており、米国の内国歳入庁(IRS)も捜査を開始。大谷の代理人も米国の捜査当局に刑事告訴しているため、今後、詳細な経緯が明らかになるとみられるが、注目されるのが大谷への影響だ。米国では約40の州でスポーツ賭博が合法化されているが、大谷と水原氏が住むカリフォルニア州では違法。また、MLBは選手やスタッフによる野球への賭博を禁止している一方、その他の競技については合法な賭博であれば認めている。水原氏は野球の賭博は行っていないと主張している。
水原氏が関与していたブックメーカーは違法業者とみられており、21日付ロサンゼルス・タイムズ記事によれば、もし仮に大谷が水原氏の代わりにこの事業者への借金を返済していた場合、違法な賭博事業者の債権回収に関与していたことになり、最低1年間の出場停止処分を受ける可能性があるという。
米国の大学に留学経験がある外資系企業社員はいう。
「日本のメディアでは大谷への批判はタブー視されている面もあり、大谷寄りの報道が目立つが、米国のメディアでは大谷の責任を問う報道も出ている。また、米国のSNS上でも同様の声が目立ち、大谷がまったく知らないなかで水原氏が勝手に大谷の口座から巨額のカネを送金していたという筋書きそのものの信憑性を疑う声もみられる。米国に行けばわかるが、いまだに現地ではアジア人に冷たいなと感じる対応をされることは普通にあり、メジャーでの大谷の活躍に複雑な感情を抱いている人も一定数いるだろう。それゆえに、流れによっては米国の世論が大谷にとって厳しいものになることも考えられる」
二段階の認証を突破
大谷サイドと水原氏が説明するストーリーに疑問が向けられる要因になっているのが、約6億8000万円ものお金を口座所有者の知らないうち第三者が勝手に送金するということが現実的に可能なのかという点だ。水島氏は数カ月にわたり、大谷の口座から1回あたり約50万ドルで8~9回ほどに分けて送金されたとされる。
たとえば日本の銀行のネットバンキングでPCを使って振り込みを行う場合の一般的な手順をみてみると、まず銀行の専用サイト上で店番号・口座番号・ログイン用パスワードを入力してログインし、振込先の金融機関名・支店名・口座番号・金額を入力。さらにスマートフォンなど別端末の専用アプリに表示されるワンタイムパスワードを入力し、振り込みを実行。設定によっては口座所有者に対し、振り込み完了を通知するメールが送信される。銀行によって細かい違いはあるものの、二段階でパスワード認証が設けられているケースが一般的だ。
もし使われた大谷の口座が日本の銀行のものであった場合、水原氏は二段階の認証を突破し、さらに振込のたびに大谷にメールで完了通知が届いていた可能性があるものの大谷は気がつかず、さらに数カ月もの間、億単位の金額が減っていることに大谷は気がつかなかったということになる。
ITジャーナリストの三上洋氏はいう。
「PCを使って送金にするには、ネットバンキングのIDとパスワードに加え、認証アプリで生成されるワンタイムパスワードやSMS、古いタイプでは電卓型のトークンなどの二段階認証を通過しなければならず、大谷選手の個人スマホが必ず必要になります。つまり、水原氏は大谷選手のネットバンキングのIDとパスワードを知った上で、大谷選手のスマホを物理的に持ち、そのスマホのロックを解除するというすべての段階をクリアしなければ送金できません。一回だけならまだしも、数カ月の間で複数回にわたって大谷選手に隠れてこの行為を続けることは困難です。
唯一可能になるのは、すべてを水原氏が管理していた場合です。ネットバンキングのIDとパスワード、メール、大谷選手の個人スマホのロック解除コードをすべて水原氏が管理し、スマホの指紋認証や顔認証も水原氏の指紋と顔で登録し、大谷選手の個人資産管理をすべて水原氏が行っていたとすれば、不可能ではないかもしれません。ただ、このような完全代行は高齢者などスマホを一切使えない人ぐらいしか考えられず、海外を飛び回る大谷選手が水原氏に完全に管理を任せていたというのは考えにくいです。
以上を踏まえると、当初水原氏がESPNの取材に対し説明してたように、大谷選手が水原氏をお金の面で信用していなかったために水原氏にお金を渡さず、PCを前にして大谷選手が水原氏同席の上で送金したという話のほうが現実味があります。『大谷選手は知らなかった』というのは、非常に特殊な例を除けば現実的ではありません。
ただし、水原氏と大谷選手側の証言が食い違っているのならまだしも、両者の証言は一致しているので、水原氏の同席の上で大谷選手が送金したということを捜査当局が立証するのは困難です。両者ともに『水原氏が大谷に隠れて勝手に送金した』と言っている以上、捜査当局はその線で立件することになるのかもしれません」
また、銀行員はいう。
「他人の口座からネットバンキングで送金するというのは理論的には可能だが、当然ながら銀行側はそういう犯罪を防ぐためにセキュリティ認証の設計をしており、相当ハードルが高く、かなり手の込んだことをやらないと無理。もし仮に億単位もの金を水原氏が勝手に送金していたとすれば、セキュリティ設計や犯罪対策に穴があったということになり、当該口座を持つ銀行も責任を問われることになる」
財産犯が成立の可能性も
水原氏は2012年からプロ野球の北海道日本ハムファイターズで外国人選手の通訳を務めていたが、球団の同僚だった大谷が17年に米大リーグのロサンゼルス・エンゼルスに移籍したのに伴い、大谷の専属通訳としてエンゼルスに移籍。そして今シーズンから大谷がドジャースに移籍したのに伴い水原氏も移籍した。
「水原氏は大谷の練習パートナーとして練習中やトレーニング中、常に大谷のそばにつき、スマホやタブレットを駆使して情報を分析して伝えたり、投球練習ではバッター役やキャッチャー役を務めてあれこれ伝えていた。プライベートでも運転手を務めて、毎日のように夕食をともにし、米国では夜に外を出歩くことも難しいため一緒に過ごすことも多く、公私ともに一緒にいる時間が多かった。なので、英語に不慣れな大谷がネットバンキングをする際に水原氏が一緒についてサポートし、その過程のなかで水原氏がIDやパスワードを知った可能性はあるかもしれない。気になるのは、大谷の代理人も水原氏も、米メディアの取材に対し当初は『大谷が肩代わりして送金した』と答えている点だ。その後に両者とも一転して大谷は知らなかったと主張しているが、それが不可解だとして米国ではさまざまな見方が出る事態になっている」(スポーツ紙記者)
前述のとおり、すでに米国当局が捜査に動いているが、水原氏が法的に罪に問われる可能性はあるのか。
「刑法は、『日本人が、海外で窃盗や横領をした場合も、日本の刑法を適用する(罰する)』と定めているので、もし、一平さんになんらかの財産犯が成立するなら、日本において逮捕・起訴があり得ます。しかし、外国で逮捕・起訴され、受刑したような場合、その後、帰国後に日本でも処罰されることはされるのですが、たいていの場合、減刑されたり免除されたりします。このため、『どうせ減刑、免除される』として、警察や検察はそもそも逮捕・起訴しない場合が多いといわれています」(山岸純弁護士/山岸純法律事務所代表、3月22日付当サイト記事より)
(文=Business Journal編集部、協力=三上洋/ITジャーナリスト)