「現象の裏にある本質を描く」をモットーに、「企業経営」「ビジネス現場とヒト」をテーマにした企画や著作も多数あるジャーナリスト・経営コンサルタントの高井尚之氏が、経営側だけでなく、商品の製作現場レベルの視点を織り交ぜて人気商品の裏側を解説する。
2月1日、日本のプロ野球(NPB)12球団のキャンプがスタートし、野球の季節が始まる。
新型コロナウイルスの新株・オミクロン株への対応に苦慮しながら、記事の発信時点では予定通りキャンプを開催予定。12球団のうち9球団が沖縄県で実施となっている。
コロナ前とは事情が違うのは今年も同じだ。選手だけでなく、プレーのパフォーマンスを支える野球用品メーカーなど関係者もそうだろう。「今年も顧客先へのキャンプ地訪問が難しくなった」という声も聞く。
そのなかに「ベルガード」(本社:埼玉県越谷市)という会社がある。特に捕手が着けるマスク、プロテクター、レガースや、打者が手足につけるアームガード、フットガードといった「防具」に定評がある。今では多くの米メジャーリーグ(MLB)選手が愛用するブランドだ。
本連載では同社にいち早く注目し、2016年から定期的に紹介してきた。何が起きるかわからない時代、その機動性がビジネスパーソンの参考になると思うからだ。まずは同社の最近の状況から紹介したい。
MLB「2人の本塁打王」も同社防具を愛用
2021年シーズンのMLBは、アメリカンリーグMVPに輝いた大谷翔平選手(ロサンゼルス・エンゼルス)の投攻守にわたる大活躍に沸いた。
だが本塁打46本の同選手を抑えて本塁打王を獲得したのは、ともに48本を打ったサルバドール・ペレス選手(カンザスシティ・ロイヤルズ)とブラディミール・ゲレーロ選手(トロント・ブルージェイズ)の2人だった。
「ペレス選手もゲレーロ選手もベルガードの防具を使っています。この2人以外では、通算449本塁打のネルソン・クルーズ選手(2021年シーズンはミネソタ・ツインズ→タンパベイ・レイズ)、同334本塁打のロビンソン・カノ選手(2020年シーズンはニューヨーク・メッツ)が有名で、ともに長年の愛用者です」
MLB選手に防具を提供するベルガードファクトリージャパンの永井和人社長はこう話す。
「MLB選手からの防具のオファーは相変わらず多く、たとえば昨年もオールスターゲームに出場して2019年にはリーグ打率2位だったケーテル・マルテ選手(アリゾナ・ダイヤモンドバックス)も愛用しています。日本のプロ野球(NPB)では外国人選手がよく使ってくれますが、日本人の有名選手は競合メーカーとの契約の関係もあり難しいです」(同)
MLBやNPBの有名選手には無償で野球用品を提供し(契約金は支払わない)、防具やグローブ、周辺グッズなど同社商品に興味を持つマイナーの選手やアマチュア野球選手、審判員や一般の野球愛好家に有償で販売するのが同社のビジネスモデルだ。
創業9年で初の赤字決算に
ただし、2021年のベルガードの業績は振るわず、初の赤字決算となった。
「当社の売り上げのうち、過半数を占める問屋系が伸び悩みました。問屋ルートの対面営業も限定的で、小売店さんもコロナ前のようにチームや選手に営業をかけられません。一般の愛好家もコロナ禍で試合が少なくなり、野球用品の買い控えをしているのが現状です」(同)
前身の会社(1935年に創業、2012年に倒産)に約30年勤務後、商標を引き継ぎ、同社を設立したのが永井氏だ。業績は非公表だが、2012年の設立以来、2019年まで右肩上がりで成長し、3分の1の従業員数で倒産前の前身企業の売上高を超えた。それが2020年は対前年比約8割(黒字決算)、2021年は赤字転落と業績にブレーキがかかった。
2020年のコロナ禍初年には、提携先ブランド「アクセフベルガード(AXF)」から1枚630円(税込み)の通常マスクを発売して人気を呼び、約20万枚を製造。用具は、硬式用審判マスクや防具類も売れた。業績を下支えしたこれらも2021年には需要が一段落したという。
長引くコロナ禍に苦しむ他の業界と同様、野球用品業界も大きな影響を受けているのだ。
米国で高品質グローブを販売予定
それでも永井氏は前向きだ。
「大手と違って小回りがきくので、軌道修正して売り上げを確保したい。たとえば国内のEC販売は伸びているので、本場・米国でのEC展開を強化していきます」(同)
米国市場はこれまで同様、業務提携先である現地法人のサンディエゴ・スポーツオーソリティ(山内周司社長)を通じて展開していく。テレビではMLB球団本拠地の球場内の販売ショップがよく報道されるが、実は米国の野球用品売り上げの大半はEC販売だという。
なお、ベルガードファクトリージャパンには、「ベルガード」(自社ブランド)と、「アクセフベルガード(AXF)」(特許技術IFMC.=イフミックを使った提携ブランド)があり、野球用防具は前者、マスクやネックレスは後者だ。グローブは両ブランドから販売している。
「アクセフベルガードとの提携は変わりませんが、今回はベルガードブランドのグローブを展開。具体的には“湯もみ型付けグローブ”で考えています」
野球経験者ならご存じだろうが、湯もみ型付けとは、新品のグローブを柔らかくする手法のひとつ。固いグローブが適度なやわらかさになり、捕球ポケットが形成されて取りやすい、などのメリットがある。ただし、自分で型付けするとうまくいかない例も多いと聞く。
MLB選手も感激した「湯もみ型付け」
「過去に活動実績もあります。2019年3月、イチロー選手の引退試合となった『シアトル・マリナーズ対オークランド・アスレチックス戦』(東京ドーム)の前、当時アスレチックス所属だったジュリクソン・プロファー選手(現在はサンディエゴ・パドレス)に湯もみ型付けグローブを見せました。すごく感激して『明日の試合で使いたい』と言われ、実際に開幕戦で使ってくれました」(同)
有名選手ではカルロス・サンタナ選手(2021年はカンザスシティ・ロイヤルズ)にも見せた。こちらも気に入ってくれたが、契約の関係があり試合では使えなかったという。
「MLB選手も興味津々だった、湯もみ型付けグローブは米国にはありません。昨年、当社は越境ECサイト(国境を超えて行うECサイト)『belgard shop』を立ち上げました。日本語、英語、スペイン語、中国語、台湾語の5カ国語に対応しており、海外からの注文も受け付けます。今後はこのサイト向け商品も強化していきます」
こう話すのには、別の理由もある。実は最近、大手メーカーが野球用品から撤退・縮小する動きが出てきた。アンダーアーマーは野球用品から撤退の噂が流れ、デサントも販売を縮小する方向――と聞く。
「グローブの製造供給先を失った中小業者もいます。しっかりした技術が残っているので、当社が少しでも受け入れ先になれればよい、と考えています」と永井氏は話す。
女性向け用品も開拓余地がある
これ以外に「女性向けの防具やグラブにも注力したい」と言う。
「一部の女子選手には商品を提供してきましたが、もっと力を入れていきたい。東京五輪で金メダルを獲得した女子ソフトボール競技も人気で、防具を着けてプレーします。市場自体は小さいですが、競技人口は伸びています。読売ジャイアンツ、阪神タイガース、埼玉西武ライオンズなどが女子硬式野球チームを発足させており、注目市場となっています」
ベルガードの課題としては「MLB有名選手が多数愛用する防具メーカー」から「高品質なグローブも販売する野球用品メーカー」への脱皮だろう。女子野球やソフトボール選手向けは “野球用品メーカーとしての横顔”となるのが理想だ。
コロナ禍で中小企業を取材すると「売り上げをどうつくるか」という話になることも多い。外食店のテイクアウトやデリバリーが知られているが、これらに向かないといわれてきたラーメンでも、製麺メーカーが「時間がたっても伸びない麺」を開発したという。
ただし、資金力で劣る中小企業の投資は慎重にしたい。よくいわれるキーワード「カネがなければ知恵を出せ」でいく姿勢も大切だ。ベルガードは、前述の越境ECサイト立ち上げも永井氏自身が行った。自分で行えばノウハウも身につき、内容変更にも柔軟に対応できる。
「コロナはいい加減にしてほしい」という声を各方面で聞く。同感だが、何で売り上げをつくり、新たな顧客を育てるかを意識して活動したい。
(文=高井尚之/経済ジャーナリスト・経営コンサルタント)